ジンジャービスケット
ザラさんと話し合った結果、私の魔力値について隊長とベルリー副隊長に相談することに決めた。
終業後、話があると伝えてある。二人が待っている執務室へと向かった。
「すみませんでした。突然お時間をいただく形になって」
「まあ、構わん」
隊長は執務机の椅子に腰かけ、ベルリー副隊長は直立不動でいた。
話をしなければならないのに、上手く舌が回らない。
気まずい沈黙だけが続く。
それを破ったのは、隊長だった。
「――それで、いつ結婚するんだ?」
隊長の思いがけない一言に、目が点となるザラさんと私。
アメリアは、『クエ~~』と間延びした声をあげる。「結婚じゃないよ」と呟いていた。
「急だったな。まあ、若いうちから家庭を持つのもいいだろう。リスリス衛生兵はどうするんだ? 仕事は続けてくれたらありがたいが、そうもいかないだろ――」
「待って、違うわ!」
ザラさんは顔を真っ赤にしながら、隊長の言葉を制する。
「違うって……はあ?」
「あの、すみません。今日の報告は結婚についてではありません」
部屋の中はさらに気まずい雰囲気となる。
私とザラさん、揃って話があるというので、結婚報告だと思っていたらしい。どうしてそうなった。
ベルリー副隊長は窓の外に視線を移し、遠い目をしていた。
「結婚じゃなかったらなんなんだ? まさか、揃って他の部隊に行きたいとか言うんじゃないよな?」
隊長は焦った表情となる。
頭突きをしたのが良くなかったのかとか、馬車の運転が雑だったのかとか、ブツブツと反省点を呟いていた。
「訓練で投げたことだろうか、それとも、荷物運びを命じたことなのか。いや、やっぱり頭突きか……」
「隊長、どうやら違うようだ」
「いや、頭突き以外思いつかん」
「そうではなく」
さすが、ベルリー副隊長だ。私達の微妙な表情を機微を読み取り、話を先に進めてくれる。
私達の浮かべる表情から話は深刻だと推測したベルリー副隊長は、ゆっくり話をしようと言い、休憩所に移動した。
小腹が空く時間なので、お茶と軽食を用意した。
紅茶とビスケットを卓子に置き、長椅子に座って話を始める。アメリアには乾燥果物を与えておいた。
「――で、いったいなんなんだ?」
「実は、メルちゃんの魔力についてなんだけど」
私の魔力値については、隊長も人事からの書類を見て覚えていたのだろう。別に魔力がなくても困っていないがと、言ってくれる。
「ええ、そうなんだけれど、この前、大変なことが発覚して」
ザラさんは先日の休日に起きたことを、語って聞かせた。
「赤色の魔力値なんて……。そういえば、隊の測定はどうしたんだ?」
「医術師の先生の診断書があったので」
王都に行く際、村長より手渡された必要な書類の中に魔力の診断書も入っていたのだ。
報告を聞いた隊長は目を見開き、ベルリー副隊長は顔を伏せる。
「ザラ、お前の見間違いではないのか?」
「いえ、間違いないと」
「そうか……」
ザラさんは以前、住宅物件について隊長に相談していたらしい。条件が鷹獅子が住める家だったので、結婚すると思ってしまったのだとか。
まさか、私とザラさんが恋仲だと勘違いされていたなんて。
ありえないだろう。私みたいなちんちくりんエルフと、雪国美人で料理も上手い、刺繍と裁縫の腕は職人並みで穏やかなザラさんが結婚だなんて――とここまで考えてふと気付く。ザラさんの良妻感ハンパないと。
しばしの沈黙。
私は紅茶を飲み、ビスケットを齧った。先ほどから、お腹の音が鳴らないか、ひやひやしていたのだ。
通常ならば、とっくの昔に食事を終えている時間である。
ポリポリと、ビスケットを齧る音だけが聞こえていた。
どうやら、お腹が空いていたのは私だけだったらしい。
それにしても、ビスケット美味しいなあ。
これはザラさん手作りの、生姜入りのビスケット。ピリッとしていて香ばしく、ほんのり甘い。
ビスケットを味わっている場合ではなかった。話は本題に戻る。
「この前の、スライムに狙われた件は、やはり魔力量を見ての行動だったのか」
「多分、そうかと」
隊長は深い溜息を吐く。ベルリー副隊長も、額に手を当てて、眉間の皺を解していた。
「これを、上に報告すれば、お前は確実に異動になるだろう」
「それは嫌です」
私は第二部隊だからこそ、なんとか騎士をやっていけているのだ。他の部隊で仕事をする気なんて、まったく考えていない。
「幸い、魔力量報告について入隊時は強制的に測定するが、以降は行わない。魔力量の増加に気付いても、報告しなかった場合の罰則はない。加えて、魔法研究局が保持者を強制的に拘束する力はないので、その辺は安心しろ」
「良かったです」
意外にも、隊長は魔法研究局についてや、法律について詳しかった。
まあ、上に立つ人なので、知識があるのは当たり前だけれど、普段の山賊っぷりを見ているので、つい。尊敬値がぐっと上昇した。
隊長は話を続ける。
「ここの部隊にいてくれることはありがたい。嬉しいことだ。だが――」
隊長は一度、言葉を切る。顔を顰め、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
代わりに、ベルリー副隊長が話し始める。
「リスリス衛生兵は今、抜き身の剣を抱えているのと同じだろう」
「どういう意味ですか?」
「使い方を知らない武器は、己をも傷つける可能性がある。危険なのだ。大きな力をその身に持つということは」
ベルリー副隊長の言葉にハッとなる。そうだ。私は、魔力の使い方を知らない。今まで何もなかったけれど、この先も大丈夫だという保証はどこにもないのだ。
「私は、どうすれば――」
いまさら村になんか帰れない。
医術師の先生へと送った手紙の返事が、つい最近返ってきていたのだ。
私とザラさんの推測は当たっていた。村では、魔力量の多い者を厄災の生け贄にする風習がある。そして、私が今までにない魔力を持っていることに気付いた先生は、それを隠そうとして、魔力なしと診断したのだ。
この件について、村長などに報告するつもりなんて毛頭ない。発覚すれば、私は村の魔力を持つ者と強制的に結婚させられてしまうだろう。
王都にやってきて、今までの常識が覆ってしまったのだ。
今後、フォレ・エルフの村の因習を受け入れることは不可能だろう。
やはり、魔法研究局に頼るしかないのか。
「いや、あそこは勧められない。気が狂っている奴らの集まりだから」
そうだろうと、頷いてしまう。不敬罪になるので口には出さないけれど、魔法研究局の局長ヴァリオ・レフラはヤバイ雰囲気をプンプンと漂わせていた。もしも捕まったりしたら、生体実験の素材にされるだろう。
「個人的には、魔法は覚えていたほうが良いと思う。悪用されないためにも。公表するか、しないかは自分で判断しろ。だが、残念なことに、俺の知り合いに、魔法使いはいない」
「なかなか、条件が厳しいな。魔法が使えて、かつ、魔法研究局に所属しておらず、幻獣にも理解があって口が堅い――」
もう、リーゼロッテのお父様、リヒテンベルガー侯爵に弟子入りをお願いするしかないだろう。
その名を出せば、隊長とベルリー副隊長は複雑な表情を浮かべている。きっと、私とザラさんも同じ顔をしているだろう。
「……辛いな」
「はい。ですが、侯爵様との間には、誤解があったのだと思います」
「それでも、罪のないリスリス衛生兵に、手を上げたことは、許されることではない」
珍しく、ベルリー副隊長は感情を荒立たせていた。例の幻獣保護局との事件は、本当に痛ましいものだった。
あの時の侯爵様は、過去にされたことと重ね合わせ、動転していたのだと思う。
叩かれたことは今も許していない。できるならば、会いたくない相手でもあった。
けれど、アメリアの怪我を魔法で治してくれたし、王都は幻獣と暮らしやすくなっている。侯爵様のおかげだろう。
その点を考えれば、そろそろ許してもいいのではと考えていた。
「多分、頼れるのは侯爵様だけだと思うんです」
再度、部屋はシンとなる。
皆、険しい表情でいた。
「――わかった。一度、俺がリヒテンベルガー侯爵に話をしに行く」
「ありがとうございます」
その前に、ガルさんやウルガス、リーゼロッテに話をしてもいいかと聞けば、問題ないだろうと判断してくれた。
私は深々と、隊長に頭を下げる。
「お手数おかけしますが、これからもよろしくお願いいたします」
「まったくだ」
ふんぞり返りながら答える隊長。ベルリー副隊長は眉尻を下げ、苦笑していた。
これで、一歩前進だろう。この先どうなるかは、まだわからない。
とにかく、頑張るしかないのだ。