バタートースト
翌日。
傍にあった温かい物体を抱きしめ、近くに寄せた。
フワッフワの触り心地で、頬を寄せていたら何かが突き刺さった。地味に痛い。
『クエ~~~~』
気が抜けるような間延びした鳴き声を聞き、ハッと覚醒する。朝だ。
どうやら、私はアメリアを枕にして眠っていたらしい。突き刺さったのは嘴だ。
本日はお休み。カーテンを開けば、空は晴天が広がっている。
時計を見れば、食堂が閉まる十分前。今から駆け込んだら間に合うけれど、アメリアの食事より優先させるわけにはいかなかった。
部屋の外を見れば、新しい果物が届けられていた。さすが、幻獣保護局。仕事が早い。
箱の中には季節の美味しい果物が三種類ほど。二個ずつ与える。
『クエ~』
「美味しかったですか。良かったですね」
尻尾を振り、上機嫌なご様子のアメリア。口元に付いていた果物の汁を拭いてあげる。
それにしても、また大きくなったような気がする。寮の小さな寝台で一緒に眠るのはそろそろ厳しくなってきた。寮の部屋もそのうち手狭になるだろう。
ついに、覚悟を決めて、お引越しをしなければならない時が来たようだ。
考えごとをしていれば、ぐうとお腹が鳴る。このあとザラさんの家に相談に行くようになっていたので、準備もしなければならない。
昨日、リーゼロッテに幻獣も一緒に入れる喫茶店を教えてもらったので、そこに行って軽く朝食でも食べようと思う。
箪笥の中から服を取り出し、生成り色のワンピースを着る。髪は一つ結びにして、頭の高い位置で括った。洗面所で顔を洗い、歯も磨く。
アメリアも身だしなみが気になるお年頃のようで、足元で自分も綺麗にしてくれと訴えるように『クエクエ』と鳴いていた。
羽毛に櫛を通す。柑橘の香りがする精油はどうかと聞いてみれば、好きな匂いだと尻尾を振るので、水で薄めて全身に揉みこむようにして塗ってあげた。相性が良かったからか、羽根はツヤツヤ輝き、獅子の部分も毛並みがよくなった。
女子力の高い、鷹獅子の完成だ。
アメリアの食べた果物の皮とか、捨てないで乾燥させて取っているけれど、精油とか作れないかな~っと考えている。
前に一度、村の医術師の先生に作り方を聞いたことがある。
蒸留釜に材料を入れ、下から水蒸気を当てる。成分が含まれた水蒸気を冷やし、水と分離させれば完成する。工程を聞いたら、案外面倒だったので一度も作ったことはなかったけれど。
蒸留釜などの専用の道具も必要になる。が、家庭では蒸し器でできると先生は言っていた。水蒸気を急速に冷やさなければならないので、雪や氷が必要になる。今くらいの寒さならば、外に水を置いていたら、朝方には凍っているかもしれない。今度、試しに作ってみようと思う。
身支度が済んだら、アメリアの頭巾選び。
柄などその日の気分で選ぶようで、どれかいいか尋ねる。
とは言っても、三種類しかないんだけれどね。
白地に黄色の花柄に、フリルが付いた無地の赤、緑と白の幾何学模様。本日は赤頭巾をご所望のようだった。
外套を着込めば、準備は完了である。
「さて、出かけますか」
『クエ~~』
今日はカラリと晴れているので、大変気持ちが良い。王都の中央通りは商人や観光客、巡回騎士に、冒険者など、さまざまな人達とすれ違う。
鷹獅子を連れているので、注目を浴びるのはいつものこと。
まずは商店街で、ザラさんの家に持って行く手土産を選ぶ。
食料品を販売する商店は、ちょうど開店時間だったよう。
パンの焼ける香ばしい匂いに、お菓子の甘い香りが漂っている。蜜をたっぷり絡めた豆菓子は、外で炒っている。前を通りかかれば、味見だと言ってアツアツの炒りたてをもらった。
「あ、熱っ……!」
外側はキャラメリゼ状になっていてカリカリ。中の豆は炒ってあるからか、香ばしかった。どこか素朴な味がするお菓子である。
なんでも、二日前に出店したばかりのお店らしい。ならば、ザラさんも食べたことがないと思って、買うことにした。
お土産を買ったので、幻獣同伴ができる喫茶店で遅めの朝食を食べることにした。
そこは大通りの路地裏にある階段を上った先にある、隠れ家的な場所。
佇まいは赤煉瓦に、橙色の屋根。可愛らしいお店だ。
店に入り、幻獣保護局の許可証を提示する。店員さんは笑顔で奥の個室まで案内してくれた。貴賓席的な場所で飲食するようだ。
メニューは人間用と幻獣用が手渡される。
アメリアには、蜂蜜を溶いたお湯を頼むことにした。
幻獣用のメニューは基本無料のようだ。それにしても、いったいどれだけ補助金を渡しているのやら。金持ちのすることはよくわからない。
人間用のメニューも普通の値段の半額以下だった。驚きの優遇ぶりだ。
どれにしようか悩む。ザラさんの家に行く時間も迫っているので、ゆっくり選んでいる暇はない。
卵サンド、瓜サンド、果物サンド、バタートーストにチーズトースト、野菜トースト。チョコレートパンケーキ、森林檎パンケーキ、蜂蜜パンケーキ。
迷ったけれど、一番シンプルなバタートーストと珈琲に決めた。
窓の外からは美しい街並みと時計塔が見える。忙しなく歩く人達も。お店が高い位置にあるので、街を見下ろすことができるのだ。初めて見る上からの景色は新鮮だった。
しばらくすると、頼んだ物が運ばれる。蜂蜜湯は店員さんから受け取って、足元にいるアメリアへと渡した。
尻尾をびたん、びたんと床に打ち付けながら飲んでいる。喜んでいただけたようだ。
私もさっそくバタートーストを戴くことに。
長方形にカットされたトーストが二枚と、おまけにサラダが付いてきた。
パンは厚切りで、すでにバターは塗ってある。表面には切込みが入っていて、バターが染み込んでいるようだった。
一つ手に取って、頬張る。
噛めばじゅわっと、たっぷり塗られたバターの濃厚な味わいが口の中に広がる。分厚く切ってあるので、中のパンはふんわりもっちり。
珈琲を飲むのは実は初挑戦。ドキドキしながら一口。
…………苦い!
これはそのままでは飲めないと思い、お砂糖と練乳を入れる。これでほどよい渋みになったけれど、う~~む。大人の味だ。
と、じっくり味わっている暇はない。そろそろ約束の時間だ。
会計をして、店を出る。
階段を降り、商店街を抜け、中央街の住宅地へと向かう。
なんとか時間通りに、ザラさんの家に辿り着いた。
「アメリア。ザラさんの家には山猫がいます。仲良くしてくださいね」
『クエ~~』
首を傾げている。山猫がわからないらしい。
「え~っと、ガルさんみたいにフワフワしていて、雪のように真っ白な毛で、にゃ~~って感じです」
『クエ?』
ダメだ。まったく伝わらない。実際に会ってもらうしかないだろう。
扉を叩く。すると、すぐに顔を出すザラさん。
「いらっしゃい、メルちゃん。アメリアも」
どうもどうもと会釈する。アメリアも片足を上げて『クエ~!』と鳴いた。挨拶ができたので、偉いと褒める。
山猫のご機嫌を伺おうとすれば、玄関の隙間からぬっと顔を出す白い猫さん。
『にゃん』
一声鳴いて目を細め、私とアメリアを交互に見ていた。
アメリアはさっと、私の背後に隠れる。
「アメリア。大丈夫ですよ。ザラさんの猫で名前はブランシュです」
『ク、クエ?』
「怖くないですよ」
ザラさんも、ブランシュにアメリアを紹介していた。向こうは怖がる素振りは見せないどころか、興味津々とばかりにじっと見つめていた。
アメリアが一歩前に出てくる。
『クエ』
『にゃん』
挨拶をしているのだろうか。二匹は見つめ合っている。仲良くできるだろうか。
様子を見守っていたら、ブランシュは驚きの行動に出る。
ぺろんと、アメリアの嘴を舐めたのだ。その瞬間、ぶわりと羽毛を膨らませるアメリア。びっくりしたのだろう。
ザラさんが「こら!」と叱れば、ブランシュは下がっていく。
「ごめんなさいね」
「いえ、平気かと」
アメリアは目を潤ませ、硬直していた。
大丈夫かと声を掛ければ、我に返ったよう。
『クエ~~』
涙目で訴えていた。舐められて驚いたと。
「はいはい。我慢したの、偉い、偉い」
そう言いながら、アメリアの頭を撫でた。
と、こんな感じで山猫のブランシュとの初邂逅となる。この先、仲良くできるのか、気になるところだ。




