冬苺
ベルリー副隊長の号令で準備を開始する。
私は食糧保管庫から、パンや干し肉、野菜の酢漬けの瓶、チーズなどを取り出し、鞄に詰めていく。
『クエ!』
アメリアは自分の分の干した果物の入った革袋を、銜えて持って来てくれた。
「おっと、ありがとうございます」
それから、救急道具を入れて、薬草を混ぜた水を人数分作る。
荷物の準備が終わると、鞄はずっしりと重たくなった。
「アメリア、もしも、回復魔法が使えたら、荷物も軽くなりますよね?」
『クエ~』
アメリアから「その分、自己負担も増えるから、キツイことには変わりはないよ」と返される。
その通りだと思った。魔法は万能ではない。
フォレ・エルフの村でも、魔法を使った人が診療所に運ばれる話は珍しくなかった。魔力の消費は直接体に負担がくる。医術師の先生もそう話していた。
私はまだ、迷っている。内なる魔力とどう向き合うかと。
多分、隊長とベルリー副隊長に相談をしたほうがいいと思っている。こんな大変なことを、ザラさんにだけ背負わせるわけにはいかない。
それから、隊長が良いと言うならば、ガルさんやウルガス、リーゼロッテにも報告したい。
皆に知ってもらって、この先どうすればいいか、聞きたい――というのは我儘だろうか。
悩んでいたって仕方がない。今は任務に集中しなくては。
踵を返すと、遠くから駆けてくるウルガスの姿が見えた。
「リスリス衛生兵、馬車の準備できたみたいですよ~」
「は~い」
行かなければ。
『クエクエ!』
「ん?」
アメリアが洗濯竿を銜え、私に手渡してくれる。
「いや、洗濯竿はいらな――」
と、ここで思い出す。これは洗濯竿ではなくて、魔棒暴食であると。
あまりにも普通の棒っきれだったので、すっかり忘れていた。
「って言うか、棒って酷くないですか?」
『クエ~~』
「先っぽ削って槍にする?」と提案してくれるアメリア。野性的でいいなと思った。
◇◇◇
ガルさんの操縦で馬車は街道を進んで行く。安全運転で善きかな、善きかな。
車内では、隊長が腕を組み、ふんぬと威厳たっぷりな様子で座っていた。
お隣に腰かけているのは、誰が隊長の隣に座るかの小競り合いに負けたウルガス。居心地悪そうにしていた。
二人の向かい側に座るのは、ベルリー副隊長。その隣に私とリーゼロッテは並んで座り、キャッキャとアメリアの毛繕いをする。
ザラさんはウルガスの隣に腰かけ、窓の景色を眺めていた。
お手入れをしている途中、アメリアの羽根が抜けたので、悲愴感漂うウルガスの上着に挿してあげた。
僅かに白目を剥いていたウルガスは、アメリアの羽根に気付くと、ぱあっと表情が明るくなる。
よかったねウルガス、と微笑ましく思っていたら、抗議の声が上がった。
『クエ~~』
「え!?」
なんと、アメリアが「羽根をあげるのはちょっと……」と言い出したのだ。
どうしよう。反抗期なのか。
ウルガスはキラキラした目で、アメリアの羽根をくるくると回しながら眺めていた。
とても、やっぱり返してくれと言える雰囲気ではない。
「メルちゃん、どうしたの?」
「え、えっとですね~」
ザラさんの隣に行って、耳元で内緒話をしようと近付く――が。
近付いた瞬間、ザラさんは私から身を離し、ガン! と窓に頭を強打していた。
「ザラ、お前何やってんだ」
隊長より指摘が入るザラさん。でも、本当にどうしたのか。
「ご、ごめんなさい。ちょうど羽虫がいて、びっくりしただけ」
「そうだったんですね。虫は?」
「どこかに行ったみたい」
「良かったです」
改めて、相談をする。
「すみません、アメリアがウルガスに羽根を渡すなと言ってきたんです」
「あら、そうなの」
「どうしてだと思いますか?」
「そうねえ」
いったん体を離したら、ザラさんの異変に気付いた。顔が真っ赤になっていたのだ。
「あの、大丈夫ですか?」
「え、何が?」
ビクリと体を震わせ、驚いた顔で聞いてくるザラさん。なんか、さっきから挙動不審だけれど。
「もしかして、熱があるのでは?」
前髪をかき上げ、額に手を当てる。すると、ふるふると震え出すザラさん。
やはり、熱があって辛いのでは?
頬が真っ赤だったので、手先で冷やしてあげる。
この先どうするか、指示をもらうために隊長を振り返ったが、ベルリー副隊長より声が掛かる。
「メ、メルメル衛生兵。ザラは大丈夫だ!」
「ベルリー副隊長、メルメル衛生兵ではなくて、リスリス衛生兵ですよ」
ベルリー副隊長の言い間違いを、やんわりと指摘するウルガス。
「す、すまない。リスリス衛生兵。ザラは大丈夫だから、こちらへ戻って来い」
「え、ええ……わかりました」
明らかに、風邪の前触れみたいな様子だけれど、ベルリー副隊長が大丈夫だと言うので、信じるしかなかった。
「私、わかったわ!」
リーゼロッテが突然大きな声を出す。
すると、ベルリー副隊長がすっと立ち上がり、リーゼロッテの唇に指先を当てた。
「んむ!」
「は、話は私が聞こう」
今度はベルリー副隊長が挙動不審になる。いったいどうしたのか。
リーゼロッテと二人、何やら内緒話をしていた。
「――え? あ、なるほど。ふむ、理解した」
リーゼロッテが気付いた点について、ベルリー副隊長が私に耳打ちをしてくれた。
「アメリアの件なのだが、年頃の男に羽根を所持されるのは、恥ずかしいらしい」
「ああ、なるほど」
自らの立場に置き換える。
確かに、自分の髪の毛を手にした男性が「わ~い」と喜んでいたら、「ええ〜……」となるだろう。
その辺の理解ができていなかった。アメリアも、一人前の淑女なのだ。
ベルリー副隊長がウルガスに話をしてくれた。
アメリアは少女のような感性を持ち、羽根を手にされると恥ずかしくなると。
「あ、なるほど。そういうことでしたか。すみません、あまりにも綺麗だから、喜んでしまって」
ウルガスはアメリアの羽根を返してくれた。
アメリアにも、ウルガスは羽根が綺麗だから喜んでいたという点を伝える。
『クエクエ』
「え? いいんですか?」
『クエ!』
なんと、「そこまで言うのならば、別にあげてもいいけれど」とお許しの言葉をいただいた。
そんなわけで、羽根は再度ウルガスの手に渡る。
「うわ、やった! ありがとうございます!」
喜ぶ様子を見て、満更でもない様子を見せるアメリアであった。
しかし、彼女の乙女心はだんだんと複雑になっていく。
もしかして、女子力において負けているのではないかと、気付いてしまった。
◇◇◇
途中で湖の前で停まり、運転手交代と、馬の休憩時間を取る。
湖から水を掬い、湯を沸かす。
茶葉をそのまま入れて、煮出しのお茶を作った。
砂糖と蜂蜜をたっぷり入れて、カップに注いで手渡していく。
「……茶葉への冒涜の味がするわ」
リーゼロッテは一口飲んだあと、辛口の感想を漏らす。荷物の中から茶器を出すのが面倒だったとは言えない。これが遠征先で飲むお茶なのだと、主張しておいた。
「あ!」
少し離れた場所に、真っ赤な木の実が生っているのに気付く。
喜んで駆け寄ったけれど、高くて取れない。
ぴょんぴょんと跳ねていたら、ガルさんがやって来て、木の実を千切ってくれた。
「わ、ありがとうございます」
これは冬苺と呼ばれる、秋から冬にかけて熟す珍しい木の実だ。
さっそく、食べてみる。
「うわ、やばいくらい酸っぱいです」
近くに寄って来たアメリアにも、一個食べさせてみる。
『ク、クエ~~!』
アメリアにも酸っぱ過ぎたようだ。
これは砂糖で煮込んで食べたほうがいい。肉料理のソースにも良さそうだ。
料理に使えそうだったので、持ち帰ることにした。




