三種の残り物パン
前回のスライム事件で活躍した第二遠征部隊は、『功労一ツ星綬章』を授けられた。
これはバッジの形をした物でなく、騎士の制服に装着する肩章だ。
金のモール紐に銀色の一つ星が刺繍されている。今まで無地の肩章だったので、なかなかかっこよくなったのではと思っている。
そうそう。驚いたことに、勲章はアメリアの分もきちんとあった。
革ベルトに、銀の一つ星が刺繍された物。腕輪になっていて、付けてあげたら喜んでいた。
あとで話を聞いたら、隊長が上に話をしてくれていたらしい。
前回、顔が怖いとか、悪人顔に見えるとか、心の中で考えていてごめんなさいと謝罪した瞬間である。
朝礼中、隊長に尊敬の眼差しを向けていたら、急にぎょっとして、書類を漁り始めていた。
「隊長、どうかしたんですか~?」
ウルガスが聞けば、一枚の紙を書類の山からはらりと発掘する隊長。
そこには、『騎士隊主催・慈善バザー』とある。市民と騎士の交流を主な目的とし、売り上げは全額孤児院などに寄付されるそうな。
日付を見て瞠目する。開催日は――明日だと!?
ウルガスも気付いたようで、おろおろとした様子で尋ねる。
「うわあ、隊長、これ、もしかして」
「ああ、うちの隊も出店しなければならない」
ええ~~。そんな無茶振りな。
とは言っても、八ヶ月前から通達は届いていたらしい。
「書類もらったあと、急な任務が入ったから仕方がないだろう」
つまり、遠征から帰って来たら、すっかり忘れていたと。
毎年ある催しだが、出店するのはいろんな部隊が順番で回ってきていたらしい。今年は第二部隊の番だったと。
「隊長、どうする?」
ベルリー副隊長に厳しい声色で問い詰められる隊長。ぐぬぬと苦悶の声を漏らす。
ザラさんが隊長の手から企画書をひらりと抜き取った。
「あら、これ、売る商品は手作り、しかも、部隊の余った予算でと書いてあるわ」
「なんだと!? 前回はそんなこと――」
八ヶ月前の通達は早すぎると思っていたら、理由があったようだ。
ガルさんが部隊の帳簿を執務机の上に出す。頁を捲ると、ぎゅっと寄せられる隊長の眉間の皺。
どうやら、ご予算に余裕はないらしい。
「予算がギリギリなのはいつものことだが、なんだ……この、修繕費の高さは?」
ガルさんが詳細を語る。修繕費は先日隊長が壊した、扉の修理代だった。
鍵がかかっている部屋なのに、気付かずに取っ手を捻って体当たりしたら、扉の蝶番を破壊。木製の戸もヒビが入り、歪んで使えなくなってしまったのだ。
隊員達から冷ややかな視線を受け、たじろく隊長。
「その、なんだ、すまんかった……」
ここでザラさんが提案をする。材料費が掛からない出し物をすればいいと。
「出し物とは?」
「例えば、楽器の演奏をするとか?」
隊長が低い声で、音楽の嗜みがある者はいるかと尋ねる。
シンと静まり返る室内。
リーゼロッテは何かできそうな気がしていたけれど、残念ながら興味がなかったらしい。
「なんだよ、俺だけかよ」
なんと、隊長は楽器の演奏ができると。
ダメだ。演奏をしている姿がまったく想像できない。貴族のご子息は、幼少期に結構な割合で習うらしい。優雅な嗜みだ。
「じゃあ、明日は隊長の単独演奏会で決まりね」
問題は解決。よかったよかったと話していたが、「良くない!」と叫ぶ隊長。
「楽器なんぞ、十何年以上も触っていないから、悲惨なものになる」
でも、頑張って弾いていたら、優しい人が小銭を入れてくれるかもしれない。
第二部隊の皆も遠くから、生温かい目で見守ることを約束した。
「お前ら……なんて酷いことを……」
隊長をいじめるのはこれくらいにして、真面目に考える。
「簡単に作れるものと言えば、ビスケットとかだけど、女子寮の前、朝からすっごい甘い香りがしていたのよね」
「ああ、そうでしたね」
きっと、女性騎士達がバザーのためにビスケットを焼いているのだろう。
女性陣が売るビスケットと、隊長が売るビスケット。買うならば、前者だろう。
「俺が店番するのは決定事項なのか」
「隊長がお料理できるなら話はべつだけど」
ザラさんのご指摘に、ウッとなる隊長。
見かねたリーゼロッテが、ある提案をする。
「でしたら、侯爵家の菓子職人に何か作らせる?」
「いや、あまりにも見栄えのいいお菓子を出せば、ズルをしたとバレるだろうが」
「それもそうだけど」
そういえばと思い出す。そろそろ、兵糧食の入れ替えをしなければならないと。
ここで、思いついたことを提案してみた。
「あの、保存期間の期限が迫った砂糖煮や燻製とかをパンに練り込んだ物を売ったらどうでしょう?」
まだ十分食べられるし、味がおかしくなっているわけじゃないけれど、あらかじめ保存期間は決めているのだ。
「パンか……」
「はい。遠征先で食べている物を使うという、目新しさはあるかなと」
「わかった。それにしよう」
出品する食べ物が決まれば、各々作業が振り分けられる。
私とザラさん、ウルガス、ベルリー副隊長はパン作り。応援係にアメリア。
ガルさんとリーゼロッテはお店の看板作り。
隊長は今から会議に行かなければならないらしい。満場一致で、当日に店番をしてもらおうという話になった。
ここで、店の名前はどうするかという話になった。
ふと、頭に浮かんだ店名を挙げてみる。
「山賊工房とか」
「なんでだよ!」
隊長によって即座に却下された。山賊が売る山賊料理。ぴったりだと思ったけれど。
「だったら、鷹獅子堂とか?」
こちらはリーゼロッテのご意見。
「幻獣保護局が殺到しそうだから却下」
「わがままね!」
隊長はウルガスに何かないか聞いていた。
「う~ん、山賊、いやいや……う~ん、山賊」
「山賊から離れろ」
ウルガスの頭の中も山賊でいっぱいになっている模様。
これではいっこうに決まらない。
最後に、困った時のガルさん頼りとなった。
何か考えているのか、尻尾をパタパタと振っている。
数十秒後、サラサラと紙に書かれた物を隊長は即座に採用した。
――エノク第二部隊の遠征ごはん
普段、私達が遠征先で食べている兵糧食で作るパンなので、私もぴったりだと思った。
さすが、ガルさんだ。
◇◇◇
皆、考えることは同じようで、どこの厨房の竈や調理台も使用中だった。
明日の慈善バザーに備えて、さまざまな物が作られている。
普段、料理をしないであろう、騎士のおじさんやお兄さん達がエプロンを掛けて料理をする姿は滅多に見ることができない光景だろう。
そんなわけで、私達パン製作班は移動する。
向かう先は、隊長の家。大きな竈があるので、借りることにした。
お久しぶりな隊長の元乳母さんのマリアさんに、庭師のトニーさん。突然やってきた私達を、温かく迎えてくれた。もう一人、使用人が増えていた。背が高くて若い男性だ。隊長の婚約者であるメリーナさんご意見のもと、新しく採用したとか。
「よろしかったら、お手伝いしましょうか?」
「わあ、ありがとうございます」
そんなわけで、私とザラさん、ウルガス、ベルリー副隊長にマリアさんを加えてパン作りを始める。
天然酵母は発酵に時間がかかるので、普通の酵母を買った。
材料を量り、生地を捏ねる。
一次発酵、二次発酵の間は隊長の家のお掃除を皆で行った。
生地が仕上がれば、平らに伸ばす。それから、余っていた果物の砂糖煮や炒った木の実、猪豚の燻製などを種類別に載せ、くるくると包むように生地を巻く。
具を巻いた生地は輪切りにして、鉄板に並べて二十分ほど焼けば完成。
次々と焼き上がるパン。香ばしい匂いが家の中に漂う。
念のために、皆で味見をした。
まず、果物の砂糖煮のパンから。
「森林檎がシャキシャキして美味しいですね」
「ああ、これならば、小さい子どもも好きだろう」
ベルリー副隊長より太鼓判を押してもらう。
次に、炒った木の実入りのパン。
「木の実、ちょっと硬いですね」
「顎の運動になります」
バリンボリンと音を立てながら食べる。ウルガスは美味しいと言っていた。
最後に、角切りのチーズと猪豚の燻製が入ったパン。
「これは間違いなく美味しいです」
「一番の売れ筋になりそう」
ザラさんからも絶賛。多めに作っておいて正解だっただろう。
マリアさんも美味しいと言ってくれてひと安心。
この三種類のパンを持って、私達は慈善バザーに挑む。
果たして、隊長の強面接客でパンは売れるのか。
ドキドキである。




