表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/411

三角牛の肉包みパイ

 今日は掃除と干し肉で終わってしまった。

 干し肉の完成まで十日ほどかかるので、それまでに遠征が決まらないことを心から願う。

 外での任務にはバラつきがあるらしい。

 帰って休む暇もなく魔物退治を命じられたり、一ヶ月まるまるなかったり。

 明日は天然酵母パンを焼こうと思う。厨房のかまどを借りたいけれど、どこか貸してくれるだろうか。食堂は、難しいだろうなあ。

 あと、保存食の種類を増やしたい。パンと干し肉だけでは物足りないだろう。

 乾燥果物のケーキに、ビスケットなども日持ちする。ジャムとか、肝臓のパテとかもパンに塗ったら美味しいだろう。けれど、瓶は荷物になるかな? 野菜のオイル漬けとかもあったら、遠征先でも栄養不足に悩まなくても良さそうな。

 あ、あと、二枚貝のオイル漬けもいい! あれは美味しい。

 森に住むフォレ・エルフにとって、海の魚介は高級品だ。これも、市場で安く手に入ったりするのだろうか。今度、調査に行かなければ。

 果物を蜂蜜漬けにしたり、乾燥果物を作ったり。なんか、だんだん楽しくなってきた。遠足気分じゃないんだけど、そんな感じ。

 私が能天気に食べ物のことばかり考えられるのも、第二遠征部隊のみんなが強いからだろう。


 太陽が茜色になれば、終業の時間となる。

 再び、隊長の執務室に戻って、終礼をした。


「特に話すことはない。解散、と言いたいところだが……ベルリー」

「ああ。隊長に代わって、私からのお知らせ。今日、新しい仲間であるリスリス衛生兵の歓迎会をする」


 びっくりして、耳がぴくんと跳ねた。

 きょろきょろと周囲をみれば、みんな落ち着いた様子でいる。どうやら、知らないのは私だけなようだった。


「リスリス衛生兵、予定は大丈夫だろうか?」

「はい、問題ありません! その、嬉しいです!」


 まさか歓迎会を開いてくれるなんて。瞼の上が熱くなってしまった。


 ここに来るまで、フォレ・エルフだからと仕事を断られてきた。王都で働くなんて無理なんだと思う日もあったけれど、こうして温かく迎えてくれる場所がある。本当に、ありがとうと、心からのお礼を言いたい。


「じゃあ、さっそく行こう。良い店を予約している」

「あ、ありがとうございます。私なんかのために……!」

「気にするな、たまにはぱっと盛り上がりたくもなる」


 騎士隊の制服のまま、街に繰り出す。


 夕方はお昼過ぎに来た時よりも、人通りが多かった。皆、大きな荷物を持って忙しなく移動したりしている。

 それにしても、さまざまなお店があったりして、見ているだけでも飽きない。

 ベルリー副隊長が、美味しい菓子屋や喫茶店など、いろいろと教えてくれた。


「リスリス衛生兵、食べられない物とかあるか?」

「いいえ、まったく」


 お肉も野菜もお魚も、すべて好物です。

 大家族で育ったので、食い意地が張っていた。野菜の皮や根も食べていたし、森の樹液を採取して飴を作ったこともある。

 大きくなったら小さな妹や弟達に譲らないといけないので、森に木の実を取りに行って、粗くすり潰してかさ増しビスケットを焼いたりしていた。それも、同じく空腹の妹弟達にあげたりして、あまり私の口に入らなかったんだけれど。


「リスリス衛生兵、今日はいっぱい食べろ」

「リスリス衛生兵、俺の肉も食べていいので!」


 軽く身の上話をすれば、ベルリー副隊長とウルガスが同情してくれた。

 よくある話だと思っていたけれど、王都ではあまり聞かない話みたいだ。


 そんな話をしているうちに、歓迎会の会場に到着した。

 大変混雑している人気店のようだ。

 店内の客はほとんど騎士。


「いらっしゃいませ~! あ、クロウ!」


 金髪に青い目の綺麗なお姉さんが私達を出迎えてくれる。長い髪は高い位置に一つに結んでいて、唇の下にあるホクロが大変色っぽい。

 お姉さんは隊長の腕に抱きつき、久々だと言っていた。どうやら、第二遠征部隊の隊員達はここの常連らしい。

 しかし、あんなに美人のお姉さんに抱きつかれても無表情な隊長が凄い。実は、モテモテなのか? 王都では山賊系男子がもてはやされているのだろう。


「ガルも久々ね!」


 そう言いながらお姉さんは、ガル、ウルガス、ベルリー副隊長と、次から次へと抱きしめていく。どうやら、博愛主義な御方らしい。

 ベルリー副隊長が私の紹介をしてくれた。


「ザラ、この子が新しい隊員。衛生兵のメル・リスリス」

「あらやだ、フォレ・エルフじゃない! 珍しい」

「どうも、はじめまして」

「私はザラ・アートよ」

「ザラさん、ですね」


 手を差し出せば、ぐっと掴まれてそのまま引かれる。


「うを!」


 なぜか、私まで熱い抱擁を受けた。


「……ん?」


 なんか、女性にしては体が硬いような……?


「すっごく可愛い……」


 女性にしては低く、掠れた声で囁かれる。

 可愛いとか言われたことがないので、照れてしまった。

 もうそろそろいいだろうと思い、体を離そうとしたのに、がっちりと抱きしめられていて動かせない。これは、いったいどうしたものか。


「ザラ、それくらいにしておけ」


 隊長が止めてくれた。ザラさんは「ごめんなさい、つい……」とか言いながら、離してくれた。


「こいつはすぐ他人に抱きつく。注意しておけ」

「クロウ、私の抱擁を災難みたいに言うなんて、酷いわ」

「災難以外に何がある! 男の抱擁で喜ぶ男がいたら紹介してほしい」

「ここのお客さんは私の抱擁を喜んでくれるのに……」


 なんか、男とかなんとか、聞き捨てならないことが聞こえたような……?

 ちらりと姿を確認する。ウインクを返された。どうしていいかわからず、苦笑いを浮かべてしまう。


「こいつは男だ」

「ええっ、ザラさんは、男性!?」

「そうだ。元騎士で、『たけ戦斧せんぷの貴公子』と呼ばれていた」

「ひえ~~」


 どこから驚けばいいのかわからない。

 綺麗な女性にしか見えないけれど、確かに背は高いし、声も低い。胸は硬かった。


 今は騎士隊を辞めて、ここの食堂で看板娘(?)をしているらしい。


「メルちゃんみたいな娘がいるのならば、私も復職しようかしら」


 その呟きに反応したのは、ベルリー副隊長。


「本当? ザラがいたら私も助かる。うちは戦力に偏りがあって、困っているのだが」

「あ、でも、遠征は嫌かも。お風呂に入れないし、食事は美味しくないし」


 ちなみに、ザラさんは王族親衛隊にいたらしい。遠征はないけれど、いろいろと思うところがあって辞めたとか。


「まあ、お風呂は仕方がない。だが、食事はリスリス衛生兵が改善してくれている。この前食べた、兜を鍋にしたスープは美味しかった」

「ふうん」


 ちらりと、ザラさんは私を見る。

 何かと思えば、思いがけないことを言ってきたのだ。


「私を満足させる保存食料理を作ってくれたら、遠征部隊に入ってあげてもよろしくってよ」


 なんだ、この挑戦状のような物は。

 ベルリー副隊長のみ、飛び跳ねて喜んでいた。


「ザラが入ってくれたら百人力だ! リスリス衛生兵、頑張ろう!」

「え、あ、はあ……」


 なんかよくわからないけれど、目指せザラさんの入隊ということで、料理を作ることになった。

 まだ保存食も揃っていないし、挑戦はしばらく先になりそうだけど。


「あ、ごめんなさいね、話し込んでしまって。奥に席を用意しているから!」


 どんちゃん騒ぎをしている場所から奥に進み、比較的静かな部屋へと案内される。

 料理はオススメコースらしい。


「まずは、乾杯としよう」


 私はお酒が飲めないので、果実汁を用意してもらった。

 乾杯の音頭はウルガスが取る。


「では、新しい仲間、リスリス衛生兵の入隊を祝して!」


 木のカップを掲げ、乾杯する。

 葡萄の果実汁は甘酸っぱくて、とても美味しかった。


 その後、どんどんと料理が運ばれる。

 ザラさんが持って来てくれたのは、丸皿に盛り付けられた大きなパイ。

 表面はふっくらと膨らんでいて、生地には美味しそうな焼き色が付いている。


「メルちゃん、これ、うちのお店の名物なの」


 三角牛の肉包みパイというものらしい。五人分なので、私の顔よりも大きい。

 ザラさんがナイフを入れたら、じわりと肉汁が溢れてくる。

 取り皿に載せてもらい、ナイフとフォークを手渡された。

 あとから、潰したお芋を添えてもらう。これもまた、薬味が混ざっていて美味しそうだ。

 すぐに食べたいけれど、まずは神への感謝のお祈りをしなければ。


 ――神様、素晴らしい食事をありがとうございます! この料理が、体の糧から心の糧になりますように!


 お祈りを終えたので、さっそく三角牛のパイをいただくことにする。


 ナイフを入れたら、生地がさっくりと割れる。中の挽肉はトロトロになるまで煮込まれているようだ。一口大に切り分けて食べる。


「熱っ……!」


 焼きたてなので、あつあつだった。

 はふはふと、口の中で冷ましつつ、じっくりと噛みしめる。


 まず、バターの豊かな風味に驚く。パイの生地だけでなく、お肉にも下味として付いているのだろう。それから、香辛料でしっかりと味付けされたお肉の美味さたるや。臭みとかまったくなくて、ただひたすらに美味としか言いようがない。

 上のパイ生地はサックサクだけど、土台に敷かれているのは肉汁を含んでいてしっとりしている。パイの食感の違いもいいものだ。添えてあった潰し芋と食べると、混ぜてある薬味風味で味わいが変わる。コクがさらに極まっているような。美味しい。


 夢中でパイを食べる私に、ベルリー副隊長が優しく問いかけてきた。


「リスリス衛生兵、美味いか?」

「おいひいれす……!」


 舌がとろけているので、上手く喋れない。

 そのあとに運ばれて来たスープも、木の実とお肉の炒め物も、魚の蒸し煮も、すべて美味しかった。

 王都に来てよかったと、心から思える料理である。

 給料がでたら、また来たい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ