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泥だらけの二枚貝

 人生で初めての貴族御用達の宿屋。

 水晶でできたシャンデリアに、猫足の可愛い卓子、花柄の美しい壁紙にふかふか布団の寝台。最高かよ、という感想を漏らす。

 侯爵令嬢であるリーゼロッテさんは慣れたもので、客間係へお風呂に湯を張るようお願いをしていた。

 アメリアは慣れない部屋をキョロキョロと見渡し、最終的に長椅子の上に落ち着いたよう。最近、跳躍力もぐっと上がっているのだ。

 ベルリー副隊長は地図を広げて眺めていた。明日、馬車の御者役を務めるらしい。


 各々お風呂に入り、しばし談笑したあと、就寝する。

 アメリアは私の隣にやって来て、丸くなっていた。

 これ、大きくなったら一緒に眠るのは無理だよなあと戦々恐々としている。

 一応、無理だと言えば聞いてくれるので、大丈夫だろうけれど。


「では、おやすみなさ――うわっ!」


 そろそろ寝ようと思っていたら、枕元に立ってこちらに羨望の眼差し(?)を向けるリーゼロッテさんの姿が。


「ど、どうしたんですか?」

鷹獅子グリフォンとの添い寝、ウラヤマシ」

「リーゼロッテさん?」


 ここで我に返ったのか、二、三歩後退し、顔を真っ赤に染めるリーゼロッテさん。

 どうやら無意識の行動だった模様。


「な、なんでもないわ。おやすみなさい」


 ……うん。我を忘れるほど幻獣が大好きなんだね。

 指摘はしないでおいた。


 翌日早朝。


 ザラさんと約束した日の出を見に行く。周囲は薄暗く、角灯を手に出かけた。


『クエ!』


 アメリアは朝から上機嫌。足取りも軽い。

 

「メルちゃん、寒くない?」

「平気です」


 寒いだろうと思って、服を着込んできたのだ。


 朝日が見える場所まで歩いていく。

 坂道を登り、石の階段を上がって行くと、開けた場所に出る。観光客のために造った、高台らしい。

 寒いからだろうか。見に来ている人はいなかった。


 薄暗い中、湖上の地平線を眺める。もやが広がっており、なんだか怪しい雰囲気だったけれど、強い風が吹いて、どこかへと流れて行った。とりあえずホッ。

 そして、ついに太陽が顔を覗かせ、だんだんと周囲が明るくなった。


「――わっ!」


 太陽の光が湖を美しく照らす。 

 湖と空が、鏡合わせのように、橙色に染まっていった。本当に綺麗だ。


『クエ~クエクエ!!』


 アメリアが鳴く。目がキラキラしていた。どうやら、幻獣も美しいものに感動するらしい。

 興奮している様子を見て、ザラさんは笑っていた。


「すみません、なんか、賑やかで」

「いいえ。よかった。楽しそうで」


 太陽が地平線から離れるまでじっと眺める。

 幻想的で、言葉では表現できないほど、綺麗な景色だった。

 

 こうして、日の出を見届けた私達は宿に戻る。

 朝早くて眠いけれど、来て良かったと思った。



 ◇◇◇


 カルクク湿原への道のりを進んでいく。馬車の手綱を握るのは、ベルリー副隊長。

 皆、車内では仲良くな! 心の中で念じておく。もしも喧嘩が発生したら、仲裁する人がいないのだ。そうなった場合、私もウルガスみたいに「ご乱心だ~!」と叫ぶしかない。

 ガタゴトと、馬車は街道を進む。シンとした車内。


 …………まあ、気まずいよね。


 ベルリー副隊長は第二遠征部隊の清涼剤だったのだ。


「あ、あの、ルードティンク隊長」


 そんな状況の中で、リーゼロッテさんが隊長に話し掛ける。勇気あるなあ。

 無理しなくていいよと、はらはらしながら見守る。


「なんだ?」


 返す隊長の声は不機嫌としか言いようがない。

 私がウルガスに仲裁してほしいと、視線で助けを求めたが、ぶんぶんと首を横に振られてしまった。

 ガルさんは渋い顔で窓の外を眺めているし、ザラさんはやすりで爪を磨いていた。

 私はベルリー副隊長のように、上手く間に割って入ることができないだろう。

 よって、今は何もできないと。


 微妙な雰囲気の中、リーゼロッテさんは話を続けている。


「突然やって来て、申し訳なかったと思って」

「今更遅いんだよ」


 あ~~、言い方! さり気なく舌打ちもしてた! ガラ悪すぎ!

 もっと遠回しな表現もあるだろうに。隊長の言葉は直球だ。

 幸い、リーゼロッテさんは怯んでいなかった。


「ごめんなさい。反省しているわ。わたくし、周囲が見えなくなることがあるの」

「騎士の仕事向いてないな」

「ええ……けれど、幻獣を守りたい気持ちは――」

「騎士が守るのは国民だ。幻獣じゃない」


 どれもきつい言葉だ。でも、間違いではない。

 隊長とリーゼロッテさんはここで一回、きちんと向き合うべきだと感じた。


「でしたら、わたくしも戦うわ。国民のために」

「取って付けたような、うっすい決意だな。ちなみに、魔物との戦闘経験は?」

「ないけれど」


 隊長は腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。

 リーゼロッテさんは頬を真っ赤に染めて、悔しそうな顔をしている。

 きっと、今までの彼女だったら、文句を言っていただろう。けれど、ぐっと我慢をしていた。


 どうしようかと思っていたら、まさかの助け船が。


「隊長、お試し期間を作ったら?」


 ザラさんだ。

 今回の遠征に付いて来られたら認めてあげたらどうかと、提案してくれる。


「今回は湿地帯で、湿気とか泥とかあって酷い環境だし、貴族のお嬢様が耐えきれる場所ではないと思うの」


 もしも音をあげなかったら、大したものだと言う。


「まあ、そうだな。もしも、口先だけじゃないのならば、認めてやる」


 最高に怖い顔をしながら話す隊長からの挑戦と受け取ったからか、リーゼロッテさんは決意を口にするように言葉を返した。


「……わかったわ。絶対に、音なんかあげないんだから」


 リーゼロッテさんは涙目になっていた。ここまで追い詰めなくても、と気の毒になった。

 でも、生半可な気持ちで騎士隊に身を置けば、大変なことになる。皆、命を懸けて戦っているのだ。

 多分、隊長の言っていることは、厳しいだけの言葉ではないのだろう。

 貴族女性の在り方を知っているからこそ、あんなことを言ったんだと思う。


 それから、一言も会話がないままカルクク湿原に到着した。

 非常に気まずいの一言だった。


 ◇◇◇


 しとしとと、霧雨が降っていた。

 想定していたほど寒くないけれど、ジメジメしていてなかなかの居心地の悪さだ。

 目の前には広大な草原が広がっている。湿原の中でもここは泥炭地でいたんちに分類される場所らしい。泥炭とは植物が不完全に分解し、蓄積した土壌のことを示す。

 なんでも、泥炭は可燃性があり、乾燥させて燃料にもできるのだとか。

 地面の泥炭を踏み踏みしてみる。水分を多く含んでいて、弾力があってぶよぶよしていた。

 なるほど。この地形では、馬は歩けないはずだ。

 馬車は近くの村に置き、ここまでは歩いてきた。

 アメリアは泥に足を取られ、不快そうにしている。靴みたいな物が必要だったか。


 それから皆で拠点――天幕を張った。

 敷物を広げても、地面がぐにぐにしているのが気になる。支える骨は沈んだりしないのか心配だ。


 拠点が完成すれば、私とアメリア、リーゼロッテさんを残して人食い蜥蜴退治にでかけてしまった。


 薄暗い湿地に、取り残される。とは言っても、いつも一人ぼっちでお留守番なので、誰かがいるというのは心強い。


「よっし、食材探しに行きましょう」

「え?」

『クエ?』


 私の提案に、目を丸くするリーゼロッテさんとアメリア。


「なんで、わざわざそんなことをするの?」

「美味しい食事を食べるためです」


 信じられないという視線を受ける。


「あと、暇なので」


 皆が魔物討伐に行っている時間、ぼ~っと過ごすのはもったいないのだ。


「アメリアも一緒に行きますよね?」

『クエ!』

「リーゼロッテさんは?」

鷹獅子グリフォンが行くのならば、わたくしも行くしかないでしょう」


 とまあ、こんなわけで、リーゼロッテさんと食材探しに行くことになった。


 湿地と言えば、湖沼だろう。そこに魚類などが生息しているはずだ。

 リーゼロッテさんは心から嫌そうな顔をしていた。とっても正直な人なのだ。


「あなた、歩き回って、魔物とか大丈夫なの?」

「はい。耳は良いので、気配を感じたら逃げます」


 フォレ・エルフの耳を信じてほしいと伝えた。

 渋々と、といった感じで同行してくれることになった。


 リーゼロッテさんは細長い袋の中から杖を取り出す。

 出てきたのは、赤い宝石が先端に嵌め込まれた水晶杖。柄は金で、細かな宝石が散らしてある。


「うわ、可愛いですね」


 褒めれば、にっこりと微笑んでくれた。幻獣絡み以外で、初めて見せてくれた笑顔だった。


「では、改めまして、出発です!」

『クエ!』

「さっさと探して、切り上げるわよ」


 足元の悪い中を進んでいく。

 途中で何度もアメリアの足が泥に取られ、リーゼロッテさんと一緒に引っこ抜くことになった。

 それにしても、本当に歩きにくい。隊長達は上手く戦えているだろうか。心配だ。


「きゃあ!」


 考えごとをしている時に、背後より聞こえた悲鳴。振り返れば、泥の地面に尻もちを突いてしまったリーゼロッテさん。


 大丈夫そうには見えなかったので、無言で手を貸す。

 自慢の杖も泥だらけだ。


「え~っと、なんと言って良いのやら」


 リーゼロッテさんは顔を真っ赤にして、唇を噛みしめている。

 きっと、文句を言いたいのを我慢しているのだろう。かなり負けず嫌いのようだ。


「リーゼロッテさん、今は隊長もいないので、いろいろ言ってもいいのですよ」

「べ、別に、なんでもないわ、こ、こんなこと!」


 リーゼロッテさんは私の手を握り、一気に立ち上がった。


『クエ~』


 アメリアが杖を銜え、リーゼロッテさんに渡してくれる。


「あ、ありがとう、あなた、とっても、い、良い子ね」


 アメリアから杖を受け取ったリーゼロッテさんは、ボロボロと涙を流す。

 幻獣に優しくされて、泣いてしまうなんて。

 でもまあ、無理もないだろう。貴族のお嬢さんが泥だらけになるなんて、ありえないことだから。


 やっとのことで湖沼へ辿り着く。

 さっそく、畔の泥からコポコポと気泡が出ているのを発見した。

 ナイフを取り出し、掘ってみる。


「な、何がいるの?」

「わかりません!」


 泥の中で生きる水生動物は――沢蟹、陸海老、泥蛙、くらいだろうか。


「か、蛙ですって!?」

「はい。結構美味しいですよ」

「信じられない」


 ザックザックと泥を掘れば、カツンと音が鳴る。水を掬い、上からかけてみた。


「あ!」


 発見した食材を手に取る。リーゼロッテさんは嫌だと叫んだ。


「きゃあ! こっちに見せないで、怖い!」

「大丈夫です。蛙じゃないです」

「な、何よ~~」


 私が発見したのは、大きくて濃い紫色の二枚貝。


「やだ……泥だらけの貝なんて、食べたくないわ」

「これ、多分高級貝ですよ」


 淡水の中で育つ貝で、高値で売られているのを見たことがあるのだ。


「リーゼロッテさんも食べたことがあるかと」

「確かに、言われてみれば、前菜とかで見たことがあるような」


 市場のおじさんが言っていたのだ。紫色の二枚貝はこれしかないと。

 湖の水で綺麗に泥を落とし、革袋に入れる。

 可能ならば、隊員全員分は獲りたい。周囲へと目を凝らしていたら――


『クエクエ~!』


 すぐ近くにいたアメリアが鳴く。どうやら二枚貝の住処を発見したらしい。

 見に行けば、さきほど同様に、コポコポと気泡が出ていた。


「アメリア、偉いですね」

『クエ!』


 アメリアは発見しただけでなく、泥を掘り始める。すると、私が獲った物よりも大きな二枚貝が出てきた。


「わあ、凄いですね」

『クエ~~!』


 食材探しができるなんて優秀だ。手を綺麗に洗って、頭を撫でてあげた。


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