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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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スライム(※食用ではありません)

 魔物研究所から預かっている『スラちゃん』だが、いつの間にかかなりガルさんに懐いているようだった。

 瓶から出すと、喜んでガルさんの腕を伝って肩に乗り、頬にスリスリとしている。大きさは手の平にちょこんと乗る程度。透明で丸く、つるりとしている。

 以前のように、魔力のある私やリーゼロッテに寄って来ることもなくなった。今はガルさんにべったりなのだ。

 スラちゃんは魔法瓶に入っていなくても、ガルさんの言うことをきちんと聞く。触手のように伸ばした手(?)の身振り手振りで、ちょっとした意思の疎通もできるようになっていた。


 意外にも、アメリアとも仲良くしている。

 プルプルと震えれば、クエクエと返事をするアメリア。会話をしているのか。

 この前、抜けた羽根を贈っていた。オシャレのつもりなのか、スラちゃんは頭(?)にアメリアの羽根を挿し、嬉しそうにくるくると回っていた。


 皆、微笑ましく、スラちゃんを見守っていたのだ。


 この件については、魔物研究局も驚きの結果だったようで、入れ代わり立ち代わり研究員が覗きにやって来ている。


 ◇◇◇


 本日、他の隊員は訓練中。リーゼロッテは魔法師の研修に参加。アメリアと瓶詰スラちゃんは執務室でお留守番。私は隊長の机に座り、帳簿付けをしていた。

 今日も局員がスラちゃんを見に来た。先触れなどなかったので、ちょっと驚く。

 許可を取ってから来てくれと言ったが、少しだけと懇願してきたのだ。おじさんと二人きりなのはちょっと嫌だ。けれど、こちらの言い分を聞きそうな気配ではない。


「あの~、やっぱりダメです。一度、許可を取ってからにしてください」

「……」


 私の言葉を無視して、じっと熱心に瓶に入っている姿を眺めている。

 魔物研究局の局員は三十代後半くらいのおじさん。曇った眼鏡を掛けていて、薄汚れた白衣を纏っている。

 さきほどから、アメリアは局員を警戒して、『クエクエ』鳴いていた。さすがに、監視の目があるのに悪さはしないだろうと思っていたが――


「ふんぬ!」

「え?」


 局員は謎のかけ声と共にスラちゃんの瓶を掴み、部屋の扉を開けると駆け出した。


「スラちゃん、って、ええ~~!!」

『クエエエエ!!』


 アメリアは鋭い咆哮をあげ、あとを追う。

 私はどうしようか迷った。今から走っても追いつかないだろう。

 ならば、隊長に報告したほうがいい。立ち上がって、魔棒グラを掴むと訓練場に向かって走った。

 訓練中の隊長に無断で魔物研究局の局員がやって来たこと、こちらの制止も聞かずにスラちゃんを連れ去ったことなどを報告する。


「なんだと!?」


 隊長に怖い顔で詰め寄られる。現在、アメリアが追跡中であることも伝えた。


「私がいながら、すみませんでした」

「その話はあとにしてくれ。それで、アメリアはどこにいるんだ?」

「えっと……」

「――契約印に、触れてみて。きっと、アメリアの位置が、わかるから」


 背後を振り返ると、息を切らしたリーゼロッテが。

 私が騎士舎の廊下を走っているところに、遭遇してあとを追い駆けて来たらしい。顔を真っ赤に染め、肩で息をしていた。


「契約した人と、幻獣は、契約印で繋がっているから、情報の共有が、できるの。た、試して、みて」

「わ、わかりました」


 手の甲の刻印に触れてみる。すると、一瞬だけアメリアと視界が繋がった。


「嘘!!」

「どうした?」

「局員は魔法使いのようで、氷のつぶてに襲われているみたいです」

「場所は?」

「中庭の柱廊付近かと」

「わかった」


 隊長は指示を出す。


「ベルリー、ガルは今すぐ中庭の柱廊に向かえ。魔物研究局の職員はなるべく無傷で捕獲しろ。頼んだぞ」

「了解した」


 ベルリー副隊長は手にしていた双剣を鞘に収め、駆けだす。ガルさんもコクリと頷いて、あとを追った。


「ザラ、お前は魔物研究局に報告に行け。リスリス、局員の名は?」

「すみません、わからないです」


 とりあえず、特徴を伝えておいた。


「まあいい。ザラ、頼んだぞ」

「了解」


 ザラさんは魔物研究局へ向かう。


「ウルガス、お前は二階から局員を狙える場所に回り込め。場合によっては、痺れ薬、眠気薬を塗布したやじりを使うことを許可する」

「使用条件は?」

「誰かが一人、戦闘不能になること。すべての責任は俺が負うが、急所以外を狙え」

「わかりました」


 リーゼロッテには遠征部隊の総隊長への報告を命じる。

 最後に、私は――


「行くぞ」

「へ?」


 突然体が宙に浮く。荷物のように担がれたかと思っていたら、隊長が走り出したので、風を顔面に受けることになる。


「ぎゃああ!」

「うるさい!」

「だって、怖いんですもにょ」


 最後、舌を噛んだ。歯を食いしばっておくように言われる。

 乱暴に担がれ、運ばれること五分。中庭の柱廊へと到着した。


「……うわ」

「酷いな」


 中庭の土は大きく抉れ、木々は倒されている。いずれも、傍に大きな氷の塊があり、魔法の仕業であることが窺える。

 これだけの騒ぎなので、たくさんの騎士が集結していた。

 ベルリー副隊長とガルさんは魔物研究局の局員と対峙している。アメリアは、少し離れた場所で姿勢を低くしていた。見たところ、怪我などなさそう。


「隊長、どうします?」

「どうもこうも、これだけ狭い場所で大人数での戦闘はできない。ガルとベルリー、それからアメリアに任せるしかないだろう」

「そ、そんな……」


 私は隊長に担がれた姿勢のまま、その場の様子を見守ることになった。

 追い詰められた局員は我に返って自分の状況に気付いたのか、とんでもない行動に出た。


「ち、近付いて来たら、この、スライムを叩き割る!!」


 ざわりと、周囲がざわめく。

 様子を見ていた騎士達が「そんな、スラちゃん……」とか「スラちゃんを人質(?)に取るなんて、卑怯な奴」と呟いている。

 毎日ガルさんがスラちゃんの散歩をしていたので、プルプルと無邪気に震える様子が騎士達の癒しとなっていたのだろうか。


 ベルリー副隊長は双剣を鞘に収め、ガルさんは構えていた槍を下ろし、地面に突いた。

 武器が収められた隙に局員は近くにあった木に登り、周囲の騎士は退避させるよう叫ぶ。

 無茶を言う。そう思っていた刹那――ガルさんの周囲に魔法陣が浮かんだ。


「――なんだありゃ」


 隊長が呟くのと同時に、魔法陣から黒い靄のような物が漂い、局員の視界を遮るように顔の周りに纏わり付いていた。


「うわっ!!」

『クエエエエ!!』


 そこで、すかさずアメリアが飛び立つ。

 木の前でくるりと旋回し、スラちゃんを持つ局員の手を尻尾で攻撃した。


「痛ってえ!!」


 局員はスラちゃんの瓶を手から離す。アメリアは、器用に空中で落下する瓶を銜え取った。


「アメリア、偉い!」

「やるじゃないか」


 ここから、解決まで早かった。

 ガルさんは素早く木に登り、局員を捕獲する。


「ら、乱暴はしないでくれ、ワシが、わるかったけん!!」


 地方の訛りだろうか。聞き慣れない発音で助けを乞う魔物研究局の局員。

 ガルさんは局員を抱えたまま、黙って木から飛び降りた。


「ギャアア!」


 こうして、魔物研究局の局員は騎士隊に御用となった。

 呆れたの一言である。


 ――しかし一時間後、驚きの事実が知らされる。先ほどの男性は、魔物研究局の局員ではなかったらしい。もちろん、魔法研究局の局員でもないと。

 ならば、いったいどこの誰なのか。なんのためにスラちゃんを狙っていたのか。

 口を割ろうとしないらしい。事件は迷宮入りとなった。


 中庭の後片付けは、魔物研究局の局員と第二部隊が行うことになった。

 地面の穴を埋め、倒れた木は細かくして薪にする。

 救出されたスラちゃんは、ガルさんにべったり。比喩ではなく、薄く伸びた状態になって、ガルさんの胸部に張り付いているのだ。


「そういえば、さっきのガルさんの周囲にあった魔法陣、なんですか?」


 ガルさんは魔槍イラを指し示す。

 なんでも、スラちゃんを人質ならぬスラ質(?)に取られ、今まで感じたことがないほどの怒りを覚えたらしい。気付いたら、槍から黒い靄が発生していたと。


「その武器、きっと魔道具だと思うの」


 穴を埋めていたリーゼロッテが、ぽつりと呟く。


「武器の名を冠する感情を爆発させたら、何かの術式が発動するんじゃないの?」


 なるほど。ガルさんの武器魔槍イラは、古代語で憤怒という意味がある。

 あの時、スラちゃんを地面に叩き付けると言われ、ガルさんは猛烈に怒ったのだ。

 ちなみに、隊長の魔剣スペルビアは傲慢、ベルリー副隊長の魔双剣アワリティアは強欲。ウルガスの魔弓アケディアは怠惰、ザラさんの魔斧ルクスリアは色欲、リーゼロッテの魔杖インウィディアは嫉妬。

 そして、私の魔棒グラは――暴食。

 私が食欲を爆発させた時、この武器はどうなるのか。

 見たいような、見たくないような。複雑だ。


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