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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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スッポン鍋

「――任務が入った」


 隊長は朝から私達に告げた。


「場所は王都から馬で半日ほどの場所にある、セイレン峡谷。内容は――」


 隊長ははぁと溜息を吐き、憂鬱そうに言う。


「竜の目撃情報があったので、確認に行けと」

「えっ、竜ですって!?」


 最初に反応を示したのは、リーゼロッテ。さすが、幻獣保護局局員。


「いや、目撃者は竜だと言い張っていたらしいが、特徴を照らし合わせると、竜ではないと」


 隊長はリーゼロッテに書類を手渡す。横から覗き込んだら、「これは竜ではないので、魔物研究所に相談してほしい」という幻獣保護局局長のリヒテンベルガー侯爵直筆のお言葉が。


「で、魔物研究所が調べた結果、水鰭鰐コロカジールではないかと」


 水鰭鰐コロカジールとは蜥蜴のような体に、鰭の付いた魔物らしい。鋭い歯と爪は戦闘時には脅威となる。全身金属のような鱗に覆われ、防御力は高い。

 水の中を気配なく泳ぎ回り、隠密行動をしつつ攻撃する狡猾な面がある。


「しかし、水鰭鰐コロカジールの個体としては、大きすぎる。目撃者が竜と見紛ったのは、これが理由だろうと。それに普段、セイレン渓谷で見かけない魔物らしい」


 ここで、騎士隊は魔法研究局にも話を持って行った。


「魔法研究局のとある研究者によれば、近年、セイレン渓谷を流れる川の、魔力量がぐんと上がっているらしい」


 豊富な魔力を受けて、通常よりも大きな水鰭鰐コロカジールが育ってしまったと。


 なんていうか、凄い。初めて、魔物研究局や魔法研究局がまともに運用されているのを目の当たりにした。いつも、こんな風に真面目に仕事をしていればいいのに。

 しかしまあ、彼らの研究は、こうして不測の事態で役立つのだ。変な人が目立っているだけで、真剣に仕事をしている人もいるのだ。ちょっとだけ見直す。


 水鰭鰐コロカジールは、三日探して見つからなかったら帰って来いと言われているらしい。

 基本的に、陸に出て人を襲う個体ではないものの、水辺に近付くと襲いかかる習性があるので、倒したほうがいいけれど、今回は絶対ではないと。


 セイレン渓谷は左右を山脈の崖に挟まれており、人が安易に近付ける場所ではない。

 目撃者は行商人で、山道から水鰭鰐コロカジールを目撃したのだ。隣の国から鉱物などを持ち帰る途中に発見したと。

 周囲に村はなく、渓谷に流れる川の中で生きる魔物なので、被害はないだろうとのこと。私達は事実確認のために、派遣されるのだ。


水鰭鰐コロカジールとの戦闘はどうするんですか?」

「しなくていいらしい。生息しているとわかれば、遠征部隊の大隊が派遣される」

「なるほど」


 今回、馬で移動する。アメリアにはまだ装備が揃っていないので、私のあとを走ってついて来てもらうことになる。

 成獣になれば、兜や鞍などの装備品も作らなければならないらしい。製作費用は幻獣保護局が負担してくれるとか。太っ腹だ。


 しかし、半日走り続けるとか、アメリアは大丈夫だろうか? 聞いてみたけれど、「ぜんぜん平気~~」というお気楽な言葉が返ってきたけれど。まあ、置いていくわけにはいかないし、頑張ってもらうしかない。


 ベルリー副隊長の号令と共に、準備開始。

 三日分の食糧なので、大荷物になるだろう。

 アメリアはザラさんの作ってくれた遠征用鞄を嘴で銜え、保存庫に入って行く。

 森林檎メーラ蜂蜜ミエレ漬けに、乾燥果物の入った革袋、果実汁の瓶など、自分の食糧をアメリアは準備して、丁寧に鞄に詰めている。なんてできる子なのか。感動した。


『クエ~~』

「これくらいあれば、足りますね」

『クエ!』


 アメリアの頭を撫でると、私も準備に取り掛かる。

 三日分なので、多めに持って行かなければならない。渓谷なので、魚とかはありそうだけど。最初のうちは現地調達をしたいところだ。

 パンに乾燥麺、干し麦に炒り豆、燻製肉に干し肉、野菜の酢漬けなどなど。三つの袋にわけて入れた。個人がベルトから下げる、食糧袋も用意する。これは、はぐれたりした時用の非常食なのだ。中にはビスケットと干し肉、乾燥野菜を入れた。

 食糧の入った袋は、隊長、ガルさん、ザラさんの馬の鞍に乗せてもらう。


 アメリアは目立たないよう、茶色の頭巾とマントを装着された。「なんか地味~」と不服そうにしていたけれど、仕方がないじゃないか。帰って来たら一緒にオシャレして出掛けようと約束を交わした。


 集合時間となり、各々馬に鞍を装着させ荷物を積み込んで跨る。

 幸い、馬はアメリアに怯える様子は見せない。さすが、遠征部隊の馬達だ。肝が据わっている。

 現在、アメリアは仔馬くらいの大きさだろうか。馬と並ぶ様子を見て、改めて大きくなったなと思う。


 スラちゃんの入った瓶は紐を付けて、私の首からぶらさげている。非戦闘員である私に、託されたのだ。


「――出発する」


 ベルリー副隊長の号令と共に、馬を走らせる。

 騎士隊の裏口から、街道へと進んで行った。


「アメリア、きつかったら言ってくださいね。休憩を入れますので」

『クエ~~』


 隣を走るアメリアは、「楽勝だよ~」なんて気楽な様子でいる。途中でバテなければいいけれど。

 しばらく走っていると、アメリアは空へと飛翔した。

 ぐんぐんと先へと飛行し、隊長を抜く。


「アメリア! あまり遠くへ行っては――」


『クエックエ~~!』

「え?」


 アメリアは叫ぶ。この先に、魔物の群れがいると。

 スラちゃんも気配を察したのか、瓶のなかでブルブルと震えていた。

 ヤバいと思った私は大声を張り上げて、報告した。


「隊長~~」

「なんだ、リスリス!」

「この先、魔物がいるそうです!」

「なんだと!?」


 角の生えた獅子が三頭、街道の真ん中で待ち構えているらしい。


角獅子リョダリか」


 角獅子リョダリ、初めて聞く魔物だ。王都周辺ではちょこちょこ出没するらしい。

 あまり相手をしたくない魔物だけど、三体くらいならばなんとか倒せるだろうと判断し、先へと進むことになった。

 戦闘前に、隊長の指示で戦列を整える。

 先頭を隊長とガルさんが並んで走り、次にザラさん、ウルガス、リーゼロッテと私が並んで走り、ベルリー副隊長がしんがりを務める。


 しばらく進むと、遠くに大型の魔物の姿が。


「総員、戦闘準備」


 隊長が指示を出す。私も鞍に差していた魔棒グラを手に取った。

 角獅子リョダリは額に鋭い角を生やし、馬より大きな体躯を持つ。極めて獰猛で、人を見れば襲ってくるらしい。


 隊長は馬の腹を蹴り突撃していく。

 先頭にいた角獅子リョダリの首筋めがけて、一太刀浴びせていた。

 その場に立ち止まることなく駆け抜けて行く。

 角獅子リョダリ達が隊長を追おうと背を見せた瞬間、馬から飛び降りたガルさんが鋭い一突きを繰りだす。急所を貫いたからか膝を折った。動きが鈍くなった角獅子リョダリの心臓を、ウルガスの矢が貫く。低い咆哮をあげたのちに、倒れた。残り二頭。

 ザラさんは騎乗したまま、角獅子リョダリへ戦斧を振り下ろした。一撃目は回避される。かなり重量のある武器だけど、続けざまに孤を描くようにくるりと回し、柄で脳天を打ち据えた。ぐらりと、角獅子リョダリの体が傾く。そこにとどめを刺すように、馬から降りて迫って来ていた隊長の剣が、首筋を切り裂いた。

 最後の一頭は劣勢だと悟ったのか、後退していた。


「あ~、あの距離だと無理ですね~」


 ウルガスは矢をつがえ、角獅子リョダリを狙っていたが、射程から外れてしまったようだ。


「わたくしに任せて!」


 リーゼロッテは魔法の使用許可をベルリー副隊長に求める。


「発動を許可する」

「了解」


 だんだんと遠ざかっていく角獅子リョダリ。間に合うのかと思ったが、アメリアが飛んで行って、上空から爪先を振り下ろして攻撃し、行く手を阻む。


「そろそろか」


 ベルリー副隊長がそう言うので、私はアメリアに下がるよう声を掛けた。

 アメリアはひらりと上空へ退避。その刹那、リーゼロッテの作りだした魔法陣が角獅子リョダリの足元に出現し、火柱が巻き上がる。

 巨体を、一瞬にして丸焦げにしてしまった。


 無事、戦闘終了となる。

 今回ベルリー副隊長が後方にいたので、安心感が半端なかった。


「周囲に敵影はないみたいだな。よし、角を折って持って帰るぞ」


 魔物を倒したら、角や爪などを持って帰り、騎士隊に報告書へ添えて提出しなければならないのだ。


 隊長は腰から大振りのナイフを引き抜く。頭部を足で押さえ、ガンガンと刃を振り落として角を切っていた。


「なんだ、この、硬いな、くそ……」


 凄まじく恐ろしい狂相で角へ刃を振り下ろす隊長。どうやら太いナイフでもなかなか切れない模様。


「山賊にしか見えない……」


 ウルガスの呟きを聞いてドキリとする。自分の心を読まれたのかと思った。


「おい、ザラ、お前の斧貸せ」

「樵の斧じゃないんだから」


 とは言っていたものの、結局戦斧を貸してあげたようだ。角は一振りで折れる。

 焦げた角一本と、血まみれの角が二本。隊長は嬉しそうに革袋へと入れていた。


「休憩するか」


 近くに川があるので、一休みする。

 ちょっと早いけれど、昼食を取ることにした。


 皆、馬に水を飲ませたり、武器を洗ったりしている。隊長とガルさんは魔物の骸に土を被せに行っているようだ。


 肌寒いので、温かいスープでも飲みたいところであるが……。


「――あ!」


 川べりで食材を発見する。岩の上で、甲羅干しをしている黒い生き物。石亀ヒェロナのように見えるが、あれは川鼈スッポン

 滋養強壮の食材で、高級食材として取引されていると、聞いたことがある。

 村の川にも生息していて、なかなか美味しいので何度か捕獲して食べていた。


『クエ?』

「アメリア、あの、川鼈スッポンを、捕まえますよ」

『クエ~』


 石亀ヒェロナのような姿形をしているが、顎が強く、噛み付かれたら引き千切れるまで放さない獰猛な生き物なのだ。


「アメリア、気を付けてくださいね」

『クエ~』


 私は魔棒グラをぎゅっと握り締める。村では罠を仕掛けて捕獲していた。けれど、今回道具もないので、奇しくも隊長と同じような棒で殴るという古典的な方法を取る。

 アメリアと共に、忍び足で川鼈スッポンに接近。魔棒の届く範囲まで近付き、振り上げた。タイミングを見計って棒を力いっぱい振り降ろした。

 ガツンと、川鼈スッポンの甲羅に打撃を与えた。

 長い首がにょろりと出てきて、こちらを睨む。どうやら、一撃で仕留めることはできなかったようだ。

 カチンガチンと歯を鳴らしつつ、威嚇しながらこちらへ接近する川鼈スッポン


「ひえええ!」

『クエ!』


 怖くて後退する私と、ブルブル震える瓶詰スラちゃん。一方で、前に出て行くアメリア。


「き、気を付けてくださいねえ~」

『クエ!』


 アメリアは爪を川鼈スッポンへ振り下ろす。踏みつけるように頭をぐいぐいと地面に押さえつけていた。ジタバタと暴れる川鼈スッポン。しばらくすると、動かなくなった。


「やった! アメリア凄い、偉い!」

『クエ~~』


 というわけで、アメリアの協力もあって川鼈スッポンを捕獲した。

 周囲に隊員達がいないことを確認する。きっと、川鼈スッポンを見れば、食べ物じゃないと駄々を捏ねる輩が出そうだからだ。こっそり捌いて、何食わぬ顔で食べさせるしかない。


「メルちゃん、どうしたの?」

「!?」


 慌てて振り返る。ザラさんだった。

 捕獲した川鼈スッポンを見て、ちょっと驚いた顔をしていた。


「それ、もしかして、食材?」

「う……はい」

「そうなの。石亀ヒェロナ……じゃないわよね?」

「これは川鼈スッポンです」

「ふうん」


 一応、高級食材であると主張した。とっても美味しいとも。

 ハラハラしていたけれど、ザラさんは微笑みながら受け入れてくれた。


「楽しみにしているわ」

「あ、ありがとうございます」


 良かった。ザラさんは大丈夫そうだ。

 逆に、隊長はダメだろう。スライムとか平気で食べるのに、魚の目玉など見た目が美味しくなさそうな食材には、拒絶反応を示すのだ。


「何か手伝うことある?」

「では、火を熾して、お湯を沸かしておいてくれますか?」

「任せて」


 ホッとひと息。

 沼に棲む川鼈スッポンならば泥抜きが必要だけど、幸いここの川は綺麗だ。必要ないだろう。


 平たい石の上で川鼈スッポンを捌く。

 まず、首に深い切り目を入れ、血抜きを行う。真っ赤な血が滴る。父や祖父はこれを酒で割って飲んでいた。凄い栄養があるらしい。

 血を抜いたら甲羅にザクザクと刃を入れて、外した。甲羅の縁は柔らかいのだ。

 内臓を取り出し、手足を切る。身を取り出し、切り分けた部位は湯通しする。

 一度水で洗い、沸騰した鍋の中へ。

 かまどにはザラさんしかいなかったので、他の人にはばれていない。

 乾燥野菜と薬草ニンニク、香辛料などを入れて味を調えた。しばらく煮込めば完成。

 ちょうど、隊長も戻って来る。


「良い匂いだな」

「え、あ、はい!」


 隊長は空腹のようだ。

 猫舌なので、先に隊長の分を器に取りわけた。えんぺらなどの、珍しい部位は入れないでおいた。肉だけ入れておく。

 パンも炙ってカリカリにする。

 準備ができたので皆を呼びに行く。鍋を囲んで、昼食の時間となった。

 神様に祈りを捧げて、ありがたく川鼈スッポン鍋を戴くことに。


「うっわ、これ、すっごい美味しいですよ!!」


 ウルガスが過剰過ぎる反応を示す。

 それを聞いた隊長が、質問をしてきた。


「なんのスープなんだ?」

「……ありあわせのスープです」

「ざっくりとした説明だな」


 勘が鋭すぎる。


「ウルガスは、よっぽどお腹が空いていたのね」

「なるほど。空腹は最高の調味料である、というわけか」


 ザラさんの一言のおかげで、なんとか誤魔化せた。ウルガスは夢中で食べている。

 隊長は器に鼻を近付け、くんくんと嗅いでいた。


「なんか、嗅いだことがあるな……」


 匙で掬い、スープを飲む隊長。


「これ、川鼈スッポンのスープだわ」


 リーゼロッテの一言を聞いて、噎せる隊長。涙目になっていた。


「あら、どうかなさって?」

「いや、川鼈スッポンって、その辺を歩いている石亀ヒェロナじゃないか!」

石亀ヒェロナじゃないわ。川鼈スッポンよ」


 まさか、リーゼロッテが気付くとは。さすが貴族令嬢だ。


「昔、うちでも飼育していたの」

川鼈スッポンを、ですか?」


 なんでも、食用としてリヒテンベルガー侯爵家の庭で飼っていたらしい。


「でも、お父様が可愛がってしまって……」

「え、川鼈スッポンをですか?」

「そう」


 甲羅を洗い、餌を与え、溺愛していたらしい。

 しかし、川鼈スッポンを飼い始めて悲劇が起こる。


川鼈スッポンが、お父様を噛んだの」

「そ、それは……」


 侯爵様は大激怒。可愛がっていた川鼈スッポンだったけれど、一晩で食材になってしまったらしい。


「たくさん川鼈スッポンのスープを作ったのに、お父様は食べなくって……」

「複雑でしょうね」


 それ以来、侯爵家で川鼈スッポンのスープが並ぶことはなくなったらしい。


「すみません、なんか」

「いいえ。わたくしは大好きなの。とっても美味しいわ」

「ありがとうございます」


 私も川鼈スッポンのスープを掬って食べた。

 まず、濃厚な旨味を感じる。肉は鳥系統のあっさりな味わいで、コリコリとした食感が良い。

 えんぺらの部分は、ぷるぷるしていて美味しいのだ。


「良い出汁が出ています。体が温まりますね」

「ええ、本当に」


 皆、美味しく食べてくれたようだ。隊長も、顔を顰めながら完食する。

 午後からの遠征も、頑張れそうだった。


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