残り物コロッケ
保存食を増やすのはいい。
でも、その前にすることがある。
それは、ウルガスが頑張って作ったパンとお肉の保存食の処分である。
もちろん、捨てるなんてことはしない。そんなことをすれば、罰が当たってしまう。
「で、リスリス衛生兵、どうするんですか、これ?」
「もちろん、頑張って食べるのです!」
幸い、遠征帰りなので、在庫は一食分だろう。
なので、昼食は干し肉と乾燥パンを使った料理にする。
「食材はどうするんですか?」
「今日の朝、食堂でいらない食材をもらってきたんですよ」
この保存食消費については、きちんと計画を立てていたのだ。
どんと、机の上に革袋を四袋どんと置く。
「一袋目と二袋目は、こちら」
「葉っぱと、芋……ですね」
「ええ、そうです」
葉は外側を覆っている葉野菜の物で、芋は小さすぎて食堂では使えない物を安価で譲ってもらったのだ。
「三袋目は、これです」
「肉の、脂身ですか」
「正解です」
お肉の脂身、もれなく全部捨ててしまうそうな。もったいない。これも、立派な食材だ。
そして、最後は夜の食堂で私が作った物だ。
「おお、パンですね!」
「ええ、天然酵母のパンですよ。みなさんのお口に合えばいいのですが」
久々に作ったので、形がいびつになったけれど、まあまあな出来栄えだ。
腕を捲り、髪を整え、エプロンを掛けて調理開始とする。
「では、ウルガスはこれを粉末にしてください」
「あ、はい」
手渡したのは乾燥パン。金おろしでパン粉を作るように頼む。
パンが硬いので、結構な力仕事だろう。頑張れ、青年!
その間、私は大量の芋を綺麗に洗って鍋で煮る。
さらに、昨晩水で戻しておいた三角牛の干し肉と脂身を角切りにして、臭み消しの香草を揉みこむ。
三角牛、あまり食べたことがないんだけど、干し肉にして水で元の柔らかさに戻るのが凄い。この牛の特別な特徴だろうか。それか、ウルガスの独特な干し肉作りのおかげか。普通のお肉ではこうはいかない。
お肉に塩コショウを振って、炒める。
ジュウジュウという焼ける音と、香ばしい匂いがふわりと漂ってきた。これだけでも美味しそう。
焼けたお肉はそのまま放置。粗熱を取る。
次に、煮ていた芋を鍋から取り出し、湯切りする。
野菜の皮は栄養があるので、剥かずにそのまま食べるのだ。
ほかほかの芋に塩コショウで濃い目の下味を付け、麺棒で潰すのだ。すると、お肉料理の付け合わせにある潰した芋のようになる。
「肉と芋……美味そうですね」
「間違いなく、このままでも美味しいです」
ウルガスは涙目になりつつ、パンを下ろしていた。
可哀想なので、手のひらに潰した芋を広げ、その上に肉を載せて軽く丸めた物をウルガスの口に持って行く。
「う、うま……!」
「これ、今からもっと美味しくなるんですよ」
パン粉は、乾燥させた香辛料を混ぜる。これで酸っぱい風味も和らいでいるはず。
次は成型作業に取り掛かる。
潰し芋を手のひらにとって平らに伸ばし、中に肉を入れて包み込む。
一人五個ほど食べられるだろうか。
調理中崩れないように、しっかりと握っていく。
成型が終われば、溶いた卵に潜らせ、ウルガスが作ってくれたパン粉をまぶす。
あとは油でサックリ揚げるだけ。
鍋は厨房で使っていない鍋を借りた。油は自腹で購入。あとで隊長に請求できるらしい。
あ、卵はお皿洗いを手伝ってもらった物だ。抜かりはない。
ジュワジュワと揚がっていく様子を、ウルガスは不思議そうに眺めていた。
「これ、なんて料理ですか? 初めて見ます」
「コロッケじゃなくて、クロケット、でしたっけ? すみません、記憶があいまいで」
昔、他所の村のお祭りに行った時、出店で食べたのを覚えていたのだ。
作るのは今日が初めてである。
こんな大量の油を使う料理なんて、贅沢過ぎて実家ではできない。
油を切ってお皿に載せれば完成! 葉野菜を添えれば、彩りも美しい。香辛料を振って揉んであるので、パンと一緒に食べても美味しいのだ。
パンはふかふか過ぎるので、潰して硬くして、焼いた。
私はふかふかパンも好きだけど、パンは硬いのが王道! と言う派閥もあるので、二種類用意してみました。
ちょうどお昼になったので、隊員を呼びに行った。
休憩室でいただくことにする。
みんな、突然の料理に驚いていた。
干し肉と乾燥パンを使ったことは黙っておく。
まずはお祈り。
この静かな時だけ、みんなは正統派の騎士に見える。尊い時間だ。
祈りが終われば、ベルリー副隊長より質問を受けた。
「リスリス衛生兵、これは?」
「クロケットとパンです。多分、一緒に載せて食べたら美味しいかと」
結構下味を付けているので、ソースがなくても美味しいはず。多分。
硬いパンと柔らかいパンがあると言えば、隊長とガルさんは硬いパン、ベルリー副隊長とウルガスは柔らかいパンを手に取っていた。各々クロケットをフォークで突き刺して、パンに載せている。
私も柔らかいパン取って、葉野菜を載せて、クロケットを挟んだ。
クロケットはこの辺りでは食べられていない物のよう。
「芋は煮て潰すか、スープの具に入っているくらいですね」
「そうなんですね」
まあ、うちの村でもそんな感じだった。
雪が降る前の芋掘り、寒くて手が悴み、地味に辛かったな。そんな記憶を蘇らせる。掘りたての皮の柔らかい芋に切り目を入れて、暖炉の上に置いた網で焼いた物は震えるほど美味しかった。こっそり確保していたバターやチーズを載せて食べるのだ。
そんなことはどうでもいいとして。
温かいうちに、クロケットパンを頬張る。
クロケットはサクサク! パンはふっくら柔らかな優しい口溶け。シャキシャキな葉野菜の歯ごたえも良い。
香辛料が利いているからか、乾燥パンの酸っぱさはほぼ感じない。
皮付きの芋はほくほくで、ほのかに甘味がある。脂身入りのお肉は肉汁がじゅわっと溢れる。それが芋にしみ込んでいて、それがまた美味しいのだ。
パンとクロケットの相性は抜群としかいいようがない。
私が食べるのを見て、みんなも食べ始める。
「うわ、美味しい! 想像以上だ!」
ウルガスは目元に涙を浮かべ、私に嬉しい感想を言ってくれる。
「頑張ってパン粉作りをした甲斐がありました」
「ええ、大変助かりました。私一人では、作れなかったでしょう」
隊長やベルリー副隊長、ガルさんも美味しいと言ってくれた。
処分に困っていた保存食だけど、上手く活用できた。ホッと安堵の息を吐く。
食事を終え、材料費を隊長に手渡せば、顔を顰めていた。
「おい、野ウサギ衛生兵。昼の食費、安過ぎないか?」
最近、隊長は私を野ウサギから、野ウサギ衛生兵と呼ぶようになった。
ほとんど変わってないじゃんって。まあ衛生兵がついているだけいいけれど。
そんなことはさておいて、話を昼食代に戻す。
「一部、自己負担しているんじゃないだろうな?」
「いいえ、そんなことないですよ。きっちり、請求させていただきました」
疑いの目がザクザクと突き刺さる。
仕方がないので、隊長にのみ種明かしをする。
「クロケットの材料、厨房でもらったクズ野菜と、廃棄予定の脂身、それから、保存食の干し肉と乾燥パンを使ったんです。芋は買いましたが、市場の半値以下らしいです」
「なんだと?」
「保存庫を綺麗にしたかったので、処分料理というわけです」
隊長は驚いていた。一部廃棄食材で作った物には思えないくらい美味しかったと。
むふふと、してやったりな笑いがこみ上げてくる。
保存庫も綺麗に掃除できたし、料理は美味しかったし、大満足な一日だった。
明日は保存食作りの計画を立てて……そうそう、衛生兵としてのお仕事もしなければ。
料理ばかりしているので、自分の立場をたまに忘れそうになる。
包帯の確認や、傷薬の整理整頓、薬草の選別など、やることは山のようにある。
頬を叩いて気合を入れ直し、明日の仕事に備えることにした。