○○○○麺
朝から遠征部隊全体がバタバタしていた。ザラさんと歩きながら、「なんかあったんでしょうねえ」と呟きながら歩いていく。
正門前で偶然リーゼロッテにも会った。
「朝から忙しないこと」
「ですね」
どうかうちの部隊には関係ない事態でありますようにと、祈りを捧げながら朝礼へと向かう。
けれど、祈りも空しく、隊長より急ぎの任務が伝えられた。
「突然だが、任務が入った」
ですよね~~。と心の中で相槌を打つ。
なんでも、王都の郊外にある、食品工場で事件があったらしい。
「今から向かう先は膠工場だ」
膠とは動物性のたんぱく質で、ゼリーやマシュマロなどの食品を作ったり、木材などの接着剤、医療の湿布、化粧品の口紅を作ったりなど、目的は多岐に渡る。
ここで、驚きの事実が発覚する。なんと、膠工場の敷地内で、材料となる生き物を飼育していたらしい。それが脱走してしまったのだ。
使用する膠の原料となる部位を、地方から仕入れているとばかり思い込んでいた。
遠征部隊がほぼ総出で、回収作業を行っているらしい。
「捕獲ではなく、回収ですか」
「ああ。スライムだからな。生きたままの捕獲は難しいだろうと」
「え、なんですか?」
なんか、スライムと聞こえたような気がする。
スライムとはゲル状魔物。沼のどろどろが周囲の魔力を取り込んで魔物化したものや、魔物の死骸が新たな生体核を得て魔物化したものなど、さまざまな種類が存在する。
その姿を想像して、ウッとなったが、工場のスライムは異なる存在らしい。
「工場で作られているのは、綺麗な湖から作りだした人工スライムだ」
「そ、そうなんですね」
膠の原料はスライムだった。そんな、今までスライム成分入りのゼリーやマシュマロを食べていたなんて……。人工物で、自然のスライムとは違うらしいけれど。
「魔法研究局と魔物研究局が作りだした、奇跡の食材だ。なんでも、これのおかげで、貴族以外でも気軽にゼリーが食べられるようになったらしい」
「そうなんですね……」
国内有数の怪しい研究局は、きちんと成果を上げていたようだ。もう、怪しいだなんて言ってはいけないだろう。
なんでも、今回は工場の設備事故ではなく誰かの手によって起きた人災らしい。
騎士隊を攪乱させる目的があるかもしれないとのこと。行動は慎重にと、注意された。
「俺達は先に馬で出る。リスリスとリヒテンベルガー、アメリアは馬車で来てくれ。向かった先に本部があるから、そこの司令官に指示をもらってほしい」
隊長、偉い。アメリアにも指示を出してくれるなんて。
最近、仲間意識が強くなっているようで、名前を省かれると怒るのだ。
「以上だ」
「わかりました」
「了解」
『クエ!』
食糧は各自で持つ。ビスケットと干し肉、乾燥果物。料理なんてしている余裕などないだろう。
ベルトに下げられる革袋に詰め、全員に配る。
ベルリー副隊長の号令と共に、各自行動に移った。
私はリーゼロッテ、アメリアと共に、騎士隊の馬車乗り場まで急ぐ。後方支援の隊員達はまとめて移送されるのだ。
用意されていたのは幌馬車。荷台のような台車に幌を覆っただけの物である。大人数を運ぶために用意したのだろうが、罪人を運ぶ代物に見えてならない。
「なんか、拘束された山賊とかを一気に運ぶ荷台みたい」
リーゼロッテが正直な感想を漏らしてしまった。乗り込む騎士達の表情に、悲愴感が増したような気がする。
ぼやぼやしている場合ではない。私達も乗り込まなくては。
内部は細長い木製の椅子が左右に置かれている。二十人くらい乗れるだろうか。
端の位置を陣取り、リーゼロッテに壁側に座るよう勧めた。アメリアはなるべく足元に寄せて座らせた。
内部がいっぱいになると、馬車は走り始める。
女性騎士は自分達だけのようだ。チラチラと視線を感じるけれど、アメリアが威嚇をするように『クエ!』と低い声で鳴いてくれたおかげで、注目から解放された。
出入り口に扉なんて大層な物はないので、風が吹き抜けていた。冷たい風がぴゅうぴゅうと、馬車の内部に流れてくる。
一時間ほどで膠工場に辿り着いた。
工場の規模はそこまで大きくない。中央街の噴水広場くらいだろうか。
煉瓦建ての長屋で、少人数の作業員がせっせと膠を作っているらしい。
現場はばたついている。
「おうい、手伝ってくれ~~」
さっそくお声が掛かる。
救援所へと運ばれてきたのは、スライムに両足を呑み込まれた騎士。透明のゲル状の物が、若い騎士の足元に纏わり付き、プルプルウゴウゴと蠢いていた。
「やだ……気持ち悪い……!」
心の中で思っていたことを、リーゼロッテが言ってくれる。
「早くしないと、消化されてしまう。ナイフでスライムを切り裂け!」
私とリーゼロッテ、アメリアにまでバケツを手渡される。
手早く足から切り離されるスライム。苦しそうなうめき声を上げる騎士。
スライムは対象を呑み込めば、すぐさま一体化させて自らの中へと取り込んでしまう。これが恐ろしいところだろう。
騎士から切り離されたどろりとしたスライムは、バケツの中に放り込まれる。
「鍋まで走れ!!」
救援所の中心には、大きな鍋があった。全力疾走し、そこにスライムを放り込む。
スライムは分裂させても息絶えない。が、唯一の弱点が、熱なのだ。
沸騰するお湯の中で、スライムは完全に息絶えていた。工場の従業員っぽいおじさんが大きな網の匙でスライムを掬う。
「うん、これは商品にしても大丈夫だな」
騎士を呑んだスライムを市場に出荷するというのか。恐ろしい話である。
「騎士を喰らった膠。食べたら強くなりそうだと思うだろう?」
「いいえ、まったく」
立てた親指を私に向けて同意を求められたが、首を横に振って否定しておいた。
それから、スライムに呑み込まれた騎士達がどんどん運び込まれていた。
その度に解体し、湯の中にぶち込む作業を繰り返す。
アメリアも良く手伝ってくれた。
それにしても、隊長達は大丈夫だろうか。心配だ。
まあ、あの人達が負けているところなんて想像もつかないけれど。
お昼時になり、工場の職員から食事提供を受ける。
温かいスープとパン、果物の砂糖煮を提供してくれた。
白濁のスープに麺が入っている。具は豆と猪豚、かな?
パンはカリッと焼かれた硬いタイプ。果物の砂糖煮はなんだろう。薄紅色で、甘酸っぱい匂いがする。
まずは麺入りスープから。スープがトロトロなのが珍しい。
ふうふうと冷ましてから一口。
あっさりめのスープで、ピリ辛風味。麺は小麦の麵ではないよう。つるりと喉越しがよかった。
温かいスープが、冷え切った体に沁み入るようだ。
パンに果物の砂糖煮を塗る。ザクッと齧れば、強い酸味とほのかな甘みを感じた。種のようなプチプチとした食感が面白い。なんの果物を煮詰めた物なのか。謎だ。
リーゼロッテは何かを疑っているような、顔を顰めながら食べていた。
どうしたのかと聞いても、自分でもわからないと言うばかり。
食べ終わったあと、食器を返しに行く。
「美味かったかい?」
鍋をかき混ぜながら、先ほど騎士を呑み込んだスライムで商売しようとしていたおじさんが聞いてくる。
「はい、美味しかったです。不思議な麺でしたが、あれは?」
「うちの会社の試作品だ」
嫌な予感がした。隣でリーゼロッテが「やっぱり!」と叫ぶ。
「じゃーん、スライム麺!!」
「ぎゃああああ!」
「それから~、スライムの砂糖煮!」
「嫌~~、やめて~~!」
目と口が描かれたスライムの絵と、試作品と書かれたパッケージを見せられ、悲鳴を上げる私とリーゼロッテ。
唯一、スライムを食べていないアメリアは首を傾げていた。




