高級貝のスープ麺
私は一心不乱に二枚貝掘りをした。実に大漁で、あちらこちらから出てくるのだ。
『クエクエ!』
「おっ、見つけましたか」
二枚貝がいると思われる地面を、アメリアが爪先でペンペンと叩く。そこを掘れば、かなりの確率で大きな二枚貝が埋まっているのだ。
私が掘っている間、アメリアは次なる獲物を発見した模様。
『クエクエ!』
「ちょっと待ってくださいね」
深い所に埋まっているようで、なかなか出てこない。
『クエ~』
「え、わたくし!?」
アメリアはリーゼロッテさんに二枚貝を掘るよう、お願いしているようだった。
場所によってはぬかるみ過ぎて、爪で掘ることができないのだ。
しかしながら、お嬢様育ちのリーゼロッテさんに貝掘りは無理だろう。そう思っていたが――
『クエ~クエ~』
「ウッ……」
『クエクエ?』
アメリアは「ここに貝あるんですけれど~、掘ってくれませんか?」的なことを言っているようだ。
リーゼロッテさんは上目遣いでお願いされて、顔が真っ赤になっている。
『クエ~』
「わ、わかったわ。掘るから!」
そう言って、しゃがみ込む。手にしていた杖で、ザックザックと掘り始めた。
金の柄の美しい杖が、ますます泥だらけに。
悪いなと思ったが、一つでも多くの二枚貝を持ち帰りたかったので、ありがたかった。
貝は浅目のところに埋まっていたようで、すぐに見つかった模様。
「見つけたわ!」
『クエ~~』
リーゼロッテさん、泥だらけになって……。
申し訳なく思ったけれど、喜んでいるアメリアを見て頬を緩ませていたので、まあいっか。
アメリアは私にしか気を許さないのではと戦々恐々としていたけれど、そうでもないみたいでホッとした。これからも、いろんな人と仲良くしてほしい。
ぼんやりしている暇はない。作業を再開させる。
私もやっとのことで、二枚貝を手にすることができた。
今日掘った中で、一番の大きさだ。
湖で泥を落としていると、真ん中から、ゴポ、ゴポポと、気泡が浮かんでくる。
もしや、超巨大貝とか?
湖を覗き込めば――
『クエエエエ!!』
アメリアが低い声で鳴く。その声を聞いた瞬間、私も我に返った。これは、貝なんかじゃないぞと。
気付いた時にはもう遅い。ザバリと上がる水柱。
「ひえええええ~~っ!」
頭から湖水を被る。全身びしょ濡れだ。
そんなことよりも、目の前の光景に愕然としていた。
湖から出て来たのは、巨大な泥鯰。
蛇のように細長く、広い口に長い髭がある。目はつぶら。
小さいうちは衣を付けてカラッと揚げれば美味しくいただけるんだけど、この大きさはちょっと無理。
恐らく、天敵がいないので、このように巨大化したのかなと。
いや、冷静に解析している場合ではない。
泥鯰はのっぺりとした顔を、こちらに向けていた。
もしかして、貝を掘りまくっていたので、お怒りとか?
「か、貝はいりません、差し上げますから!」
いましがた、獲ったばかりの貝をポーイと湖に投げ込んだ。だが、泥鯰はまったく反応しない。
長い尾を水面から出し、私のほうへと振り上げてくる。
終わった。そんなことを考えていたが――
『クエッ!』
アメリアが私の目の前に飛びだしてきて、襲い来る尾を爪で弾き返した。
傷は付いていなかったが、想定外の攻撃だったのか、ビクリと反応し、尾を水の中に戻す。
だが、攻撃はこれで終わりではなかった。今度は口をパッカリと開いて、こちらに向かってくる。
アメリアが食べられてしまう!
私は咄嗟に、体に覆いかぶさった。
怖かったけれど、守らなきゃと思ったら、勝手に体が動いていたのだ。
歯を食いしばり、衝撃に備える。が、想定していた痛みは襲って来ない。
刹那、目の前で何かが爆ぜる。炎だ。
――――凍て解け打ち破るは、熱り立つ炎獄の逬発
凛とした声が聞こえた。
魔法陣が浮かび上がり、炎の球が生まれ、泥鯰の体を焼き尽くす。
丸焦げとなった泥鯰は湖に沈んでいった。
もう大丈夫なのだとわかったら、一気に肩の力が抜けた。
びっくりした。まさか、湖の中に巨大な泥鯰がいたなんて。
一度沈んだ泥鯰だったけれど、ぷかぷかと湖に浮いてきた。あんなに大きな口だったら、丸呑みされていただろう。ぞっとする。しかも、ちょっと香ばしい匂いがするのが。いやいや、気にしたら負けだ。
抜けていた腰が復活したので、リーゼロッテさんにお礼を言いに行く。
「リーゼロッテさんの魔法で、倒してくれたのですね。ありがとうございました」
「……」
「リーゼロッテさん?」
顔を覗き込めば、ポロリと涙を零すリーゼロッテさん。
「えっ、あの……」
「こ、怖かった」
杖をポテンと手放し、私に抱きついてくるリーゼロッテさん。
「やだ、あれなんなの? 大きいし、殺意剥きだして、気持ち悪かった」
「す、すみません」
堂々としているようだったけれど、実際はかなり怖かったようだ。
背中を撫で、落ち着くのを待つ。
「詠唱が間に合ってよかったわ」
やっと涙が止まったリーゼロッテさんは、しみじみ呟いていた。
「ありがとうございました。おかげさまで、助かりました」
「べ、別に……」
耳には自信があったのに、まったく気付かなかった。貝掘りに夢中になっていたからだろうか。恐ろしい。
「さすがに、あれを食べるとか言わないわよね?」
「ええ、あれは食べません」
ゲテモノ食いだけはしないようにと、実家の母に注意されていたのだ。
それを聞いて、ホッとしているリーゼロッテさん。
食材探しはここで切り上げる。
拠点に戻って、夕食の準備をしなければ。
◇◇◇
「――それにしても、酷いわね」
「同感です」
リーゼロッテさんと私は泥だらけだったのだ。食材探しに行っただけなのに。
しかし、身なりを気にしている場合ではない。料理の準備をしなければ。さすがに濡れて重たくなっていた外套は脱いだけれど。
その辺にある石を拾い、簡易かまどを作る。固形燃料を入れ、火打ち石で火を熾す。が、周囲に湿気があり過ぎて、なかなか上手く火が点かない。
「ねえ、わたくしに任せて」
リーゼロッテさんが魔法で火を作ってくれる――が。
「きゃあ!」
「うわあ!」
力加減を間違えて、大炎上。高々と上がる火柱。
時間をかけて、火を落ち着かせる。
「ご、ごめんなさい。こういう小規模な魔法に慣れていなくて」
「いえ、魔法は日常使いするものではありませんし」
気を取り直して作業を再開させる。
貝は二十七個ほど獲れた。まず、二枚貝を塩で揉んで、綺麗にする。
結構力を入れて磨くので、息が上がってしまった。
「わたくしも手伝ったほうがいいの?」
「いえ、お気遣いなく」
と、お断りしたけれど、リーゼロッテさんも手伝ってくれた。
「やだ、手がかじかんで真っ赤」
「すみません」
「いいのよ」
お嬢様だから、こんなことしたことなんてないだろうに。
一生懸命、貝を磨いてくれた。
それが終わったら、泥抜きをする。
桶に熱したぬるま湯を注ぎ、殻を擦りつけるように混ぜる。そのまま、しばらく放置すると、泥を吐き出すのだ。
「お湯で泥抜きができるのね」
「はい。ぬるま湯に入れると、貝がびっくりして殻から顔を出すんです。その隙に、殻と殻を合わせるように混ぜると、泥を吐き出してくれるのですよ」
「ふうん、そうなの」
前に、ガルさんから教えてもらった泥抜きの方法なのだ。
しばしの休憩。
私物のビスケットと薬草茶を楽しむ。
「すみません、安売りで買ったビスケットと、手作りのお茶で、お口に合えばいいのですが」
「とっても美味しいわ。動き回ったから、お腹が空いていたこともあるかもしれないけれど」
「よかったです」
モソモソとビスケットを食べ、薬草茶で流し込む。
アメリアにも、ご褒美の角砂糖と果物を与えた。
辺りは暗くなっていたので、角灯に火を点して作業再開。
泥抜きした二枚貝二十七個のうち、二十個を殻ごと沸騰したお湯の中へ。
酒を入れてもうひと煮立ち。湯が白濁色になれば、味見をする。
驚いた。凄く濃い出汁が出ている。苦労して探した甲斐があった。
仕上げに香辛料などで味を調える。
『クエ?』
アメリアが遠くをみた。どうやら、隊長達が帰ってきたようだ。
ちょうど良かった。鍋に乾燥麺を投入する。
一番乗りで辿り着いたのは、疲れた顔をしたウルガス。
「戻りました~~」
「お疲れ様です」
泥だらけの姿を見て、ぎょっとされる。
「あれ、リスリス衛生兵、どうしたんですか?」
「ちょっと大変な出来事がありまして」
人食い蜥蜴退治に行っていたウルガス達よりも、私やリーゼロッテさんのほうが薄汚れていたのだ。どうしてこうなった。
「何があったんですか?」
「あとでお話しします」
その前に食事だ。
戻って来たガルさんに、鍋を地面に下ろしてもらう。
残った貝は、鍋の蓋で酒蒸しにする。
蓋にその辺で採取した葉っぱを敷き、その上に貝、隊長の高級酒、乾燥土茴香草を振りかけた。
その上に大きな葉っぱを被せ、しばし蒸す。
「おい、それ俺の酒じゃないか?」
「すみません、ついうっかり」
「うっかりで間違えるか」
手にしていたお酒は没収されてしまった。
しゅんとしていたら、リーゼロッテさんが庇ってくれる。
「いいじゃない。少しくらい」
「少しじゃねえよ。さっき、ドバドバ入れていた」
「だったら、代わりに今度、お父様のお酒をあげるわ。地下の貯蔵庫に、たくさん持っているの」
「いや、それはいい」
さすがの隊長でも幻獣保護局の局長こと、リヒテンベルガー家の侯爵様のお酒は受け取れないのだろう。
そんな話をしているうちに、二枚貝の酒蒸しは完成する。
お食事の時間だ。器に二枚貝のスープ麺を注いで配る。
食前のお祈りをして、戴くことにした。
フォークに麺を巻きつける。ふわりと湯気が上がった。まだアツアツなのだろう。
ふうふうと冷ましてから食べた。
麺に二枚貝のあっさりスープがよく絡んでいて、美味しい。良い出汁が出ている。
乾麺は初めて食べたけれど、モチモチ食感が面白く、喉越しもツルっとしていた。
貝は出汁を取ったあとなので、身がぎゅっと縮んでいた。が、これはこれでいける。
リーゼロッテさんは大丈夫だったのか。ちらりと、覗き見る。
膝に器を乗せ、お上品に食べていた。服にこぼさないのか、ちょっと心配になる。
フォークに絡ませた麺を口にした瞬間、目を見開く。
「リーゼロッテさん、どうですか?」
「ど、泥貝なのに……美味しい」
「よかった」
お口に合ったようで何より。
次に、酒蒸しを食べる。
フォークに身を突き刺し、殻から外す。残念ながら、貝柱は取れなかった。あれが美味しいのに。まあいいかと、貝を口に持って行く。
スープの出汁にした貝と違い、蒸した貝はふっくら柔らか。旨味が凝縮されている。
泥抜きもしっかりできていたので、じゃりっと感はない。
大満足の夕食だった。
「そういえば、人食い蜥蜴は退治できたのですか?」
険しい顔で首を振る隊長。
明日もここで討伐任務をしなければいけないからか、皆の空気は重くなる。
「そもそも、湿原に蜥蜴というのもおかしな話だ」
ベルリー副隊長は語る。
通常、蜥蜴魔物の生息地は丘陵地帯の陽当たりの良い場所に生息しているらしい。ジメジメしていて、陽が当たらないこの地にいるのはおかしいと。
「まあ、魔物だから、耐性がある可能性もあるわ。けれど、蜥蜴の一匹も確認できなかったのよ」
本日戦った魔物は蛙系、甲殻系、鼠系の魔物だったらしい。
「多分、蜥蜴じゃなかったんじゃないかな~って、思っています」
これはウルガスの見解。
なるほど。被害者の証言が間違っていると。
「ね、ねえ、もしかして、わたくしが倒した泥鯰が人食い蜥蜴だったんじゃないかしら?」
「あ!」
そういえば、すっかり報告を忘れていた。
食事作りのことで、頭がいっぱいだったのだ。
「なんだ、リスリス。何か知っているのか?」
「え、え~っと……」
泥鯰について報告すれば、「早く言え!」と怒鳴られた。
これは、私が悪い。反省しなければ。
引き続き、ガミガミ怒る隊長。命にかかわることだからか、ベルリー副隊長も助けてくれない。
「すみませんでした。次から気を付けます」
「食材探しは禁止だ」
「ええ、そんな……」
それならば美味しい物を食べられないではないかと抗議すれば、反省していないのかと、ジロリと睨まれる。その通りだと思ったので、ウッと言葉を呑み込んだ。
「とりあえず、明朝から確認に行く」
「はい」
「リスリス、お前も付いて来い」
「はい」
気分は最悪だ。
しかも、泥だらけの状態で眠らなければならない。
ベルリー副隊長は私の背を叩き、しばしの辛抱だと言っていた。
水は貴重なので、体を申し訳程度拭いただけで眠ることになる。
隣に横たわるリーゼロッテさんは、何度も寝返りを打っていた。きっと、眠れないのだろう。
私はむくりと起き上がり、薪のほうへ向かう。
カップにお湯をもらい、蜂蜜を垂らした。
「リーゼロッテさん」
「……何?」
「これ、よかったらどうぞ」
ただの蜂蜜を垂らしたお湯だけど、精神的な緊張を解す作用があるのだ。
「ありがとう……」
「いえいえ」
蜂蜜湯を飲んだあと、リーゼロッテさんのすうすうという寝息が聞こえ、ホッとした。
これで問題解決。
と、ここで気付く。眠れないのは私もだと。
蜂蜜湯を飲み、眠れ~眠れ~と暗示をかけながら眠ることになった。
翌日。
朝から巨大泥鯰の確認に向かう。
アメリアも付いて来ようとしているけれど、足元が悪い道なので連れて行きたくない。
「アメリア、ガルさんと待っていてくれますか?」
『クエ~クエクエ!』
嫌だと申すのか。けれど、私も折れない。
「いい子で待っていたら、遊んであげますから」
『クエ~~……』
時間をかけて説き伏せれば、渋々といった感じで言うことを聞いてくれた。
ガルさんの隣に行き、いじけたように丸くなっている。
隊長、ザラさん、ウルガスと共に、貝を採取した湖へと向かった。
一時間後、到着となる。
「これは……」
「なんてことなの」
「うわあ」
湖に浮かぶ息絶えた泥鯰を見て絶句していた。
これが人食い蜥蜴の正体で間違いないだろうとも。
「しかし、二撃でやっつけるなんて、あのお嬢さんは何者なんでしょうねえ」
ウルガスの言葉に、顔を顰める隊長。
「かなりの実力者であることには違いないわ」
隊長やザラさんでも、苦戦するだろうと話す。
なんでも、皮がぶよぶよでかつ厚く、剣で斬りつけてもなかなか刃が通らないらしい。
そうか……私はリーゼロッテさんのお蔭で命が助かったのか。あとで再度お礼を言わなければ。
「きちんと食事も食べているし、野営もできたし、戦闘能力も申し分ない。これは、認めるしかないわねえ」
ザラさんの言葉に、隊長はふんと鼻を鳴らすばかりであった。
◇◇◇
隊長は泥鯰の頭部の一部を切断し、持ち帰ると言う。
その作業が二時間ほど掛かった。リーゼロッテさんがこんがり焼いていなかったら、もっと作業に時間が掛かっただろう。
それから、拠点に戻るのでまた一時間。もう、くたくただ。
戻って来た私にベルリー副隊長は労いの言葉を掛けてくれる。それから、嬉しいお誘いも。
「――昨日、温泉を見つけたんだ。一緒に入りに行かないか?」