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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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スライムあんかけ麺

 目の前に彷徨う、「スラちゃ~ん」と囁く怪しいおじさんを見た瞬間、三つの選択肢が頭の中に思い浮かぶ。


 その一、ど

 その二、ど

 その三、ど


 話し合いなど無駄だろう。スライムを「スラちゃん」と呼び、こちらに気付くことなく徘徊するなんて、正気の沙汰とは思えない。

 あのおじさんは魔物研究局の局員兼にかわ工場の工場長でもある、アレキサンダー・レートに間違いない。確信している。


「リーゼロッテ、どうします?」

「杖で叩いて、昏睡状態にできるかしら?」


 どうやら、リーゼロッテも同じことを考えていたらしい。

 得物は、どうしようか。この、スライムの入った魔法瓶でいいだろうか。

 力加減がわからないのが難点だ。とりあえず、死なない程度に頑張ろう。

 リーゼロッテと目と目を合わせ、作戦を始めようとしていたが――


『クエクエ!』


 ここでアメリアより「それがし達、正気になってくださいよ!」と指摘ツッコミを受ける。


『クエクエクエ~!』


 さらに、「暴力沙汰になれば、報告書を死ぬほど書かなきゃいけなくなりますよ!」と諭された。


 そうだった。毎回、任務のあとは報告書を書く義務があるけれど、少しでも暴力的な行為を働けば、その行為が正当か不当か関係なく、文書にして提出をしなければならないのだ。

 毎回、隊長やベルリー副隊長はうんうんと唸りながら書いている。


「どうしましょうか……」


 できれば、平和的に解決をしたい――と、ここで、レート工場長は私達の存在に気付いた。

 手に持っていた魔法瓶入りのスライム(小)は、さっと背後に隠す。


「おや、君達は?」


 どうしようか迷う。精神状態によっては、騎士だと名乗らないほうがいいと思った。

 白髪の混じった髪に、無精ひげ、曇った眼鏡によれよれになった白衣。

 見た目は騎士隊でもよくすれ違う、研究熱心だけど見た目などを気にしていない、どこにでもいる研究員といった感じ。


 だが、こいつは工場のスライムを解放し、野に放った。目的も不明だ。きっと、ヤバい奴に違いない。

 とりあえず、騎士であることは名乗らないことにした。


「私達は、通りすがりの一般市民です」

「ああ、見学か。すまないねえ、工場が稼働していなくて。でも、ここはじきに閉鎖されるよ」

「それは、なぜ?」

「スライムを解放したからさ」


 やはり、こいつがアレキサンダー・レートのようだ。

 食用に作ったスライムを野に放つなんて、とんでもないことだ。なぜ、こんなことをしたのか。


「不思議そうな顔をしているね。かつて、私はスライムを食べたいほど愛していた。そこで思いついた研究が、人工スライムの食用化だった。でも、ある日思ったんだ。これは、真実の愛ではないと――」


 スライムを食べたいほど愛していたとは。まったく理解できない。


 レート工場長の視線が、足元にいるアメリアへと移る。


鷹獅子グリフォンではないか。幻獣保護局の変態局長が見れば、小躍りしそうだね」


 スライムの変態が、他人を変態と呼ぶ不思議。

 そもそも、変態は優劣つけるべきではないだろう。みんな同じ、変態というくくりだ。


 そのスライムの変態の発言に、憤る者が一名。リーゼロッテだ。当たり前だろう。父親を変態だと言われたのだから。


「やっぱり、あの人を燃やす!!」

「リ、リーゼロッテ、落ち着いてください! 変態の言うことなので! それにここは火気厳禁ですよ!」

「だったら杖で、眼鏡が割れるまで叩くわ!」

『ク、クエクエ~~!』


 アメリアも、「あねさん、物損を出しても、報告書が分厚くなるだけですよ!」と注意する。

 きっと口にしないだけで、リーゼロッテは父親のことが大好きなのだろう。侮蔑されて、許せないようだった。

 私達の必死の訴えが通じたからか、荒ぶりを抑えてくれた。


「それにしても、スラちゃんどこ行ったんだろう。追い駆けっこも飽きちゃったよ~」


 おそらく、スライムの変態が探しているのは、私が持っているスライム(小)だろう。

 ここで、良い作戦を思いつく。リーゼロッテとアメリアに、こそこそと伝えた。


「良い案ね」

『クエ~』


 同意をもらえたので、さっそく実行に移した。


「すみません、スライムの変態……じゃなくて、レート工場長」

「……あれ、僕名乗ったっけ?」

「すみません、黙っていましたが」


 ここで、外套の内ポケットに入れていた騎士の証である懐中時計を示した。


「私はエノク第二遠征部隊、第三衛生兵、メル・リスリスです」

「同じく、第一魔法師のリーゼロッテ・リヒテンベルガー」


 目を見開くレート工場長。

 いや、騎士隊の外套を着ていたので、見た目で気付いてもおかしくなかったんだけどね。

 リーゼロッテの家名を聞いて「やばい」と思った可能性もあるけれど。


「騎士隊ってことは、僕を捕まえに来たんだね」

「そうです。あなたは、悪行は自覚できていますか?」

「まあ、一応ね」


 良かった。善悪の違いはわかっているようだ。


「なぜ、このようなことを?」

「瓶に詰められたスライムを見て、可哀想になってしまってね、つい……」


 なんじゃそりゃ、と言いたくなる。


「だから、みんなを連れて、森の奥地で暮らそうと思ったんだけど、散り散りになってしまって」

「でしょうね」


 綺麗な食用スライムだと言っていたけれど、魔法瓶から出てしまえば、普通のスライムと変わらない。人の持つ魔力を狙い、襲ってきたのだ。


「レート工場長、私達と一緒に、ついて来てくれますか?」

「それは――?」

「薄暗い部屋で、冷たくて薄いスープと硬いパンを食べる生活を送ってもらいます」


 経験者たる私は語る。薄いスープと硬いパンも、慣れたらそれなりに食べることができますよ、と。

 さくっと拘束させてくれと願ったが、レート工場長は首を横に振る。


「まだ、大切なスラちゃんが見つかっていない。再会するまで、私はここを離れることができない」


 思わずチッと舌打ちしてしまった。私は最後の切り札である、スライム(小)を取り出す。


「スラちゃんとはこちらで?」


 背後に隠していた、スライム(小)入りの魔法瓶を見せる。


「ス、スラちゃ~~ん!!」


 やっぱり、これがスラちゃんだったらしい。

 私はスラちゃんを、アメリアのくちばしの先へ持って行く。

 瓶の中のスライム(小)はガクブルと震えていた。


「何かおかしな行動を取れば、この最強の鷹獅子グリフォンが、スラちゃんごと嘴で貫きます」


 空気を読んだアメリアは、目付きを鋭くし、羽根をバザァっと広げると、『クエエエエエ!』と低い声で鳴いた。

 すごく、最強の鷹獅子グリフォンぽいなと思った。親馬鹿かもしれないけれど。


 私の脅しを受けて、レート工場長はわなわなと震えている。


「ゆっくりと、床に手足を突いてください」


 大人しく従うレート工場長。

 リーゼロッテが縄で拘束しに行く。左右の手首をしっかりと縛り、御用となった。


 現場を取り仕切る遠征部隊の隊長に、レート工場長を引き渡した。

 部隊名と階級を聞かれたので、しっかりと答えておく。捕獲したスライム(小)も証拠品として提出した。


 工場内でアレコレしている間に、太陽が傾きかけていた。

 森の方角を見れば、見知った姿が。第二部隊の面々である。


「あ、みんな、帰ってきたんだ」

「みたいね」

『クエ~』


 なぜか、隊長はガルさんの槍を持っている。先に突き刺さっているのは、なんと、巨大なスライム。

 どうやら、第二部隊の皆は巨大スライムと戦っていたようだ。

 皆、泥だらけだ。きっと、苦戦を強いられたのだろう。

 槍に刺さった巨大スライムを隊長は軽々と担ぎ、大鍋に近付く。


「おらっ、くたばりやがれ!」


 隊長は凶悪な山賊顔で、スライムを大鍋の中へ落とした。

 ぐらぐらと煮込まれる巨大スライム。

 鍋から逃げないように、隊長は槍でぐいぐいと熱湯の中のスライムを押さえつけていた。


「この、しぶとい奴め!」


 数分後、スライムは鍋の中で息絶えたのか、動かなくなった。


「ふん。てこずらせやがって」


 やっていることは騎士の任務なのに、どうしてだろうか、顔付きと行動、言動で隊長のほうが悪人側に見える。


 計量を担当していた工場の研究員が、すべてのスライムの討伐が完了したことを告げた。

 私も隊長にこれまでの経緯を説明する。


「容疑者を確保しました」

「お前がか?」

「はい」


 小さなスライムが落ちて来たこと。その後、魔法瓶を使ってスライム(小)を捕獲したこと。それから、彷徨うスライム変態、アレキサンダー・レートに遭遇したこと。最後に、スライム(小)を人質ならぬ、スラ質にして脅し、拘束したことを報告した。


「なるほどな。よくやった。しかし、おかしな話だな」

「はい?」


 隊長はザラさんを指差す。なぜか、一番泥だらけだった。


「あのように、スライムは魔力のある者を狙う。うちの隊で一番の魔力持ちはザラだ。だから、スライムはザラを積極的に襲いかかった」


 なるほど。だから、ザラさんは余計に泥だらけだったと。

 スライムの魔力への執着は執拗らしい。


「それを踏まえれば、スライムがリスリスを狙ったのは可笑しな話だなと」


 うげ。そういうことになるのか。

 確かに、魔法使いであるリーゼロッテに落ちてこなかったのは、不審な点だろう。

 私の魔力については、秘密にするようにザラさんから言われていた。隊長にも報告はしていない。


 脳筋……いいや、山賊のくせに、鋭い。


 額に汗を掻いていれば、ザラさんが助け船を出してくれた。


「隊長、スライムは上から落ちて来た、と言っていたでしょう? きっと、うっかり落ちてしまったのよ」

「ああ、そうか。レート工場長に追われていたのならば、そういう可能性もある」


 どうやら納得してくれたようだ。ひとまずホッとする。

 ザラさんは私に、大丈夫だったかと聞いて来る。


「平気です。怪我も何もありません」


 レート工場長はおかしな人だったけれど、礼儀正しい態度を貫いていた。きっと、選りすぐりの変態の中でも、紳士だったのだ。


「リーゼロッテは?」

「ええ、なんてことなくってよ」

「よかった」


 ザラさんはリーゼロッテにもにっこりと微笑みかけている。

 出会った当初、ギスギスしていた二人だったけれど、打ち解けたようだ。ホッした。


 これにて任務完了。

 任務に参加した騎士達は一ヶ所に集められ、遠征部隊の総隊長より労いのお言葉を受ける。


 今回、容疑者逮捕と、大型スライムを捕獲した第二部隊には、功労勲章が贈られるだろうという発表があった。もしや、金一封ももらえるとか?

 引っ越し先で、アメリアと一緒に眠れる大きな寝台が欲しい。家族にも、お菓子か何か送ってあげたい。夢が膨らむ。


 話が終わり、これで帰れると思いきや――さきほどせっせとスライム料理を作っていたおじさんが前に出てくる。


「奮闘してくださった皆さんのために、炊き出しを行いました。全員分あるので、是非とも食べて帰ってください!!」


 用意されたのは、スライムあんかけ麺。

 いや、だから、そのスライムを全面に押し出したメニューはやめろと。


 ウッとなったのは、私だけではなかった。スライム討伐をしていた騎士のほとんどが、おじさんの料理を前に、顔色を悪くしていた。

 隊長はどうだろうと見てみれば――


「せっかくだから、戴いて帰ろう」


 さすが、鋼の胃を持つ高貴な山賊。

 一日中スライムと戦っていたというのに、まったく平気な精神の強さ。

 私も見習いたいと思う。


 問題のスライムあんかけ麺は、野菜がたっぷりで、カリカリに焼かれた猪豚も入っており、餡は麺とよく絡む。


 っていうかこれ、麺もスライムじゃん!!


 私は泣きながら、スライム料理を完食した。

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