巨大魚の蒸し焼き、葉っぱに包んで
保存庫の整理整頓を終え、干し肉とパンの保存食が揃いつつある中で、遠征の任務が飛び込んでくる。
まず、衛生兵の荷物鞄を掴んだ。一応、中身の確認をする。
白手袋に包帯、三角巾、綿、消毒液、眼帯、はさみ、毛抜き、治療用裁縫道具。薬品は、痒み止め、目薬、喉飴、湿布、傷薬などなど。こちらは騎士団で支給されている衛生兵の持ち物である。それに追加して、村で作った軟膏や、薬草湿布などを用意して鞄に詰め込んだ。
次に保存庫まで走る。
予定は二日らしいので、念のために三日分のパンと干し肉を詰め込んだ。
パンはふわふわなのでかさばる。重くはないけれど、これは難点か。
果物の砂糖煮と蜂蜜、オリヴィエ油も入れておく。作る暇がなくて市販品だけど、きっとパンに塗ったら美味しいはず。そう思って詰めたけれど、重たくなったので、果物の砂糖煮は置いていくことにした。
保存方法を考えなければならない。人数分の水を用意して、薄荷草と柑橘を絞った汁を垂らす。
薄荷草には消化促進や不眠解消の効果があり、柑橘汁には疲労回復、風邪予防などがあるのだ。
この前、支給された水に妙な薬草が入っていたので何かと聞いてみれば、適当な薬草を乾燥させて入れていた事実が発覚した。なんて、雑な仕事を……。なんでも、水が腐らないように、前の衛生兵から入れるように言われていたらしい。指示をするのならば、薬草の種類まで指定すればいいものを。
今回は私がいつも実家で飲んでいた、柑橘薄荷水を作ってみたのだ。さっぱりしていて飲みやすいはず。
救急道具が入った肩掛け鞄を下げ、食材が入った鞄を背負う。
集合場所に辿り着いたのは最後だった。
「遅い、野ウサギ衛生兵!」
「すみませ~ん!」
調理場にお鍋を取りに行ったら遅れてしまった。
鍋は背中の鞄に重ねるようにして背負う。
この大きな鍋は、食堂のおばちゃんが捨てるというからもらった物。結構重いけれど、背中を守る盾になってくれそうだ。
「なんだその鍋と大荷物は。遠足に行くんじゃないんだぞ」
やっぱり食材の持ち込みは多かったようだ。でも、持ち歩くのは私なので、いいではないかと主張する。
隊長は山賊のような顔を顰め、呆れたように言う。
「お前ではなく、馬が疲れるんだ」
荷物と言っても、パンがふわふわでかさばっているのだ。そこまでの重量はない。荷物を減らされないように、必死の抵抗をする。
「美味しくて、温かな食事は健康にとってもいいので!」
実を言えば、健康的な効果はよく知らない。でも、美味しい食事が食べられるとわかれば、仕事にも精が出るだろう。多分。
ジロリと山賊的な鋭い視線を向けていた。さすがの私もたじろいでしまう。けれど、ベルリー副隊長が助け船を出してくれた。
「隊長、リスリス衛生兵の言うことは一理ある。遠征の初日と最終日では、疲れ方が違う。きっと栄養が足りていないのかと」
「……そう、だろうか?」
ウルガスやガルさんも頷いてくれた。
「だったら、今回の遠征で証明してみろ」
「もちろんです!」
元気よく返事をして、やる気を示す。
ここで、今回の遠征の任務内容が話された。
場所は王都より南方に二時間ほど走った先にある森。
そこに、角蜥蜴の群れが来ているらしい。数は三十ほど。三分の二ほど討伐すれば任務は完了となる。二日ほどで終わるだろうと、隊長は目星を付けているのだ。
厩から馬を連れてきて、跨ろうとしたが――
「……うん?」
鐙を踏もうと足を上げたら、背後に倒れそうになってしまう。
もしかして、鍋が重すぎるから?
食堂のおばちゃんも言っていたのだ。この鍋は重くて、振るいにくいと。
背負っているとそうは思わないのに。
鞍にどうにか吊るせないだろうか。
「おい、野ウサギ衛生兵、何をしている!」
「す、すみませ~ん!」
早く乗らなければ。鍋を置いていけと言われてしまう。
もう一度、挑戦しようとすれば、私の体は宙に浮いた。
「ひゃ!」
驚いた。
狼獣人のガルさんが私を持ち上げ、馬に乗せてくれたのだ。
「あ、ありがとうございます!」
お礼を言えば、コクリと頷いてくれた。
ガルさんは無口だけど、こんな風に優しい行動をする。
あまりにも喋らないので、最初は何を考えているかわからない時もあった。けれど、私は発見をしたのだ。
嬉しい時は尻尾が僅かに動き、嫌な時は尻尾が垂れる。よくよく見れば、目もキラリと輝くことがあったり、表情は豊かなのだ。
私は去りゆくガルさんにお礼を言う。
やっとのことで出発となった。
先頭が隊長、二番目にウルガス、三番目に私とガルさんが並び、一番後ろはベルリー副隊長。
途中、湖の畔で休憩をする。
ベルリー副隊長とお花摘みに行く途中に野苺がなっていたので、摘んで革袋に入れた。
ついでに花薄荷も発見したので、摘んでおく。
湖に戻れば、隊長は草の上に寝転がり、ウルガスは弓矢のお手入れをしていた。
ガルさんは目を閉じて、瞑想? だろうか。
「ウルガス、野苺食べますか?」
「あ、食べます」
ざらざらと、摘みたて苺を手のひらに置いていく。
「隊長は?」
目も開けずに返事をしてくれる。
「酸っぱいのは苦手だ」
「熟しているのを選んで摘んできましたが」
「いい」
「さようで」
ベルリー副隊長とガルさんにもわけた。私も口の中へと放り込む。
厳選しただけあって、甘酸っぱくて美味しい。
それにしても、綺麗な湖だ。
眺めながら野苺を食べていると、手から落としてしまう。
「あっ!」
気付いた時には、ぽちゃんと水面に落ちてしまった。
そこで、思いがけないことが起きる。
落とした苺を食べに、大きな魚が飛び出してきたのだ。
「うわ!!」
その魚を見た瞬間、咄嗟に叫んでしまう。
「あれ、高級魚ですよ!! 食べたい!!」
私の心からの叫びに、ガルさんが反応してくれた。
手元にあった槍を構え、巨大魚に向かって投げる。
「おお!」
見事、槍は魚に突き刺さった。
槍に紐を付けていたようで、ぐいぐいと傍に寄せる。
魚の最後のあがきも凄かったけれど、ガルさんの腕力も凄かった。
ぐいっと引っ張れば、魚は陸へ上がり、びちびちと飛び跳ねている。
「わあ、やった!! ガルさん、天才!!」
私も魚の横で、飛び跳ねて喜んでしまう。
この魚は湖にのみ生息するお魚で、森の主とも呼ばれている。大昔、祖父が食べたことがあるらしく、あまりに美味しかったので、絵に描いていたのだ。
まさか、王都付近の森で出会えるとは。
「こいつは凄いな」
「ですね~」
隊長やウルガスも近づいて来て、感心している。
ベルリー副隊長は生魚が苦手なようで、遠くから見守っていた。
「ベルリー副隊長、食べるのは平気ですか?」
「ああ」
良かった。
お魚はみんなで堪能できそうだ。
隊長が少し早いけれど、昼食の時間にすると言う。
「いいのですか!?」
「ああ。このデカい魚を持ち歩くのは少々面倒だからな」
確かに、この大きさの魚を入れる革袋はない。
隊長から許可がでたので、さっそく調理に取りかかる。
先ほど森の中で大きな葉っぱを見つけたので、ウルガスに取りに行ってもらうようにお願いする。
その間、魚を捌く。
まず、頭を落とす。調理用ナイフを取り出し、エラ部分に刃を入れたが……。
「ぐぬぬ、ぐぬぬぬぬ!」
ナイフが小さいからか、上手く切れない。苦労していれば、隣から声が掛かる。
「野ウサギ衛生兵、貸せ」
「あ、ありがとうございます」
隊長がすっぱりと、頭を両断してくれた。ついでに、他の部分も切ってくれるらしい。
「お前が捌いていたら、時間が掛かる」
「ありがとうございます!」
頭部を落としたら、次はお腹を開く。お尻の穴に刃を入れて、頭のほうに滑らせるのだ。
「くそ、切りにくい」
「あ!」
「どうした?」
「いえ、順番間違えました」
魚のエラを持って、お腹を開く、だったような。
「おい……!」
「すみません、森育ちで、魚を捌いたことがあまりなくて」
重ねて謝罪をした。
なんとか苦労をしてお腹を開き、内臓を取って湖で身を洗う。ここで血が残っていたら、食べた時に臭みを感じるので、丁寧に洗った。
魚のお腹には先ほど摘んだ花薄荷や、この前採って乾燥させていた薬草ニンニクを詰める。
表面には、塩コショウを多めに振った。
あとは、ウルガスが持って来てくれた大きな葉に包んで、蒸し焼きにするだけ。
火を熾し、鍋を置いてその上に葉に包んだ魚を載せる。
じっくり火を通せば、『巨大魚の蒸し焼き』の完成だ!
お酒と香辛料、蜂蜜と野苺でソースも作ってみた。何もかけなくても味はついているので、こちらはお好みで。
大きな葉っぱをお皿代わりに、いただくことになる。
食前の祈りを終え、いざ、実食!
まず、包んでいた葉っぱを開いた。湯気が上がり、香草の良い香りが漂う。
ナイフを入れたら、ふんわりと解れた。
一人一人、葉っぱのお皿に取り分けていく。
ベルリー副隊長はパンを焼いてくれた。ふかふか派と、硬め派の二種類用意してくれた。
パンに魚を載せ、野苺のソースを掛ける。口いっぱいに頬張ってしまった。
美味しい!
魚はまったく臭みがなくて、ふっくらしている。噛めばじわりと、脂から甘味が溢れてきた。甘酸っぱいソースも、魚の旨みを引き立てている。
皆、無言で食べていた。
美味しい物を食べると、こういう風になってしまうのだ。
さすが、伝説の魚と言いたい。
大満足の昼食であった。