挽肉オムレツ
いつもの朝。
アメリアと共に身支度を済ませ、食堂に向かう。
本日のメニューは挽肉オムレツに、根菜のスープ、サラダにゆで卵、食べ放題のパン。
おばちゃんから料理を受け取り、席に着く。
食前の祈りを捧げたあと、瞼を開けば目の前に騎士のお姉さんがいて「おはよう」と声を掛けてきた。彼女は確か――私が幻獣との契約の刻印を確認する時、大浴場で見張りをしていた腹筋が綺麗に割れていたお方ではないか。
日焼けした肌に、がっしりとした体躯。重量のある鎧を纏い、剣を佩いていても、体の軸がぶれることはない。理想的な騎士の体型であった。
「久しぶりね。あれから、幻獣保護局のお嬢様が入ったって聞いたけれど、大丈夫?」
「はい、なんとか」
いろいろ大変だろうけれど、頑張ってねと励ましてくれた。なんて優しい人なのか。
「じゃあ、また」
「はい」
去りゆく騎士のお姉さんを見送りながら、ほっこりとした気分となる。
『クエクエ!』
「おっと、ぼんやりしている時間はないですね」
床で伏せをしているアメリアに「集合時間に遅れますよ」と注意されてしまった。
ナイフを手に取り、オムレツに切り目を入れる。
中からとろりと半熟の卵と共に出てきたのは、甘辛い味付けがされた挽肉炒め。
卵はふわふわで味付けは薄いものの、挽肉炒めが濃いのでちょうどいい。
パンに載せても美味しかった。
と、じっくり味わっている暇はない。ザラさんとの集合時間まであと十五分。
もっと早く起きれば良かったと、後悔した。
◇◇◇
朝から第二遠征部隊の執務室に荷物が届く。
包みは全部で七つ。
ベルリー副隊長は困惑の表情で見下ろしていた。
「どうしたんですか?」
「魔法研究局の局長と魔物研究局の局長から、先日のスライム事件のお詫びに届いた品らしいが……」
大きな箱が一つ、細長い箱が四つ、中くらいの箱が一つに、細長くて大きな箱が一つ。
これはいったい?
「なんか、贈り主が怪しくて、嫌な感じ」
リーゼロッテの言葉に思わず頷いてしまう。
バタンと、大きな音を立てて扉が開く。隊長が扉を蹴破って入って来たのだ。
休憩室にいたらしい、ガルさん、ウルガス、ザラさんが続く。
すれ違いざま、隊長は私に小箱をぽいっと投げた。これはいったい?
どかりと執務椅子に腰掛け、朝礼を開始すると低い声で言った。
私は謎の小箱を手にしたまま、話を聞くことになった。
「まず、今日は遠征任務が入っている。うまくいけば日帰りだ」
なんでも、王都近くの森に『笑い蔦』という物が生えているらしい。商人などが襲われているとか。それを刈り取るのが今回のお仕事だ。
私は挙手して質問する。
「すみません、移動は馬ですか?」
「いや、馬車を手配した」
「了解です」
馬の移動ならば、アメリアを連れて行けない。そう思っていたが、問題はなさそうだ。
けれど、そろそろ馬車に乗せるにはいささか厳しい大きさまで育っている。
馬との並走などできるだろうか。持久力や体力もどの程度あるものか、あとで聞かなければ。
そして、最後に気になっていた包みについて発表された。
「それは魔物研究局と魔法研究局が共同製作した武器らしい。先日のお詫びにと、わざわざ贈ってくれたそうだ」
なんと。包みの中身は武器だった。
しかし、魔物研究局と魔法研究局の共同製作というのが気になる。
隊長も口には出さないが、「いい迷惑だ」だと険しい表情が物語っている。
「魔物の牙や爪、魔力を含んだ特別な素材で作られた品だと。試作品で、使用感を知りたいらしい」
文書を提出しなければならないとか、ぜんぜんお詫びの品でもなんでもない。
皆、微妙な表情で届けられた荷物を見下ろしている。
「そういえば隊長、この小箱は?」
「アメリアの物だ。一人分足りないと言ったら、すぐに送ってきた」
「あ、ありがとうございます」
開けてみるように言われた。中身は絹の手巾であった。何やら呪文が刺繍されているけれど、これはなんだろう?
リーゼロッテに聞いたら、祝福の呪文が刺されているらしい。
アメリアに見せたら気に入った様子だったので、首に巻いてあげる。
『クエ~~』
皆から似合っている、可愛いと褒められ、ご満悦な様子だった。
「問題はこちらの装備だが――」
武器開封の前に、届いていた手紙が読み上げられる。
内容は先日のスライム事件の謝罪とお礼。最後に、武器について書き綴られていたようだ。
「――これは、魔物研究局と魔法研究局で共同製作した最強の武器で、『七ツの罪』シリーズと呼んでいる、と」
魔剣――傲慢
魔双剣――強欲
魔槍――憤怒
魔弓――怠惰
魔斧――色欲
魔杖――嫉妬
魔棒――暴食
大剣は鞘、柄、刃、すべてが黒く、禍々しい物だった。隊長の雰囲気に似合っているというか、なんというか。
双剣は鞘には宝石が散りばめられ、持ち手にも美しい花模様の細工が成されている。ベルリー副隊長の凛々しさを倍増させる武器だ。
槍は刃までもが緑色で、蔓模様が彫られている。深い森を思わせる物だった。穏やかなガルさんにぴったり。
弓は海と同じ青。滑車と鋼索、てこの原理で射る最新式の弓らしい。騎士隊ではまだ採用されていないらしく、ウルガスは興奮した様子で手に取っていた。
斧は柄や刃、すべてが白銀。先端には一角獣の角に似た突起が付いている。ザラさんが手にすれば、美しさが際立つ。
魔杖は金の柄に、先端には丸く赤い宝石がはめ込まれている。偶然にも、今までリーゼロッテが持っていた杖の意匠とよく似ていた。
最後に、私の武器は――ただの木製の棒だった。背丈よりも少し長いくらいか。細工もなければ、呪文も刻まれていない。驚くほど普通だ。
皆から、いたたまれない視線が集中する。
「あれですね、木の上の果物とか取りやすそうですし、洗濯竿にも使えそうです」
そもそも、非戦闘員なので武器など必要ないのだ。
「それにしても、不思議な響きの名前ですね~」
ウルガスがポツリと感想を漏らす。
「古代語ですね」
「そうなんですか。道理で」
私は幼い頃、祖母に習ったけれど、王都に住む人々は今まで触れることのなかった言葉らしい。
「各々の武器の名は、どういう意味なんだ?」
隊長の武器の意味は『傲慢』ですね、なんて言えるわけがない。
「知りません」
「嘘吐け。今のは知っているけれど、妙な意味だから言いたくないという顔だ」
隊長の鋭い指摘に舌打ちをしそうになった。
野生の勘だろう。末恐ろしい。
しらばっくれるのも面倒なので、全員分の武器の意味を発表した。
「剣は『傲慢』、双剣は『強欲』、槍は『憤怒』、弓は『怠惰』、斧は『色欲』、杖は『嫉妬』、棒は『暴食』ですよ」
古代語の意味を聞いた面々は微妙な雰囲気となる。
これが嫌だったから、言いたくなかったのに。
「しかし、趣味の悪い名前を付けたものですね」
「まったくだ」
けれど、武器としては高性能らしい。隊長なんか「早く切り刻んでみたい」と、物騒な言葉を呟いている。
ベルリー副隊長は装飾が華美過ぎではないかと気にしていた。大丈夫です。とってもお似合です。
ガルさんは槍をひょいひょいと動かし、アメリアと遊んでいる。武器の名前など気にしていない様子だった。
ウルガスはまだ感激していた。良かったね。
一方で、ザラさんは複雑な表情で戦斧を握っていた。
「……『色欲』ねえ」
名前が発覚した今、お似合いですとは言えなくなっていた。
リーゼロッテはもらった杖を壁に立てかけている。今まで使っていた杖を引き続き使うらしい。
「思い入れのある杖だから、簡単に替えることなんてできないわ」
一人前に認められた証として授かった杖なんだとか。
各々異なる反応を見せている。
私は棒の使用感を確かめるために、遠征に持って行くことに決めた。




