雪キノコのスープ
隊長が片手で握りしめているのは、白い毛並みで耳が丸く、胴が長い――白鼬?
白鼬の毛は保温性が高く、ふわふわで毛並みも美しいことから、最高級品毛皮として流通している。
今回の騒ぎは、この白鼬(?)が原因だとか。
これは、幻獣?
横目でリーゼロッテを見たが、嫌悪感剥き出しの表情でジタバタと暴れる白鼬を睨んでいた。これは聞くまでもなく、幻獣ではないだろう。
「隊長、あの、それなんですか?」
「高位の妖精らしい」
「ええ~~」
どこから見ても、ただの獣にしか見えないけれど。
もしや、深い緑色の目には知性が――?
『コノ、コノ、離シヤガレ、山賊風情ガ!』
キイキイ声で喋る白鼬。これが妖精とは。う~~ん。
それにしても、妖精にまで山賊呼ばわりされる隊長はいったい……。一応、伯爵家生まれの高貴な身分の御方なのに。
ちなみに、最初は革袋に詰め込んでいたらしいが、魔法で紐を解いて逃げようとするので、隊長が握って捕獲している。
話を聞けば、驚きの展開があったようだ。
笑い蔓を探し回っていたところ、ガルさんに緑色に光る小さな球が近付いてきた。なんと、それは森の妖精だったのだ。
森の妖精はガルさんに助けを乞う。悪い妖精に脅されているので、助けてほしい、と。
白鼬の姿をした悪い妖精が、この地へやって来たのは数か月前。自称高位妖精を名乗り、瞬く間に支配者になった。
森の妖精達は隷属し、木々や花の蜜を献上していたが、そのうちそれだけでは満足しないようになる。
「だから、こいつは森の妖精に命じたんだ。人間の物を奪い、美味い物を持って来るようにと」
「なるほど。だから、私が襲われたんですね」
蔓を操っていたのは、脅されていた森の妖精だったと。「くすぐり」という殺傷能力皆無の攻撃をしてくることを疑問に思っていたが、ここで氷解した。
食糧係たる私が襲われたのは必然だったのだ。
問題となる悪い妖精、白鼬(※仮名)は捕獲したので、一件落着らしい。
隊長は「はあ~」と長い溜息を吐き、私にあることを命じる。
「腹が減った。リスリス、何か作ってくれ」
「食事を取る暇がなかったのですか」
「ああ」
「なるほど。お疲れ様です」
温かいスープと、煮詰めた樹液を使って何か作ろうかと考えていたら、ガルさんが葉っぱに包まれた何かを差し出してくれる。
森の妖精から、お礼をもらったらしい。
「わっ、凄いです。随分とずっしりしてますね。中身に何が入っているのか」
それよりも、森の妖精から頼られるガルさんの人徳の高さ。アメリアも懐いているし、包容力がある。見習いたい。
さっそく、戴き物を開封する。葉っぱを縛っている蔓が、私を拘束した物と同じ素材だったのはちょっと気になったけれど。
蔓を解けば、葉の中からキノコや木の実など、森の恵みがたくさん詰め込まれていた。
これを使って料理を作ろう。
鍋に水を張り、ナイフでキノコを削いで投入。猪豚の燻製肉と干し肉も入れた。他にも、乾燥芋などを加え、塩コショウ、香辛料などで味を調えた。
木の実は潰して皮を剥き、乳鉢で粉末にしていく。
粉末状にした木の実に水、小麦粉、砂糖、塩少々を入れ、練るようにして混ぜた。
もう一ヶ所、簡易かまどを作る。
火に浅い鍋をかけて、生地を焼く。大きさは一口大くらい。一気に三枚焼いた。
こんがりと焼き色が付けば、木の実のミニパンケーキの完成だ。樹液の蜜をかけて食べる。これだけでは甘いので、先ほどガルさんに採ってもらった甘酸っぱい冬苺を添えた。
というわけで、簡単だけれど、料理が完成した。
パンケーキは食後の甘味扱いなので、一人二枚ずつ。スープはパンと一緒に食べてほしい。
寒空の下、雪の上に敷物を敷いて食事を取る。
「隊長はどうやって食べるんですか?」
ウルガスの素朴な疑問。隊長は右手に白鼬を握っているのだ。このままでは食事が困難だろう。
それよりも――
『オイ、山賊! ソコノ焼イタ、甘イ匂イノヤツ、ヨコセ!』
ジタバタと暴れながら、パンケーキを所望する白鼬。隊長は無視している。
「ずっとこんな感じだ。だから、こいつから手を放すわけにはいかない」
利き手でないほうでは、食べるのは困難だろう。
「だったら私が食べさせ――」
「隊長! さきほどのお詫びに、私が食べさせてあげる」
挙手して提案しようとしたが、私よりもやる気がある人がいた。
ザラさんが隊長の隣に座り、スープを装った器を持ち上げる。匙で掬って隊長の口元へと持って行った。
「ふうふうしたほうがいい?」
「止めろ。気持ち悪い」
ザラさんはあつあつのスープを、隊長の口元に持って行く。
そういえば、猫舌だったような気がしたけれど――
「熱っつ!!」
唇に熱いスープが触れ、隊長はビクリと反応する。匙にあったスープは、溢れてしまった。
被害は隊長だけではなかった。
『ギャア、アツアツノ、スープガ、零レテ、アタ、頭ニイイイイ~~!!』
スープは白鼬にも掛かる。
「あら、ごめんなさい」
「スープはあとにする。まずはパンを寄こせ」
「はいはい」
ザラさんは樹液の蜜をたっぷりと塗って、隊長に差し出したが、甘いのが苦手なので、ぷいっと顔を逸らした。
「あら?」
「俺が甘い物苦手なの、知っているだろうが」
「好き嫌いはダメ」
『オレハ、好キ! 甘イノ』
「お前の分はない」
『ヒドイ……』
なんだろうか。この、隊長とザラさん、白鼬の面白いやりとりは。
「メル、冷めるわよ」
「あ、そうですね」
リーゼロッテに指摘されて、ぼんやりしていたことに気付いた。
温かいうちにスープを戴くことにする。私とリーゼロッテは先ほどパンを食べたばかりなので、味見をするような量を注いでいたのだ。
妖精からもらったキノコは、冬に生える雪茸。雪の中に生えるので、発見が難しく、幻のキノコとも呼ばれていた。
食感はコリコリ。香り高く、濃厚な良い出汁がスープに溶け出している。非常に美味しいキノコだ。
木の実のパンケーキは、ふっくらモチモチしていて、木の実の香ばしさが良い。砂糖楓との相性も抜群だ。
「リスリス衛生兵、これ、美味しいですねえ」
「素材の力ですね」
皆、満足いただけた模様。
私はザラさんの冷めたスープを、もう一度温めに行く。
「メルちゃん、ありがとう」
「いえいえ」
ちなみに、隊長は冷めたスープを飲んで、「まあまあだ」という感想を口にしていた。
そりゃ、美味しいスープも冷めたらまあまあな味わいになるだろう。ぐぬぬと、悔しい気分になる。
隊長はパンケーキまでしっかりと平らげ、完食していた。
『死ヌ~~、オ腹ガ空イテ、死ヌ~~』
若干気の毒になる。
リーゼロッテに本当に死んでしまうのかと、質問してみた。
「死なないわ。妖精ですもの」
妖精は大気中にある魔力を摂取して生きている。なので、人間のように食べものを取る必要は皆無なのだ。
「まあ、食料に溶け込んだ魔力を取ることもできるだろうけれど、そういう効率の悪いことはしないと思うの」
食品に溶け込んでいる魔力はごく微量らしい。なるほど。勉強になった。
ちょっと可哀想かなと思ったけれど、騙されてはいけない。隊長の対応は正解だったのだ。
そんなわけで、無事、笑い蔓の原因となっていた悪い妖精を捕獲した。
このあと、白鼬は騎士隊に突き出すことになる。
「しかし、どこが引き取るんですかねえ」
ウルガスはリーゼロッテを見る。幻獣保護局が妥当だと思ったのだろう。
「これ、幻獣じゃないから、お断りよ!」
「見た目は幻獣っぽいですけど?」
「ぜんぜん違うわ!」
首を傾げるウルガス。私も、幻獣と妖精の区別はつかない。
「幻獣は誇り高く、優しい生き物なの。こんな風に、人を困らせたり、悪事を企んだりなんかしないんだから!」
その主張を聞けば、幻獣と妖精の違いを理解できる。
確かに、見た目ではわからなくても、態度や言動はずいぶんと違う。
「おい、喋っていないで、さっさと帰るぞ」
「は~い」
「了解です」
太陽が沈む前には帰りたい。体が冷え切っているので、さっさと寮の温かいお風呂に浸かりたいなと考える。
管理人に報告をすれば、驚いていた。ありがとうと、お礼も言われる。さらに、お土産として、ビン詰めの砂糖楓を戴いた。
ホクホク状態で帰宅となる。
帰りはガルさんと、ベルリー副隊長の安全運転だった。
王都に辿り着いたのは、夕刻の鐘が鳴り響く時間帯。
道行く人達は、忙しない様子を見せていた。
『クソ~~、山賊メ~~、許サンゾ!』
白鼬は相変わらず、隊長に掴まれた状態で、抵抗していた。
果たして、これをどこが引き取ることになるのか。
若干気になるところだ。




