チョコレート・ボンボン
夜。本日二度目のお風呂に入る。浴室は別棟にあり、温泉を引いていた。
村長は鷹獅子も入浴させていいと言ってくれた。太っ腹である。
アメリアはすっかりお風呂が気に入ったようだった。寮では入れないので、駄々を捏ねないか心配だけれど。
引っ越しは本気で考えなければならないだろう。アメリアは日々、成長している。
契約者として、暮らしやすい環境を整えなければ。
風呂から上がったあと、リーゼロッテさんに相談してみることにした。
一晩過ごすために用意されたのは、村唯一の宿泊施設。
独立した三つの宿泊棟のうちの一つが、女子隊員の部屋として提供された。
内部は寝台と簡易的な洗面所があるだけ。虫除けに蚊帳が天井から吊り下げられている。洗面所には泥鯰パックみたいな物があった。村の特産品なのだろう。
ベルリー副隊長は明日があるからと、先に就寝している。
部屋の端にある角灯の灯りは、王都の物よりも明るい。燃料の問題なのだろうか。あとで誰かに聞いてみようと思う。
眠っているベルリー副隊長には悪いと思ったが、リーゼロッテさんに相談をする。
「――鷹獅子との住処ですって?」
「はい」
リーゼロッテさんは、目を丸くしながら「わたくしの家に来ればいいじゃない」と答える。それはちょっとと遠慮をすれば、どうしてかと問い詰められた。
「侯爵家の屋敷は広い部屋にお庭、お風呂だってあるわ。何かご不満なの?」
「いや~~」
ご不満は侯爵家の高貴なおじさんにある。きっと、私に難癖を付けてきて、ガミガミと小姑のように生活指導をするに違いない。けれど、それを娘であるリーゼロッテさんに言えるわけもなかった。
「家族や両親は幻獣について理解があるし、使用人だって振る舞いを心得ているの。侯爵家以上の環境は王都にないと思うけれど?」
「そうですね。ですが――」
ええい、ままよ!
そう思って、正直な気持ちを告げた。
「すみません、お気持ちは大変嬉しいのですが、どうも侯爵様が苦手で」
そう言えば、リーゼロッテさんは目を見開く。シンと、気まずい沈黙の時間となり、耐えきれなくなって重ねて謝った。
「いえ、いいの。ちょっと驚いたけれど、そうよね。お父様は、あなたに――あなた達に酷いことをしたわ。わたくしも、あの乱闘騒ぎには驚いたもの」
どうやら、港にリーゼロッテさんもいたようだ。その時は騎士隊との確執もあり、まともな判断ができていなかったと話す。
「ごめんなさいね」
「いえ」
幻獣保護局側にも怒りを覚える事情があった。第二遠征部隊の私達にはまったく関係のない問題だけど。謝罪もしてくれたし、その件は水に流していた。
話はアメリアとの住処問題に戻る。
「でしたら、母方のお祖母様のお屋敷はどうかしら?」
「ザラさんの山猫を預けているお宅ですね」
「ええ。よく知っていたわね。話が早いわ」
リーゼロッテの母方祖母のお家もかなりの幻獣愛好家らしい。国内五本の指に入る名家で、これまた大貴族だ。
「でも、お祖母様は人嫌いで、家に人が来るのを嫌がる傾向があって――」
なるほど。
ちなみに、現伯爵はリーゼロッテの伯父さん。お祖父さんは十年前にお亡くなりになったらしい。
現在、伯爵家のお屋敷で山猫と二人暮らしをしているのだとか。
「生前分与で、一部の財産とお屋敷をお祖父様から貰っていたらしいの」
二百年の歴史ある豪邸で、新しい物好きの現伯爵は喜んで引き渡したらしい。
「お屋敷が王都の郊外にあるのも、伯父さんの気に入らなかった部分だったと思うの。不便だから」
「そういう事情もあったのですね」
お屋敷は森の中にあり、街まで馬車で一時間ほどかかる。
「ふうむ。一時間ですか」
「でも、鷹獅子が成長して、空を飛べるようになったら、半分以下の時間で行き来できると思うわ」
「あ、そうですね」
アメリアには翼があったのだ。しかし、現状飛ぶ気配がないので、大丈夫なのか気になるところではあるが。
足元で丸まっていたアメリアに聞いてみる。
「アメリア、空飛べそうですか?」
『クエ~~』
まだわからないよ~と言いたいようだ。確かに、飛べたら飛んでいるだろう。
「では、もしも飛べたら、私を乗せてくれますか?」
『クエ!』
これは了承したということだろう。
頭を撫で、その時になったらよろしくとお願いしておいた。
「問題はお婆さんですね」
「ええ……。わたくしには優しいお祖母様だけれど、他の親戚とか、他人には厳しい人で――」
「身内もお付き合いに苦労されているのですね」
「ええ、そうみたい」
でも、ザラさんは別なのだろうか。王都に来てからずっと、夜勤の時や、忙しい時などは山猫を預けているという話をしていた。
「だったら、まずわたくしからお願いしておくわ。もしかしたら、ザラ・アーツの協力もお願いするかもしれないけれど」
「わかりました。よろしくお願いします」
話はここで終了と思いきや、リーゼロッテさんはじっとこちらを見ている。
「それにしても、あなた、不思議ね。前から気になっていたんだけれど」
「え?」
「エルフなのに、まったく魔法が使えないなんて」
ウッと言葉に詰まる。
エルフと言えば、知恵と魔法の象徴みたいな噂が広がっているのだ。
「エルフの王道から外れた、はぐれエルフなんですよ」
「何よ、それ」
「私、魔法が使えない以前に、魔力がないんです」
「まさか!」
「そのまさかなんですよ」
フォレ・エルフの村では、産まれた時に医術師から魔力の測定をしてもらう。
私は、異例の魔力なしだったのだ。
「量り間違いではないの?」
「いいえ。信頼の置ける先生なんです」
「そうなの」
一応、気にしていないと言ったけれど、空気は重たくなってしまった。反省。
その後、会話もなく、ただただ時間だけが過ぎていく。
「あ、そうだ」
「?」
リーゼロッテさんが何か思い出したかのように、鞄の中を探っている。そして、目の前に差し出されたのは、銀紙に包まれた、ころりと丸いお菓子。
「これは?」
「チョコレート」
なんと、溶けないような加工がしている物らしい。
「ありがとうございます」
あとで戴こうと思っていたら、今食べるように言われてしまった。
「え、でも、こんな夜に甘い物を食べたら、太――」
「いいからお食べなさい」
「う、はい」
逆らうと怖いので、食べることにした。
銀紙を広げたら、つるりとしたチョコレートが出て来た。この暑い中持ち歩いていたのに、溶けていないのは驚きだ。
大きさのわりに、ずっしりと重みがあるのも気になる。
「これは?」
「非常食で持ち歩いていたの。柑橘の味が利いていて、なかなか美味しいわよ」
「はあ」
一気に食べるのはもったいないので、まずは半分と思って齧ったけれど硬い。なので、全部食べることにした。
噛めないので、口の中で溶かそうと舌の上に転がしていたが、どうしてか溶けない。
なので、ちょっとずつ噛み砕いた。
食感はザクザク。滑らかさはいっさいない。柑橘の風味がふわりと漂うのはなんとも上品。そこまで甘くないのも新しいなと思った。
「しかし、不思議なチョコレートですね」
「ええ。口溶けを良くする乳製品が入っていないからだと思う。無添加製法の、素晴らしいチョコレートで、わたくしのお気に入りなの」
「ほうほう」
なんでも、チョコレートが溶けるのは乳製品が混ぜられているからだと言う。それを徹底的に排除すれば、暑い場所でも溶けないチョコレートが完成するのだ。
最初は硬くてびっくりしたけれど、なかなか癖になる味だ。チョコレートの濃厚な香りも素晴らしい。
王都のチョコレート専門店に売っているらしいので、今度一緒に買いに行こうという話になった。
「良かった」
リーゼロッテさんがぽつりと呟く。
「え?」
「元気になって」
そこで気付く。リーゼロッテさんは私を励ますために、チョコレートをくれたのだと。
嬉しくて、ちょっぴり泣きそうになった。




