三角牛の肉包みパイ
今日は掃除と干し肉で終わってしまった。
干し肉の完成まで十日ほどかかるので、それまでに遠征が決まらないことを心から願う。
外での任務にはバラつきがあるらしい。
帰って休む暇もなく魔物退治を命じられたり、一ヶ月まるまるなかったり。
明日は天然酵母パンを焼こうと思う。厨房のかまどを借りたいけれど、どこか貸してくれるだろうか。食堂は、難しいだろうなあ。
あと、保存食の種類を増やしたい。パンと干し肉だけでは物足りないだろう。
乾燥果物のケーキに、ビスケットなども日持ちする。ジャムとか、肝臓のパテとかもパンに塗ったら美味しいだろう。けれど、瓶は荷物になるかな? 野菜のオイル漬けとかもあったら、遠征先でも栄養不足に悩まなくても良さそうな。
あ、あと、二枚貝のオイル漬けもいい! あれは美味しい。
森に住むフォレ・エルフにとって、海の魚介は高級品だ。これも、市場で安く手に入ったりするのだろうか。今度、調査に行かなければ。
果物を蜂蜜漬けにしたり、乾燥果物を作ったり。なんか、だんだん楽しくなってきた。遠足気分じゃないんだけど、そんな感じ。
私が能天気に食べ物のことばかり考えられるのも、第二遠征部隊のみんなが強いからだろう。
太陽が茜色になれば、終業の時間となる。
再び、隊長の執務室に戻って、終礼をした。
「特に話すことはない。解散、と言いたいところだが……ベルリー」
「ああ。隊長に代わって、私からのお知らせ。今日、新しい仲間であるリスリス衛生兵の歓迎会をする」
びっくりして、耳がぴくんと跳ねた。
きょろきょろと周囲をみれば、みんな落ち着いた様子でいる。どうやら、知らないのは私だけなようだった。
「リスリス衛生兵、予定は大丈夫だろうか?」
「はい、問題ありません! その、嬉しいです!」
まさか歓迎会を開いてくれるなんて。瞼の上が熱くなってしまった。
ここに来るまで、フォレ・エルフだからと仕事を断られてきた。王都で働くなんて無理なんだと思う日もあったけれど、こうして温かく迎えてくれる場所がある。本当に、ありがとうと、心からのお礼を言いたい。
「じゃあ、さっそく行こう。良い店を予約している」
「あ、ありがとうございます。私なんかのために……!」
「気にするな、たまにはぱっと盛り上がりたくもなる」
騎士隊の制服のまま、街に繰り出す。
夕方はお昼過ぎに来た時よりも、人通りが多かった。皆、大きな荷物を持って忙しなく移動したりしている。
それにしても、さまざまなお店があったりして、見ているだけでも飽きない。
ベルリー副隊長が、美味しい菓子屋や喫茶店など、いろいろと教えてくれた。
「リスリス衛生兵、食べられない物とかあるか?」
「いいえ、まったく」
お肉も野菜もお魚も、すべて好物です。
大家族で育ったので、食い意地が張っていた。野菜の皮や根も食べていたし、森の樹液を採取して飴を作ったこともある。
大きくなったら小さな妹や弟達に譲らないといけないので、森に木の実を取りに行って、粗くすり潰してかさ増しビスケットを焼いたりしていた。それも、同じく空腹の妹弟達にあげたりして、あまり私の口に入らなかったんだけれど。
「リスリス衛生兵、今日はいっぱい食べろ」
「リスリス衛生兵、俺の肉も食べていいので!」
軽く身の上話をすれば、ベルリー副隊長とウルガスが同情してくれた。
よくある話だと思っていたけれど、王都ではあまり聞かない話みたいだ。
そんな話をしているうちに、歓迎会の会場に到着した。
大変混雑している人気店のようだ。
店内の客はほとんど騎士。
「いらっしゃいませ~! あ、クロウ!」
金髪に青い目の綺麗なお姉さんが私達を出迎えてくれる。長い髪は高い位置に一つに結んでいて、唇の下にあるホクロが大変色っぽい。
お姉さんは隊長の腕に抱きつき、久々だと言っていた。どうやら、第二遠征部隊の隊員達はここの常連らしい。
しかし、あんなに美人のお姉さんに抱きつかれても無表情な隊長が凄い。実は、モテモテなのか? 王都では山賊系男子がもてはやされているのだろう。
「ガルも久々ね!」
そう言いながらお姉さんは、ガル、ウルガス、ベルリー副隊長と、次から次へと抱きしめていく。どうやら、博愛主義な御方らしい。
ベルリー副隊長が私の紹介をしてくれた。
「ザラ、この子が新しい隊員。衛生兵のメル・リスリス」
「あらやだ、フォレ・エルフじゃない! 珍しい」
「どうも、はじめまして」
「私はザラ・アートよ」
「ザラさん、ですね」
手を差し出せば、ぐっと掴まれてそのまま引かれる。
「うを!」
なぜか、私まで熱い抱擁を受けた。
「……ん?」
なんか、女性にしては体が硬いような……?
「すっごく可愛い……」
女性にしては低く、掠れた声で囁かれる。
可愛いとか言われたことがないので、照れてしまった。
もうそろそろいいだろうと思い、体を離そうとしたのに、がっちりと抱きしめられていて動かせない。これは、いったいどうしたものか。
「ザラ、それくらいにしておけ」
隊長が止めてくれた。ザラさんは「ごめんなさい、つい……」とか言いながら、離してくれた。
「こいつはすぐ他人に抱きつく。注意しておけ」
「クロウ、私の抱擁を災難みたいに言うなんて、酷いわ」
「災難以外に何がある! 男の抱擁で喜ぶ男がいたら紹介してほしい」
「ここのお客さんは私の抱擁を喜んでくれるのに……」
なんか、男とかなんとか、聞き捨てならないことが聞こえたような……?
ちらりと姿を確認する。ウインクを返された。どうしていいかわからず、苦笑いを浮かべてしまう。
「こいつは男だ」
「ええっ、ザラさんは、男性!?」
「そうだ。元騎士で、『猛き戦斧の貴公子』と呼ばれていた」
「ひえ~~」
どこから驚けばいいのかわからない。
綺麗な女性にしか見えないけれど、確かに背は高いし、声も低い。胸は硬かった。
今は騎士隊を辞めて、ここの食堂で看板娘(?)をしているらしい。
「メルちゃんみたいな娘がいるのならば、私も復職しようかしら」
その呟きに反応したのは、ベルリー副隊長。
「本当? ザラがいたら私も助かる。うちは戦力に偏りがあって、困っているのだが」
「あ、でも、遠征は嫌かも。お風呂に入れないし、食事は美味しくないし」
ちなみに、ザラさんは王族親衛隊にいたらしい。遠征はないけれど、いろいろと思うところがあって辞めたとか。
「まあ、お風呂は仕方がない。だが、食事はリスリス衛生兵が改善してくれている。この前食べた、兜を鍋にしたスープは美味しかった」
「ふうん」
ちらりと、ザラさんは私を見る。
何かと思えば、思いがけないことを言ってきたのだ。
「私を満足させる保存食料理を作ってくれたら、遠征部隊に入ってあげてもよろしくってよ」
なんだ、この挑戦状のような物は。
ベルリー副隊長のみ、飛び跳ねて喜んでいた。
「ザラが入ってくれたら百人力だ! リスリス衛生兵、頑張ろう!」
「え、あ、はあ……」
なんかよくわからないけれど、目指せザラさんの入隊ということで、料理を作ることになった。
まだ保存食も揃っていないし、挑戦はしばらく先になりそうだけど。
「あ、ごめんなさいね、話し込んでしまって。奥に席を用意しているから!」
どんちゃん騒ぎをしている場所から奥に進み、比較的静かな部屋へと案内される。
料理はオススメコースらしい。
「まずは、乾杯としよう」
私はお酒が飲めないので、果実汁を用意してもらった。
乾杯の音頭はウルガスが取る。
「では、新しい仲間、リスリス衛生兵の入隊を祝して!」
木のカップを掲げ、乾杯する。
葡萄の果実汁は甘酸っぱくて、とても美味しかった。
その後、どんどんと料理が運ばれる。
ザラさんが持って来てくれたのは、丸皿に盛り付けられた大きなパイ。
表面はふっくらと膨らんでいて、生地には美味しそうな焼き色が付いている。
「メルちゃん、これ、うちのお店の名物なの」
三角牛の肉包みパイというものらしい。五人分なので、私の顔よりも大きい。
ザラさんがナイフを入れたら、じわりと肉汁が溢れてくる。
取り皿に載せてもらい、ナイフとフォークを手渡された。
あとから、潰したお芋を添えてもらう。これもまた、薬味が混ざっていて美味しそうだ。
すぐに食べたいけれど、まずは神への感謝のお祈りをしなければ。
――神様、素晴らしい食事をありがとうございます! この料理が、体の糧から心の糧になりますように!
お祈りを終えたので、さっそく三角牛のパイをいただくことにする。
ナイフを入れたら、生地がさっくりと割れる。中の挽肉はトロトロになるまで煮込まれているようだ。一口大に切り分けて食べる。
「熱っ……!」
焼きたてなので、あつあつだった。
はふはふと、口の中で冷ましつつ、じっくりと噛みしめる。
まず、バターの豊かな風味に驚く。パイの生地だけでなく、お肉にも下味として付いているのだろう。それから、香辛料でしっかりと味付けされたお肉の美味さたるや。臭みとかまったくなくて、ただひたすらに美味としか言いようがない。
上のパイ生地はサックサクだけど、土台に敷かれているのは肉汁を含んでいてしっとりしている。パイの食感の違いもいいものだ。添えてあった潰し芋と食べると、混ぜてある薬味風味で味わいが変わる。コクがさらに極まっているような。美味しい。
夢中でパイを食べる私に、ベルリー副隊長が優しく問いかけてきた。
「リスリス衛生兵、美味いか?」
「おいひいれす……!」
舌がとろけているので、上手く喋れない。
そのあとに運ばれて来たスープも、木の実とお肉の炒め物も、魚の蒸し煮も、すべて美味しかった。
王都に来てよかったと、心から思える料理である。
給料がでたら、また来たい。