山兎のハンバーグ
本日は王都から馬車で一時間ほどの場所にある、草原に向かった。
隊長が馬車を操縦し、私とアメリア、リーゼロッテは客席へと乗りこむ。ガルさんは馬に跨り、あとから追い駆けるように走っている。
ベルリー副隊長とザラさん、ウルガスはお留守番。この人員構成での外出は初めてだ。
今回はアメリアの持久力などを確認する目的がある。まだ成獣ではないけれど、そろそろ馬車に乗せるのが厳しくなっているのだ。
今日も出入り口に翼が引っかかり、ぐいぐいと押して無理矢理入れた。馬車の中もぎゅうぎゅうでちょっと狭い。あと数ヶ月で、成獣になるらしい。
ふとアメリアを見下ろすと、翼を嘴で突いている。
「アメリア、大丈夫ですよ」
『クエ~……』
馬車へ入ろうとした時に翼を折りたたみ忘れて扉の縁にぶつけ、羽根を折ってしまったのだ。幸い怪我はなかったけれど、折れた羽根を抜いたので、ちょっとした禿げになっている。アメリアは先ほどから猛烈に気にしていた。
「生え変わりも早いですし、三、四日くらいしたら、元通りになりますよ」
『クエクエ~~……』
しょんぼりしているアメリア。気持ちはわかるけれど。私も頭部が部分的に禿げたら、一週間は落ち込んでいるかもしれない。
「しかし、瞬く間に大きくなったなあと」
「幻獣の多くは子育てしないの」
「そ、そうなんですか」
「ええ。そのために、どの生き物よりも早く成長するのよ」
数日面倒を見る個体もいれば、卵を産んですぐに放置する幻獣もいるらしい。種類によってさまざまだとか。
「元々、幻獣は食べ物の採り方や食べ方など、知っているの」
「アメリアは果物の皮剥きを知りませんでしたが?」
「森にない果実だったんじゃないかしら?」
「ああ、なるほど」
生まれた時からさまざまな知識を有し、孤高の中で生きる幻獣。
アメリアのように幼少期に魔物に襲われ、死んでしまう個体も多いらしい。
「幻獣の生息数の統計は取れないけれど、目撃情報は年々激減しているし、魔物と勘違いされて討伐される事件も年々増えていて――」
何も知らない人からすれば、魔物と幻獣の違いはわからない。
冒険協会では魔物を倒し、角や牙などを持ち帰ると報酬が貰えるのだ。始まったのは二十年前。魔物の数は大幅に減ったらしいけれど、幻獣もそれ以上に減りつつあるのだ。
「幻獣は人を襲うことはないけれど、警戒心が強いから、剣を抜いて近付いてくれば、自分を守るために牙を剥くわ。その本能を、わかっていない人が大勢いる」
リーゼロッテはアメリアを通じて、幻獣の良さを知ってもらいたいのだろう。
魔法研究局や、魔物研究局と違い、いまだ、幻獣保護局は実績を築けていないのだ。なので、焦りもあるのかと。
「大丈夫ですよ。きっと、幻獣の良さは認めてもらえます」
「ええ、ありがとう」
そのためには、アメリアと協力して頑張らなければならない。
騎士隊で活躍すれば、きっと幻獣と幻獣保護局の評価も変わってくるだろう。
そんな話をしているうちに、草原に到着する。ここで、アメリアの飛行能力と体力を確認するのだ。アメリアはやる気満々のようだった。無理のない程度に頑張ってほしい。
まず、どれくらい飛行できるのかを確認する。
「アメリア、風が強いので、気を付けてくださいね~~」
『クエ!』
この草原は一年中風が強い。山沿いの平地なので、強い風が吹くのだ。アメリアの飛行能力を知るために、敢えてここを選んだらしい。
リーゼロッテは記録を取るために、真剣な眼差しでアメリアを見ている。目が本気だった。
きっと、話しかけても反応しないだろう。
アメリアは翼を広げ、ふわりと飛び立つ。
その刹那、ひときわ強い風が吹いた。
「うわっ、アメリア!」
風に流されるのではと心配したけれど、アメリアの飛行はぶれない。
「しっかり骨太に育っているようだな」
「よ、良かったです」
アメリアの飛行は最後まで安定していた。
飛行の確認はこれだけではない。石を詰めた鞄を背負い、飛べるか確認する。
私を乗せた状態で飛行が可能なのか、調べるのだ。
「アメリア、重たかったら無理して頑張らなくてもいいですからね」
『クエ!』
鞄の中は私の体重の三分の一くらい。本人は「ぜんぜん平気~」なんて言っているけれど。
石の入った鞄を背負わせ、再度飛行する。結果――問題なく飛行できていた。
次に、私の体重の半分くらいの鞄を背負わせる。
「こんな重い物を持つなんて」
重い物なんて持ったことがない、箱入り娘なのに心配だ。
『クエクエ』
鞄を背負ったアメリアは、「重くないよ~」なんて言っているけれど。
私の心配をよそに、アメリアは軽やかに飛んで見せた。白い翼をはためかせ、流れるように旋回する美しい飛行だった。
最後に、私の体重の同じ量の石を詰め込んだ鞄を背負う。
アメリアに背負わせようと鞄を持ち上げた隊長が、失礼なことを言ってくれた。
「お前、こんなに軽いのか? 体重誤魔化していないか?」
「失礼ですね。正確ですよ」
「前に持ち上げた時は、もうちょっとなかったか?」
「あ、あの時は、隊に入ったばかりでしたし」
きちんと、ガルさんが鞄と私を交互に持ち上げて、同じくらいか量っているのだ。
「だったら持ち上げてみてくださいよ」
両手を挙げて、持ち上げやすいような姿勢を取る。
「……どれ」
隊長は私を軽々と上げた――が。
「ぎゃああああ!」
「な、なんだよ!」
「むむ、胸っ、胸、触ってます!!」
ありえないことに、隊長は私の胸の位置を持った状態で抱えてくれたのだ。
今すぐ離すように言ったけれど、「はぁ?」という顔で見上げられる。
「胸なんてどこにあんだよ」
「隊長の手の位置ですよ! っていうか、わからないって失礼ですね!」
『クエエエエエ!』
ふわりと下ろされる。いつの間にか、涙目になっていた。それにしても、しっかり触っていたのに、胸だとわからないなんて。途中からアメリアも怒ってくれたのが。なんていい子なんだと思ったけれど、「慎ましいお乳なんですよ!」と言っていたのだ。なんとも言えない悲しさ。
「まあ、体重は鞄と一緒くらいだった」
「だから言ったじゃないですか」
「わかった、わかった」
「わかったじゃなくて!」
「悪かった」
「そうです」
次はないと思いたまえ。
気を取り直して、測定を再開。隊長はアメリアの背に、鞄を背負わせる。
「無理すんなよ」
『クエ!』
ハラハラしたけれど、アメリアは軽やかに飛翔した。
「この重さも問題ないと。リスリスを乗せるのは問題ないようだな」
「良かったです。本当に……」
降りて来たアメリアに駈け寄り、ぎゅっと抱きしめる。
「アメリア、凄いです」
『クエ!』
誇らしげに鳴いていた。疲れてもいないようで、ひとまずホッ。
次は体力を測定する。ガルさんが馬を走らせ、私の半分くらいの重さの鞄を背負ったアメリアがどれくらいついて来られるかを確認するのだ。
「アメリア、無理しないでくださいね」
『クエ!』
キリリとした表情で、「本気を見せます」と言っていた。
「じゃあ、ガル、頼むぞ」
本日は隊長も見学。リーゼロッテと三人で、アメリアの奮闘を見守ることになる。
さらりと冷たい風が吹き抜ける草原で、三人並んで座っている。
「……腹、減ったな」
隊長がポツリと呟く。
私は鞄からビスケットを取り出し、無言で手渡す。
「しょっぱい物が食いたい」
私はリクエストに応え、野菜の酢漬けの瓶を差し出した。
「温かい物がいい。できれば肉」
「今日はパンとチーズ、炒り豆、干し肉、野菜の酢漬けしか持って来ていないですよ」
一応、鍋を持って来ているけれど、すぐに帰る予定なので料理をするつもりはなかったのだ。
「でしたら、その辺を山兎が跳ねているので、獲ってきてくださいよ」
「わかった」
隊長は私の武器、魔棒グラを貸すように言われた。
「なんに使うんですか?」
「獲物をこれで殴打するのに使うだけだが」
「ええ~~……」
以前も野鳥を狩ってくれたが、どうやら、気配を消して殴るという、古典的な狩猟方法を取っていたらしい。
隊長が狩猟に出かけて数分後、あっさりと獲物の山兎を発見したようで、気配を殺して近付き、全力で魔棒グラを掲げ――振り下ろす。
一撃で仕留めたようで、隊長は山兎を持ち上げ、こちらへと見せてくれた。
自慢げな表情で戻ってくる隊長。頬に返り血を浴びていて、凄く怖かった。
隊長ではなく、山兎を見たリーゼロッテは「ヒッ!」っと短い悲鳴を上げていた。さらに、血の滴る魔棒グラを見て、白目を剥いていた。
温室育ちのお嬢様には、衝撃的だったらしい。
しかし、立派だ。今まで見た山兎の中で一番大きい。むちむちしていて、美味しそうだ。
さっそく、足を縛って解体する。
「え、ここで解体するの?」
「そうですが?」
リーゼロッテは解体作業を初めて目の当たりにするようだ。顔を顰め、顔色を真っ青にさせている。
「結構血が出るので、目を逸らしておいてください」
「い……いいえ、大丈夫よ」
無理しなくても良いのに、解体する様子を見届けるようだ。
隊長が山兎の足を持って逆さ吊りにして、私がナイフを入れる。
まずは血抜きをするために、首筋を切り裂いた。
「――ッ!」
リーゼロッテの息を呑む声が聞こえた。
私はサクサクと皮を剥ぐ。肉の部位はもも、胴、肩、背中、頭などなど。
「あ、頭も食べるの?」
「スープにしたら美味しいですよ」
「……」
だんだんと涙目になるリーゼロッテ。
今日は肉をナイフで叩いて挽肉にして、ハンバーグを作ることにした。
肉を叩くのは隊長に任せた。リーゼロッテは炒り豆を乳鉢ですり潰すようにお願いした。
私はその辺に生えている、薬草ニンニクを摘みに行った。
隊長の作った山兎の挽肉にリーゼロッテがすり潰してくれた炒り豆を入れ、細かく切り刻んだ薬草ニンニクと塩コショウで味を調える。
粘り気が出るまで混ぜ合わせ、成形する。
油を敷いた鍋で、しっかり火が通るまで焼いた。最後に、これをパンで挟むのだが――
「おい、パンはカリカリにしろ」
「はいはい」
上から目線の隊長の好みを聞き、パンを炙る。リーゼロッテはふわふわのパンが好きなのでそのまま。私も焼かないほうが好きだ。ガルさんもカリカリが好きなので、しっかりと焼き目を入れておく。
ハンバーグをパンに載せ、上に薄く切ったチーズ、酢漬け野菜を重ねてパンで蓋を閉じる。
山兎のハンバーガーの完成だ。
ここで、ガルさんとアメリアが戻って来る。どうやら、体力は十分だったようだ。
皆が揃ったので、昼食とする。
アメリアには蜂蜜水と、乾燥果物を与えた。
お腹が空いていたようで、バクバクと食べている。
リーゼロッテは不思議そうな顔で、ハンバーガーを見下ろしていた。
「はんばーぐっていう肉料理が挟まったパンなんて、初めて食べるわ」
「王都で人気のパン屋が出しているメニューらしいですよ」
ウルガスから話を聞いて、作ってみようと思ったのだ。
「なんでも、異国から伝わった料理らしいです」
「そうなの」
神様に祈りを捧げ、いただくことにする。
大口を開けてパンを齧ると、じわりと脂が溢れる。香辛料が利いているので、臭みはまったくない。噛み応えがあり、上質な旨味があった。木の実の風味も香ばしい。
「リーゼロッテ、どうですか?」
普段、ナイフとフォークを使って食事をしているリーゼロッテは戸惑っているようだったが、皆が普通に食べていたので、頑張って頬ばってくれていた。
「美味しいのね。びっくりしたわ」
ソースは何もかかっていないけれど、お肉の旨みだけで十分美味しいのだ。
わかってもらえて嬉しい。
食後、ガルさんが報告してくれる。アメリアは馬との並走に問題ないようだ。途中で、私と同じ体重の鞄を背負って走ったけれど、同じ速さで走っていたらしい。
もう少し経てば、アメリアに乗って遠征任務に行けるだろう。楽しみだ。




