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因縁の泥鯰

 大量に作った泥炭燃料はもったいないので持ち帰る。固形燃料も買っている物なので、節約になるだろう。

 欲張って革袋いっぱいに詰め込んだらすごく重たくてよろついていたら、ベルリー副隊長が代わりに運んでくれた。


「すみません、ベルリー副隊長」

「気にするな。鍛錬になる」


 本日もベルリー副隊長は男前である。

 リーゼロッテさんはうっとりとした表情で、アメリアを眺めながら歩いていた。


「あの、リーゼロッテさん、余所見しているとまた転びます――」

「きゃあ!」


 お約束なのか。またしてもリーゼロッテさんは泥に足を取られて転びそうになる。が、今回は寸前で、ベルリー副隊長が腕を引いて事なきを得たようだった。


「大丈夫か?」

「え、ええ……あ、ありがとう」


 手にしていた泥炭燃料の入った袋を投げ、リーゼロッテさんを助けるベルリー副隊長の判断力と瞬発力。是非とも見習いたい。


「移動中は歩くことと、周囲の警戒に努めてほしい。魔物が突然飛びだしてくることもある」

「ごめんなさい」


 ベルリー副隊長に注意され、しゅんとなるリーゼロッテさん。

 私もアメリアを見ているなと気付いた時に、指摘すればよかったと反省。


 しかし、転んで泥だらけにならなくてよかった。


 一時間後、拠点に戻って来る。

 男性陣はパンと干し肉、野菜の酢漬けなどで、簡単に昼食を済ませたらしい。

 スープを作って食べたと言えば、ウルガスに羨ましがられた。


「近くの村で一泊するから、夜はまともな物が食えるだろう」


 隊長が言う。

 なんでも、泥鯰ヴェルスの頭部を持って行き、被害者にこの魔物で間違いないかという確認をしなければならないとか。

 なるほど。今回みたいに見間違いの可能性がある場合は、大切なことだろう。


 私達は馬車を預けている村へと戻った。

 カルクク湿原から徒歩三十分ほどの場所に小さな村がある。名前はクレセント。

 高床式の家に、高い木が茂っている。暑いからか、女性陣は露出度の高い服を着ていた。

 村長の家まで歩いていく。隊長は泥鯰ヴェルスの頭部が入った袋を担いでいた。

 この巨大な袋は、隊長が魔物の首を持って帰ると言った時用に作っておいたのだ。まさか、こんなに早い段階で役に立つとは。ちなみに革製で、材料費は隊長持ち。


 馬車を置きに来た時、ほとんど村人はいなかったけれど、今日はちらほらと見かける。

 騎士が珍しいのか、身を乗り出して見る者もいた。


「うわ~、騎士様だ~。カッコイイ~~」


 遠巻きに見ていた村の子ども達が、指を差しながら叫ぶ。


「すげえ背が高くて美人なお姉さんがいる! あんな綺麗な人、見たことない!」


 それ、お姉さんじゃなくて、お兄さんです。

 夢を壊すのは可哀想だったので、黙っておいた。


「大きなわんわんがいる! わんわん!」


 小さな子どもはガルさんを見て大はしゃぎ。犬獣人わんわんじゃなくて狼獣人ガウガウなのに。優しいガルさんは尻尾を振って見せていた。わあと喜ぶ子ども達。


「なんだあれ、子馬か?」


 誰かがアメリアに気付いた模様。


「いいや、違う、鷹だ」

「鷹じゃない、四足獣だぞ」


 幻獣鷹獅子グリフォンの知名度は低いのだろう。ざわざわと騒ぎ出す村人達。そこに近づいて行ったのは――


「あれは誇り高き幻獣、鷹獅子グリフォンよ」


 アメリアを指し示し、誇らしげに話すリーゼロッテさん。


鷹獅子グリフォンだと……?」

鷹獅子グリフォンというのか」

「そう! 古くは王家を護る神の御遣いとして崇められ、心優しく、気高い精神を持つ奇跡のような生き物なの」


 リーゼロッテさんよりご紹介にあずかったアメリアは、村人達の注目を浴びて落ち着かない様子でいる。空気を読んだからか、立ち止まり、自慢の翼をよわよわと広げ、『ク、クエ~』と遠慮気味に鳴く。

 すると、村人達はワッと沸き、ありがたや、ありがたやと拝み始めた。

 リーゼロッテさんは幻獣の布教が成功したので、満足げな表情を浮かべている。


 歓声に誘われたからか、どんどんと村人が集まって来る。

 誰かがカルクク湿原に出る人食い蜥蜴を退治したのではと言えば、拍手が起き、ワッと沸いた。

 なんか、凱旋行進のような雰囲気に。どうしてこうなった。


「お母さん、小さい女の子もいるよ!」

「あら、本当。偉いわね~。応援してあげなきゃ」

「頑張れ~~」


 小さい女の子というのは私のことだろうか? 十歳くらいの男の子に応援され、恥ずかしくなって、頭巾を深く被る。


 幸い、今日は隊長も外套の頭巾を被っていたので、山賊騒ぎにならずに済んだ。髭を剃るのが面倒で、頭巾で隠していたらしい。

 そんな中、一人地味な青年騎士が、不満を漏らす。


「いいなあ、みんな見た目が濃いから、チヤホヤされて」

「恥ずかしいだけですよ」


 ウルガスはチヤホヤされたかったらしい。弓矢の腕前を見せれば、村娘も放っておかないだろうが、きっと見た目でチヤホヤしてほしいのだろう。

 突然、村娘達がきゃあと黄色い声を上げている。見れば、ベルリー副隊長が片手で声援に応えたからだった。


「なんだろう、この、ベルリー副隊長に負けている感」

「大丈夫ですよ。ウルガスも最高にカッコイイですし、素敵です」

「リスリス衛生兵、ありがとうございます。棒読みだったけれど、嬉しい」


 そんな話をしながら、やっとのことで村長の家に到着する。見世物状態から解放されたので、ひとますホッ。

 家の中は結構広い。蔦模様のような独特の柄が織り込まれた敷物に、壁には狩猟で得た動物の骨が飾られている。机や椅子などはない。男性は胡坐を組んで座るのが礼儀のようだ。

 村長は四十代くらいで、想像よりも若かった。小さな子どももいて、私を見た途端に妖精だと叫ぶ。夢を壊すべきではないと判断し、「はい、妖精です」と答えておいた。

 ウルガスだけぶっと噴き出したので、あとで覚えておけよと思った。

 ご家族との挨拶が終われば、村長としばし話す。はるばる討伐に来てくれたと、感激している様子だった。

 話は本題に移る。まずは被害者の家族を呼び、確認してもらった。


 やって来たのは二十代半ばくらいの青年。被害者のお孫さんらしい。

 隊長が袋を広げる。出て来たのは、ほとんど外傷のない、泥鯰ヴェルス


「これです、これが人食い蜥蜴です!! これに、爺さんは……」


 やはり、蜥蜴と鯰を見間違えていたようだ。慌てていたので、見誤っていたらしい。

 青年は涙を流し、私達に頭を下げてくる。


「ありがとうございます……これで、安心して、暮らせます……」


 カルクク湿原へは親子三代で漁に行っていたらしい。沼地に生息する魚などを獲って、暮らしていたとか。


 村長は青年の肩を叩き、励ます。

 村人の被害は一人だけだったらしい。巨大な泥鯰ヴェルスと出遭ったのは運が悪かったとしか言いようがなかった。


 しんみりとした雰囲気になっていたが、村長は食事にしましょうと提案してくる。


「お腹が空いたでしょう。料理を用意させましたので」


 村長がパンパンと手を叩けば、料理を持った女性達が次々と入って来た。

 床には敷物が広げられ、大皿が並べられる。お皿の上には見たことがない肉料理が盛り付けられてあった。

 湖鶏プーレの香草煮込みに、串焼き、蒸したようなパンに、大きな魚の丸焼き。昨日食べた貝もある。大鍋にはスープが。どんな味がするのだろうか。

 カルクク湿原で獲れた新鮮な魚介やお肉などでご馳走を用意してくれたのだ。


 村長の奥様が鍋のスープを注いで、手渡してくれた。


泥鯰ヴェルスのスープでございます」


 な、なんですと!?

 泥鯰ヴェルスは村の名物らしい。


 隣に座っているリーゼロッテさんを見る。白目を剥いていた。

 私達の微妙な反応に気付いた村長は、奥様方がいなくなったあと、無理しなくてもいいと言ってくれた。

 けれど、食べ物を無駄にするわけにはいかない。勇気を出して、食べてみることにする。

 匙でスープをかき混ぜれば、そのままの形で煮込まれていた泥鯰ヴェルスとこんにちはしてしまった。大きさは小指くらいか。小さい個体を食べるらしい。

 隣で様子を窺っていたらしいリーゼロッテさんは「ヒッ!」と短い悲鳴を漏らす。

 まず、スープから飲もうと思って、泥鯰ヴェルスは皿の底へと押し込んだ。

 勇気を出して、スープを一口。

 泥臭さはまったくない。それどころか、良い出汁が出ている。香草がたっぷり入っているからだろうか。

 底に沈んでいた泥鯰ヴェルスも掬う。勇気を出して、胴に齧り付いた。


「やだ~~」


 私の隣で、泥鯰ヴェルスとこんにちはしたリーゼロッテさんは悲鳴をあげる。

 泥鯰ヴェルスは驚くほど柔らかかった。骨までしっかりと火が通っている。


「へえ、白身なんですね。淡白な味わいですが、結構脂が乗っていて、美味しいです」


 身はふっくらで、口の中でほろりと解れる。

 無理しなくていいのに、リーゼロッテさんも果敢に挑戦していた。

 涙目で村長に「美味しかったわ」という感想を述べる。

 きちんと噛まずに、丸呑みしたに違いない。



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