チョコレートの人
先ほどの溶けないチョコレートはリーゼロッテの思い出のお菓子らしい。
なんでも、何かある度に、贈ってくれた物だとか。
「わたくしが小さい頃、このチョコレートを美味しいって言ったのを覚えていたのか、元気がなかったり、落ち込んでいたりしたら、買ってきてくれるの」
その人はとても不器用で、毎回買ってきたチョコレートを黙って卓子の上に置いていなくなる。それが励ましの言葉代わりだったことに気付いたのは、ごく最近だったと話すリーゼロッテさん。
「また、大変な人が近くにいたものですね」
「ええ」
気持ちは、言葉にしなければなかなか伝わらない。家族でも、親友でも、恋人でも、それは同じなのではと思っている。
「まあ、その人も、気の毒な環境の中にいて――」
なんでも、リーゼロッテさんのチョコレートの人は、王都でも一番の回復術師だったらしい。十四歳で騎士隊に入り、十六歳の時に国王の近衛部隊へ異動。華々しい活躍をし、家柄もいいことから、トントン拍子に出世した。
「天才魔法使いとして、名を馳せていたらしいけれど、本人にとっては、それが苦痛で……」
苦しみを分かち合う友もおらず、魔法使いだからと都合よく使われ、ほとんど休みなく働き、身も心もボロボロだった。
「まあ、そういうこともあるから、魔力があっても幸せでもなんでもないのよ」
「なんていうか、どういう風に言ったらいいか、わかりませんが……」
今となっては、魔力がなくて良かったとも思っている。村に残っていたら、王都での素晴らしい暮らしに気付かないまま生涯を終えていただろう。
第二部隊のみんなや、アメリアにだって出会えなかった。
「その人はその後、どうなったのですか?」
「騎士隊を辞めたわ」
「でしょうね」
その後、心の病で五年ほど引きこもっていたらしい。十四歳から働いていたので貯金もたくさんあったし、実家もお金持ちだったので問題は何も起きなかったとか。
「転機はとある女性との出会いだったらしいわ」
引きこもりを見かねたご両親が、無理矢理お見合いをさせたらしい。
「やって来たのは山猫を連れた若い女性で――まあ、いろいろあってその女性と結婚できたの」
ここで気付く。リーゼロッテさんのチョコレートの人は――
「もしかして、侯爵様ですか?」
気まずそうに、コクリと頷くリーゼロッテさん。なんでも、私が侯爵様のことを苦手だと言っていたので、はっきりと話さなかったのだとか。
「王都一の回復術師って……アメリアの怪我を治してくれたのも」
「お父様よ」
「やっぱり、そうだったのですね」
辛い時、傍にいて癒してくれた幻獣と奥さん。
侯爵様の周りが見えなくなるほどの幻獣愛の原点はそこにあったのだなと、納得した。きっと、大変な愛妻家でもあるのだろう。
「ごめんなさいね、こんな話をして」
「いえ、聞いたのは私ですから。それに、王都一の回復術師でないと、アメリアの翼は治らなかったでしょうから」
聞いたことがあるのだ。翼の折れた鳥は二度と空を飛ぶことはできないと。
実は、怪我をした部位を見た瞬間、この子はもう空を飛べないなと、判断してしまった。それほどに酷い傷だったのだ。
完治して、動かせるようになったのは奇跡だろう。
「今度、アメリアと一緒にお礼を言いに行かなければならないですね」
「無理はしなくていいのよ」
「いえ、行きます。すぐに、というのは難しいかもしれませんが」
しばらくすれば、心の整理もつくだろう。その時になったら、きちんとお礼を言いたい。
それまでに少しでも侯爵様が丸くなっていないかなと期待をするが、無理だろう。人は簡単に変わらないから。
「リーゼロッテさん、遅い時間まで付き合ってくれて、ありがとうございました」
「いえ、わたくしも、ありがとう」
なんのお礼だと首を傾げれば、照れた様子で顔を背けるリーゼロッテさん。
「どうかしました?」
「いえ、その……あ、あの、わたくし、こんなこと、初めてで……」
幻獣一筋。魔法も使えて、お家柄も良く、気位が高い。
そんなリーゼロッテさんは父親に似て(?)ほとんど家に引きこもって魔法の勉強をしていたとか。それ以外は幻獣に夢中で、社交界の付き合いはほとんどしていなかったらしい。
「こんな風に、自分のこととか、家族のことをお話ししたのは初めてで、それを聞いてくれたのが、嬉しくて」
「そうだったのですね」
「なんだか、不思議な気分で……。でも、もっと、お話したいと思っているの」
「私でよければ、いつでも」
すると、ぐっと両手を掴まれる。「ありがとう」と重ねてお礼を言われた。
「あの、メルって呼んでいいかしら」
「ええ、どうぞ」
「ありがとう。わたくしのことも、リーゼロッテと呼んでいいから」
「わかりました」
さっそく、呼んでみるように言われる。
「なんか、恥ずかしいですね」
「いいから、早く」
「…………リーゼロッテ」
「うふふ」
やっぱり呼び捨ては恥ずかしくて、照れてしまった。何度も呼んで慣れるしかないと言われる。
「まさか、お友達ができるとは思わなかったわ」
「お友達、ですか」
「あら、嫌だった?」
「いえ、嬉しいと思います」
「曖昧な表現ね」
「え~っと、嬉しいです」
それで良しと、満足げに頷くリーゼロッテ。
今回、いろいろあったけれど、こうして王都で初めてのお友達ができたのは、嬉しいことだろう。
侯爵様のことはひとまず置いておいて、仲良くできたらいいなと思う。
翌日。王都へ帰還する。
帰りも馬車で一日半の旅になる。気が重い。
まずは隊長が馬車の手綱を握るということで、車内は和気あいあいとした雰囲気になっていた。
カードの死神引きで盛り上がり、ウルガスによるこれまでの隊長の山賊伝説を聞き、ザラさんやリーゼロッテとアメリアのマント作りについて着想を出しあったりした。
途中、昼休憩で停まる。
キイと、不気味な音を立てて開く馬車の扉。
ぬっと顔を出したのは、目が据わった隊長である。その顔面の恐ろしさに、悲鳴を上げそうになった。
「……お前ら、任務が終わったからって、楽しそうにしやがって!」
荒ぶる隊長。悲鳴を上げるウルガスと私。
新しい山賊伝説の始まりだった。
◇◇◇
そんなこんなで、やっと王都へ帰ってきた。
今回も大変な遠征だった。早く寮に帰って眠りたい。
隊長とベルリー副隊長は、一度騎士隊本部に戻って報告書を提出しなければならないとか。上官は大変だ。
残りの隊員はここで解散となる。
「なんか、帰りにぱ~っと美味しい物を食べに行きましょう」
「いいですね」
ザラさんからのご提案。
今の時間、寮の食堂は混んでいるので、外食で済ませたかった。
「アメリアは大丈夫でしょうか?」
「いつものお店でいいのなら、平気だと思う」
「では、そこにしましょう」
他の人も誘ってみる。ウルガスとガルさんも来てくれるらしい。
「リーゼロッテはどうしますか?」
「メルが行くなら」
「決まりですね」
大衆食堂だけど、とても美味しいお店なので、気に入ってくれたらいいなと思う。
さっそく食堂まで移動する。
夕方なので人混みも多くなった。満席にならないうちに行かなければ。
ザラさんを振り返れば、私の背を見つめていたのか、ばっちりと目が合ってしまった。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんか、あのお嬢様と短い間に仲良くなったのね、と思って」
「まあ、いろいろと話をしまして。その件について、ご相談があるのですが」
「幻獣絡み?」
「はい」
明日、お休みなので、ザラさんの家ですることになった。アメリアも連れてきていいらしい。果たして、山猫さんとの相性はいかに。
「駄目だったら、喫茶店かどこかで話をしましょう。多分、他に幻獣が入れるお店があるでしょうから」
「ですね。王都は幻獣保護局の本部のある街ですし」
リーゼロッテに幻獣も入れる喫茶店を聞いておこうと思った。




