笑ってはいけない猫耳パン屋
本日は二話、更新しています。
・三種の残り物パン
・笑ってはいけない猫耳パン屋
パン作りから戻れば、立派な看板が完成していた。
アメリアの精悍な顔が彫られた、『エノク第二部隊の遠征ごはん』屋さんの立て看板だ。
「うわあ、凄い! 良い看板ですね」
「でしょう?」
リーゼロッテは自慢げに語る。
店名だけだと味気ないので、鷹獅子の顔を彫る着想を出したらしい。
「あの人、大きな体なのに、手先が器用なのね」
「ガルさん、そうなんですよ。たまに料理とか、手伝ってもらうんです」
きっとガルさんなら、素敵な看板を作ってくれると信じていた。
それにしても、ちょっと心配していたけれど、ガルさんとリーゼロッテは仲良く作業ができたようだ。
隊長は相性をわかっていて、この二人を組ませたのだろうか。
「あと、色塗りもしたの」
よくよく見れば、リーゼロッテの手先は絵具が付着していた。きっと、洗っても取れない塗料を使ったのだろう。貴族令嬢の手先が絵具塗れなんて……。怒られやしないか心配だ。
「そういえば、親子喧嘩をしていると言っていましたが、リーゼロッテは今どこに住んでいるのですか?」
リーゼロッテと侯爵様は現在、幻獣保護活動についての方向性の違いで大喧嘩中。家を飛び出してきたと言っていた。現在、どこに住んでいるのかと尋ねれば、首を横に振る。
「騎士隊へは実家から通っているわ」
「え!?」
まさかの、家庭内別居的な感じだった。てっきり別の場所に住んでいるのかとばかり。
「でも、お父様とは喧嘩以来、一度も話をしていないの」
「それはそれは……」
一緒に暮らしているのならば、早く仲直りをしたほうがいい。そう勧めたものの、侯爵様は忙しく、ほとんど家にいないのだとか。
まあ、あの頑固な侯爵様との和解なんぞ、難しいような気もするけれど。
なにはともあれ、慈善バザーの準備は整った。唯一の問題は隊長の接客だろう。
当日の服装は騎士隊の制服と決まっているが、エプロンくらいは許されているようだ。
ううむ。隊長が店番とか、子どもとか怖がりそうだな。何か、おかしみのある恰好とかできたらいいのに。
いや、エプロンを掛けた隊長だけでも、かなり面白いことになりそうだけれど。
◇◇◇
慈善バザー当日。見事な晴天が広がっていた。
会場となる噴水広場はワイワイガヤガヤと、準備をする騎士達の姿で賑わっていた。
全部で五十店舗くらいだろうか。そこまで大きな催しではないけれど、手作り感があっていいと思う。
私達は用意されていた商品台へと向い、日除けの天幕を張る。ザラさんが家から持って来た織物を敷き、その上に商品であるパンの入った籠を並べた。
店の前にガルさん特製の立て看板を設置。店の奥には、看板娘のアメリアが顔を出す。
「なかなか良い感じにまとまりましたね」
「ええ。問題は隊長だけど」
ザラさんと共に、ちらりと隊長を見る。
腕を組み、門番をするような厳つい顔で立っていた。
「あれ、完全に一見さんお断りの、頑固親父の店ですよね」
「そうとしか言えないわ」
見かねたザラさんが、隊長に接客のアレコレを教えに行く。
「隊長、まずは笑顔でお客様を出迎えて――」
隊長が浮かべた笑みはにこっ! ではなく、ニヤリ……だった。
例えるならば、戦闘に喜びを見出す血濡れの狂戦士が振り返ったかのような、恐ろしい表情。どうしてそうなる。
「ダメ。ぜんぜんダメ! その笑顔じゃ、子どもが泣いちゃう」
「そんなこと言ったって、どうやって笑えばいいんだよ」
「私が見本を見せるから」
ザラさんは怒りの形相から一変して、柔らかな笑顔を浮かべ「いらっしゃいませ」と言う。
「こうよ」
「俺には無理だ。お前が接客をしろ」
「隊長がするから意味があるの!」
笑顔はダメ、接客態度もなっておらず、やる気もない。最悪だった。
パンはこんなにも美味しく焼けたのに。
『クエクエ~~』
看板娘をしようと、やる気と共にお立ち台に乗っていたアメリアも、嘆息を吐きながら、「こいつ、ダメでっせ。絶望的なまでに、商売向いていない」と言っている。その言葉を否定できなかった。
いくらアメリアが頑張っても、隊長の店番では売れる物も売れないだろう。
「――大変です!」
どんな店があるのか、見学に行っていたウルガスが戻って来る。とんでもない事態が発覚したらしい。
「ウルガス、どうした?」
「あ、あのあの、やばいんです! 向いにある女性騎士の店にも、パンが売ってあって、しかも――綺麗どころが、猫の耳を付けて接客するみたいなんですよ~~!」
「なんだと!?」
美人な女性騎士が、猫耳でパンを売る。
強力過ぎるライバル店に愕然としてしまう。
「困ったわね。それじゃあ、隊長の酷い接客抜きにしたって、売れないわ」
「おい、どうして酷い接客だと決めつける」
隊長の指摘に同意する者はいない。
それはいいとして。どうしたものかと、頭を悩ませる。
「そ、そうだ!」
ウルガスは何か良い着想を思いついた模様。
「隊長も猫耳を付ければいいんですよ!」
「誰も得をしない!!」
叫んでからハッとなる。心の中に止めておかなければならないことを、うっかり口にしてしまった。
「リスリス、お前は……」
「隊長は猫耳が似合う自信があるのでしょうか?」
「……」
ないらしい。
けれど、一応やってみようという話になった。手巾で簡単に作れるとか。
「子どもの頃、手巾で猫耳を作ったことがあるんですよ」
私は花柄の手巾を提供する。猫耳は、正方形の物でしかできないとか。
「まずですね、手巾の左右を折って、長方形の形にするんです。それをひっくり返して、中心に向かって上下を折り曲げます。最後に、手巾の端の部分を二ヶ所ずつ持って、左右に持って引いたら、猫耳の完成です」
「おお……!」
見事に、手巾は猫の耳の形となった。
ウルガスはそれを隊長へと手渡し、頭に当ててみるように勧める。
隊長は無言で、手巾で作った猫の耳を頭に重ねた。
なんとも言えず、顔を伏せる一同。
このままではいけない。私は勇気を出して挙手し、意見を述べる許可をもらう。
「あの、正直に言ってもいいですか」
こくりと、神妙な表情で頷く隊長。
「すみません。女性物の下着を被った変態にしか見えません」
隊長も若干そう思っていたのか、猫耳手巾は静かに下ろされる。
シンと静まり返った。
いたたまれないような、何か悲しいことが起きたような、悲愴感溢れる現場となっていた――が。
「……ぶふっ!」
堪えきれず、ウルガスは噴き出してしまった。
「おい、ウルガスこの野郎! わかっていてわざとやらせたな!」
隊長は顔を真っ赤にして、丸めた手巾をウルガスへと投げつけた。
あの~、その手巾、私のなんですけれど。
雑な扱いをしてくれる。
と、こんなおふざけをしている場合ではなかったのだ。
「パンが売れ残ったら困るから、作戦を変更しましょう」
客層を絞ろうという話になった。
ウルガスが、男性客は女性騎士の店に根こそぎ取られてしまうので、女性客に絞ればいいと言う。
「アーツさんとベルリー副隊長の組み合わせがいいと思います」
なるほど。ザラさんとベルリー副隊長の、男装の麗人コンビ。
この二人ならば、女性客が殺到するに違いない。
「隊長は宣伝係をしてもらいましょうか」
板に店名を書いた物を持ち歩き、宣伝文句を言いながら会場をうろつくだけの簡単なお仕事らしい。
「じゃあ俺、ガルさんに宣伝板を作ってもらうよう、頼みに行ってきますね」
「ああ、頼む」
ガルさんとリーゼロッテは午前中お留守番係。隊舎で待機している。二人は午後からやってくるのだ。
お金の両替に行っていたベルリー副隊長が戻って来た。
作戦変更の旨を伝える。
「……私に接客などできるだろうか? 経験がないのだが」
「大丈夫です。ベルリー副隊長はいつも通りでいるだけで、問題ありません」
「そうか。ならば、可能な限り務めよう」
ザラさんとベルリー副隊長が店に立つ。
「お、おお!」
なんという、見目麗しい店員なのか。
声も掛けやすそうだし、全体的にぐっと華やかになった。
『クエックエ~~!』
可愛い可愛い看板娘である、アメリアのやる気もバッチリ。
これで勝てると思った。




