チョコレートのカヌレ
――と、いうわけで、リーゼロッテのお屋敷にお邪魔をすることになった。
ここで、ガルさんとウルガスとはお別れとなる。ザラさんはついて来てくれるらしい。当然ながら、アメリアも同行させる。
「では、健闘をお祈りしています」
ウルガスは敬礼と共に、私達を見送ってくれる。ガルさんも頑張れと、応援してくれた。
なんだか緊張してくる。
侯爵様とは数ヶ月ぶりの再会となる。(※尚、慈善バザーでの遭遇はカウントしない)
一応、隊長の家に寄り、これからリヒテンベルガー侯爵家に行く旨を伝えると、一緒について来てくれると言う。休んでいるところに申し訳ないと思った。
「俺も気になっている事案だから、解決の糸口を探るのは早いほうが良い。実を言えば、夕方に先触れの返事があって、ここ一ヶ月は王都にいるので、訪問はいつでもいいと書かれていた」
寛大な隊長に深々と頭を下げた。侯爵様の都合も問題ないようでホッ。
話をしている間に、侯爵家からの迎えの馬車が到着した。中央街にある街屋敷へと向かう。
隊長の家からあっという間に到着した。玄関先で馬車が停まる。
「うわあ、立派な邸宅ですね」
「田舎屋敷はもっと大きいのよ」
今度、長期休暇があれば、遊びに来てもいいと誘ってくれるリーゼロッテ。
貴族は冬から春先にかけての社交界シーズンは王都で過ごし、それ以外は領地などにある田舎屋敷に生活拠点を移す。
リヒテンベルガー侯爵家の領地は王都の西部にあり、夏は涼しく快適に過ごせるとか。
幻獣の保護区でもあるらしく、鷹獅子が三頭ほどいると、教えてもらった。
「お父様が、山熊を狩ってくれるんだけど、とっても美味しいのよ」
「へえ、いいですね」
意外なことに、侯爵様は狩猟を嗜むらしい。そんな話を聞きながら、リヒテンベルガー家にお邪魔する。玄関には、ずらりと使用人が並び「おかえりなさいませ、リーゼロッテお嬢様」と言って頭を垂れる。私達にも同じように、「ようこそおいでくださいました」と言ってくれる。
こんな大勢の人に頭を下げられるなんて、初めてだ。隊長は慣れているのか、堂々としていた。さすが、高貴な山賊。見習いたい。
「とりあえず、お父様に軽くお話をしてくるわ」
「大丈夫ですか? その、前に喧嘩をしていると話していたので」
「いい加減謝ることにするわ。だって、わたくしも悪かったし。それに、今はメルの危機ですもの。意地を張っている場合じゃなくてよ」
「リーゼロッテ……」
ありがとうございますと、改めて頭を下げた。
ザラさんと隊長と三人で、侯爵様を待つ。アメリアは大きなクッションが用意されていた。顎を乗せて寛いでいる。この扱いの差は、いったい。さすが、幻獣保護局局長のお屋敷と言えばいいのか。
果物の盛り合わせと、蜂蜜水も運ばれた。アメリアは「さっき夕食食べたばかりなのに……」と困惑顔だった。
私達にも、お茶と茶菓子が運ばれてくる。
チョコレートを生地に混ぜ、型に流し込んで焼いたお菓子だろうか。形はつり鐘状で、甘い香りがふわりと漂う。お腹いっぱいだったけれど好奇心が勝って、お皿に手を伸ばす。
一口大だけど、大きさの割にずっしりとしていた。ただの焼き菓子ではないらしい。いったいどんな秘密があるのか。さっそく、齧ってみる。
外側はサクサクで、チョコレートの豊かな風味とほどよい苦味、それからバターの香りで満たされる。中はもっちりしていた。生地の密度が高く、重たかった理由が発覚する。
これが、貴族の食べるお菓子。お腹いっぱいだけど美味しくて、感動してしまった。
「メルちゃん、このお菓子、好き?」
「はい!」
「レシピを知っているから、今度作ってきてあげる」
「わあ、ありがとうございます」
ザラさんのお菓子は、お店が開けるくらい絶品なのだ。
バンザイをして喜んでいると、客間の扉が開かれる。とうとう、再会の時が訪れてしまった。
「待たせたわね」
まずはリーゼロッテが入って来た。私の目の前にある長椅子に腰かける。
そのあと、侯爵様が続く。刹那、部屋の空気がピンと張り詰めた。
眼鏡を掛け、リーゼロッテと同じ紫色の髪をきっちりと撫で上げて、パリッと火熨斗の掛かった礼服姿で現れる、威厳たっぷりなリヒテンベルガー侯爵様。
隊長とザラさんの表情も強張っている。二人共、だんだん「やっぱり殺す!」的な感じになっていた。いやいや、この前の事件は水に流そうと言っていたではないか。気持ちはよくわかるけれど。
でも、その、もうちょっと柔らかい顔で迎えてほしい。
しかし、荒ぶっているのは隊長とザラさんだけではなかった。
『クエエエエエ!』
アメリアは羽毛をぶわりと膨らませ、威嚇するような鳴き声をあげている。
侯爵様は――悲しそうにしていた。無理もない。心から愛する幻獣に敵意を向けられているのだから。
なんというか、非常に気まずい。隊長は落ち着いたみたいだけれど、ザラさんとアメリアの殺気が半端ないのだ。
侯爵様も居心地悪そうにしながら、リーゼロッテの隣に腰掛ける。が、ここでもう一名(?)部屋の中に入って来る。
『オ待タセシマシタ! アルブムチャンガ、来マシタヨ~~』
白くてモフモフした丸耳の獣。砂糖楓の森で悪さをしていた悪い妖精だ。
侯爵様と契約し、名前を得たようだ。アルブム――古代語で『白』という意味。わりと、見たまんまな命名をしたようだ。
『ハッ、パンケーキノ娘! パンケーキ、パンケーキを所望スル!』
どうやら、私が木の実のパンケーキを作った者であると覚えていたようだ。
アルブムはテケテケと走って来たが――
『クエエエエ!!』
こちらへと到達する前に、アメリアが前足でアルブムの頭を押さえ、行く手を阻んだ。
『ウッ、クソ、コノ、怪力鷹獅子メッ!』
『クエ~~!!』
「アルブム、お前が悪い。謝れ」
『エエ、ソンナ~~』
侯爵様に命じられ、不満そうな声を漏らす。
「どうやら、契約を忘れているようだな」
手袋を嵌めた左手を掲げる侯爵様。おそらく、手の甲に契約印があるのだろう。
ジロリと睨まれ、アルブムは大人しくなる。
丸い耳をペタンと伏せ、気まずそうに謝罪の言葉を口にする。
『ゴ、ゴメンナサ~イ』
そう言って、侯爵様のもとへ行き、膝の上に座っていた。
ドヤァと、自慢げにこちらを見るアルブム。
「お前はそこじゃない!」
『イケズ~~!』
首根っこを掴まれ、床の上に下ろされていた。
アルブムのお蔭で(?)部屋の張り詰めていた雰囲気は若干和らぐ。
荒ぶっていたアメリアは、頭を撫でて落ち着かせた。
そして、ようやく本題に移った。
隊長は相談があるとだけ言って、内容については詳しく伝えていなかったらしい。
「実はこの、メル・リスリスについてご相談があり――」
丁寧な言葉遣いではあるものの、隊長の顔はやっぱり険しい。侯爵様との間にある溝は、思っていた以上に深いようだった。
隊長は淡々とした口ぶりで説明する。
私に大きな魔力があること。今までなんの訓練もしていないということ。魔法研究局にバレたら、面倒な事態になること。
「なるほど。そういうことだったのか」
「はい。かねてより、王都一の回復術師であり、幻獣にも理解があるリヒテンベルガー侯爵閣下を頼るしかないと、思っています」
隊長の話が終わり、シンと静まり返る室内。
険しい表情を浮かべる侯爵様であったが――
「お父様、お願い……!」
愛する一人娘リーゼロッテに懇願されると、眉間の皺も解れる。
一応、私からもお願いしておく。
「どうか、お願いします」
頭を下げると、侯爵様の視線がこちらへ移った。
「今から魔力値を調べる。特性もついでに見てやろう」
なんでも、魔力には回復魔法に向くもの、炎魔法に向くものなど、人それぞれなんだとか。
侯爵様がこちらへと近付くと、再度警戒心を剥き出しにするアメリア。
「大丈夫ですよ、アメリア。心配には及びません」
『クエエッ!』
鋭い爪のある足をばたつかせ、「一撃くらわせたる!」と血気盛んな様子だった。なんとか言い含めて、落ち着かせることに成功した。
侯爵様は私に立つように言う。それから、手の平を広げるようにとも。
警戒心を解こうとしないアメリアは、即座に隣に並び、『クエエエ~~』と眼を飛ばしていた。
「お前の主人には何もしない」
『クエ!』
「命を懸けよう」
『クエ……』
どうやら、納得した模様。一歩後ろに下がって行った。
侯爵様は私の前に片膝を突き、手袋を外すと右手に嵌めていた腕輪が見えた。呪文がびっしりと刻まれているそれは、おそらく杖代わりの魔技巧品だろう。
腕輪に刻まれた呪文を指先で摩ると、淡く発光する魔法陣が手の平にふわりと浮かんだ。
侯爵様の手の平に浮かんだ魔法陣を、私の手に重ね合わせる。すると、赤色に光った。
「ほう。たしかにこれは――凄い魔力だ。人ならば、耐えきれなかっただろう」
曰く、エルフである私達には、多くの魔力を身に宿す力が備わっているらしい。なので、長年平気だったと。
そして、特性について説明してくれる。
「奇しくも、私と同じ回復魔法に特化している」
フォレ・エルフは回復魔法が得意な種族だ。私にも、同じようにその力が備わっているとわかり、ホッとした。
まあ、村の因習を知った今は、複雑な気持ちにもなるけれど。
「魔力の暴走については心配しなくてもよい。エルフであるお前には、心配ないことだろう」
「はい」
「だが、使い方を知らない力は、悪用されるおそれがある」
それは、怖いことだ。
どうすればいいのか、現状わからない。
「そこで、提案なのだが」
「?」
言い淀む侯爵様。いったい何を提案してくれるのか。
「なんでしょうか?」
「……その、私が、魔法を伝授して、やらなくもない」
それは願ってもないことだろう。国内では、きっと侯爵様以上の、回復魔法の遣い手はいない。
「私に教わるなど、嫌かもしれないが」
隊長を振り返る。コクリと、力強く頷いていた。リーゼロッテはパッと表情が明るくなった。
ザラさんとアメリアは顔を伏せている。見るからに嫌そうだ。
「アメリア、いいですか?」
『クエ~~』
ふてくされたように「しかたがないことだし」と呟いていた。
ぎゅっとアメリアを抱きしめたあと、返事をする。
ザラさんは、私の決めたことを応援してくれると言ってくれた。
「どうか、よろしくお願いいたします」
「わかった」
こうして、私にお師匠様ができた。
詳しいことについては、また後日話をすることになる。
引っ越し先については、侯爵様の奥方、エヴァハルト伯爵家に頼ってはどうかという話になる。ザラさんが遠征で家を空ける時に山猫を預けているお宅だ。
「まあ、一度大奥様に話もしているし、大丈夫……かしら。多分だけれど」
かなり気難しい御方らしい。アメリアのことを、気に入ってくれるだろうか。
一度会って、話をするしかない。
こうして、心配事が一気に片付いた。
付き合ってくれたザラさん、隊長、リーゼロッテには感謝をしなければならない。
問題を引き受けた侯爵様にも。
帰ろうと客間から出て行く中で、侯爵様に引き留められる。
何事かと振り返ったら、銀紙に包まれたチョコレートを三つ、差し出された。
それは以前、リーゼロッテに貰ったチョコレート。多くを語らない、侯爵様の気持ちがこもった物なのだ。
きっと、この前のことを謝りたかったのだろうなと思った。
直接言わないのは、こちらが水に流したことなので、話を蒸し返すことはよくないと判断したからだろう。
無言で手渡されるチョコレートを、私は受け取る。ぎゅっと、手の平に握りしめて、頭を下げた。
「ありがとうございます。これから、よろしくお願いいたします」
侯爵様はコクリと頷いた。




