白身魚定食
強い魔力を持つ者に接近するスライムと、魔力値測定変態おじさん。
さすがの私も「やばいかもしれない」と、危機感を覚える。
慈善バザーから帰ってすぐに、相談があるのでと言ってザラさんを食事に誘った。
終業後、一度寮で私服に着替え、いつもの食堂に集合。
街を歩いていれば、子どもに声を掛けられた。六歳か七歳くらいだろうか。キラキラした目を向けられる。
「わあ、騎士様の鷹獅子だ~~」
「最強だぞ~~」
これはリーゼロッテが布教した成果だろう。
魔法研究局の局長が去ったあと、冊子を置いている台にアメリアを乗せて、子ども達の興味を引いたのだ。
作戦は大成功。百冊あった冊子は、半分ほど配布を完了させることに成功した。
興奮した様子でアメリアを囲む少年達。
「騎士様、鷹獅子を触ったらダメなの?」
「噛み付く?」
う~~ん。どうだろう。
契約をして、ずいぶんと落ち着いたような気がする。お留守番はできるようになったし、夜泣きもしなくなった。ガルさんとは仲良しで、寄りそう姿はよく目にしていた。
一方で、ウルガスが触りたそうにうずうずしていると、途端に不機嫌になったりする。
難しいお年ごろなのだ。
でもまあ、一応お伺いをたててみる。
「アメリア、子どもが触っても大丈夫ですか?」
『クエ~』
なんと。「別にいいよ~」という、返事を戴いた。邪魔にならないよう、道の端に寄って伏せをするアメリア。
成長著しい彼女は、大型犬よりも大きくなっていた。鷹の羽毛と白い翼は毎日精油を揉みこんでいるので、いい香りがする。生え変わりの早い羽根もツヤツヤであった。
くりっとした目は可愛いけれど、体も大きくなって貫禄が出てきている。けれど、子ども達は怖くないらしい。
「優しく触ってくださいね」
「わあい!」
「ありがとう」
子ども達は嬉しそうにアメリアをモフモフしていた。
隣にしゃがみ込み、話し掛ける。
「幻獣はですね、優しい気性をしていますが、警戒心も強いです。なので、森の中で発見しても、決して近付いてはいけませんよ」
「はあい」
「わかった」
幻獣保護局の局員ではないけれど、幻獣について誤解が生じたら困るので、一応伝えておく。
夜の闇色が、夕陽を地平線へ追いやる。
子ども達は暗くなる前に家に帰らなきゃと言って、帰って行った。アメリアにお礼を言えば、気にするなと寛大なお返事をいただけた。
「そういえば、ウルガスのお触りはなぜダメなんですか?」
『クエ~~』
「ほうほう」
なるほど。若い男はダメらしい。乙女心だろうか。
◇◇◇
約束の時間ぴったりに、食堂へと到着した。
入り口付近で待っているザラさんは本日も女性の恰好ではなく、男性の服装だった。髪は一本の三つ編みにして、前髪は後ろに撫で上げている。白いシャツに深緑の上着に、胸元はタイを締め、下は黒いズボンに同色の長靴。あまりにも洗練された姿に、声を掛けるのをためらうほどだ。
そんなザラさんだったが――なんと、複数の女性に囲まれている。
眉尻を下げ、困っているように見えた。
『クエクエ』
「え!?」
アメリアは言う。あれは、遊びに誘われているのだと。
「さすが、王都。女性から男性に声を掛けるなんて……」
『クエクエ』
アメリア曰く、都会の女性は狩猟民族らしい。
将来性のある異性を見かけると、全力で狩りを行う。その習性が備わっているんだとか。
「へえ~、そうなんですね――ってアメリア。あなたはそういうの、どこで覚えてくるんですか?」
『クエ!』
幻獣は元より豊富な知識を有しているのだとか。そういう生きものらしい。
解説してくれるリーゼロッテがいないので、今はそうなんだと納得するしかない。
「メルちゃん!」
ザラさんが駆け寄って来る。囲まれていた女性達には、連れが来たのでと笑顔で手を振っていた。
「早く中に入りましょう。寒いでしょう」
「そうですね」
女性達と別れ、裏口から店内に足を踏み入れる。
すっかりお馴染みのお店となった食堂では、魚介類を推す特別メニュー表を手渡される。
私は白身魚定食を頼んだ。ザラさんは日替わり定食を注文する。アメリアは果物の盛り合わせと水を頼んだ。
「ごめんなさいね。まったく知らない人達なのに、飲みに行こうって誘われて」
「大変でしたね」
ザラさんが日々、女装していた理由を察する。なんとなく、日常生活に支障をきたすくらいモテていそうだなという印象があった。
「少し前まで簡単にあしらえていたような気がするのだけれど、最近はなんだか上手くできなくって」
「そういうの、できなくて当たり前なんですよ」
私の言葉に、ハッとした様子を見せるザラさん。
ベルリー副隊長が前に言っていたことを思い出す。以前のザラさんは、周囲の感じる「明るくて派手な男」の印象に応えようと、無理をしていたのだ。
多分だけれど、第二部隊にやって来てから、自分らしさを取り戻したのではと思っている。
「私も、少しだけ人見知りするので、気持ちはわかります」
「ありがとう」
笑顔が戻ったのでホッとする。
私も頬が緩んでしまった。
「あの、私、やっぱりメルちゃんが――」
ザラさんが話し掛けた瞬間に、料理が運ばれる。
白身魚のスープ、クリームチーズパイ、季節のサラダの三品。パンは食べ放題という太っ腹なメニューだ。
スープは干した白身魚を水で戻し、ふっくら柔らかくなるまで煮込んだ物。出汁に貝も使っているようで、魚介の旨みがぎゅぎゅっと濃縮されている。味わい豊かで、温かいスープは冷えた体に沁み入るよう。
と、ここで我に返った。
「あ、すみません。さっき、何か言いかけていましたよね?」
「お話は食事が終わってからにしましょう。話し込んだら、せっかくの美味しい料理も冷めてしまうし」
「そうですね」
パイはサクサク生地にチーズ風味のクリームソースと白身魚を包んだ物。
ナイフを入れたら、とろ~りと濃厚なソースが溢れる。
白身魚はふわふわ。ソースと絡んで、味をさらなる高みへと引き立ててくれる。
何層にも重なった生地はバターの香りが豊かで、外側の軽い食感と、内側のソースを含んだしっとりとした食感の違いも楽しい。
オススメするだけあって、魚料理はどれも絶品であった。
ザラさんの日替わり定食は、猪豚のシチューと串焼き。串に刺さった猪豚の香草焼きとパイを交換した。美味しくて、幸せな気分となる。
食事が済めば、話は本題へと移った。
ザラさんが先にと思っていたけれど、私の話をするようにと言われた。
「実は、昼間に魔法研究局の局長がやって来まして」
「なんですって!?」
水晶の指輪の件を話せば、頭を抱え込むザラさん。
「実は、誰かに相談しようと思っていたの。さすがに、私達だけでは抱えきれない問題だと思って――」
その相手は隊長がいいと考えていたとか。もしも、何かあれば、伯爵家である実家に助けてもらえばいいと。
「でも、魔法研究局の局長が相手ならば、隊長のご実家も助けることはできないわ」
「それは、どうしてですか?」
「魔法研究局の局長――ヴァリオ・レフラは、王家に名を連ねる御方なのよ」
「ひええ~~!」
国王陛下の五つ年下の弟らしい。王弟が供も連れずに街中を歩いているとは、誰も予想できないだろう。
リーゼロッテも残念ながら社交界デビューを果たしていないので、気付かなかったのだ。
「目を付けられたら、逃げられないってことですね」
「ええ――」
今度は私が頭を抱える。
庇護者は絶対に必要だと言う。私もそう思った。
「幻獣に理解があり、そこそこ財力があって、自分以上の権力者に媚びず、強気な人が最適なのだけれど――」
私はザラさんと共に、明後日の方向を見上げ、目を細めた。
なんて、世の中は残酷なのだろうか。私に試練を与えるなんて。
「そういう都合が良い人物なんて、一人しか知らないわ」
「私も、一人だけ知っています」
――幻獣保護局の局長であり、侯爵家の現当主でもある、マリウス・リヒテンベルガー。
言わずもがな、リーゼロッテのお父様である。




