魅惑のスイーツ三段重ね
隊長達が食事から戻ってきたところで、移動再開。
今度はガルさんが馬車に乗り、隊長が馬車の操縦をするらしい。安全運転をお願いしたい。
「いや~、お食事時に女性陣がいないと華やかさがなくて……」
そんな感想をウルガスが漏らす。ザラさんがいたではないかと言えば、「アーツさんの魂は漢なので」と、言っていた。なんのこっちゃ。
隊長がいないからか、リーゼロッテさんの緊張は多少解れたように見える。
『クエ~』
「はいはいっと」
アメリアが背中の翼をもぞもぞとさせる。どうやら、痒いようだ。
一緒に過ごすうちに、何を求めているかわかるようになっていた。
翼に手を伸ばし、掻いてあげる。
「ここですか~?」
『クエ~……』
違うようだ。別の場所をかしかし掻いてみる。
「それともここですか~?」
『クエッ』
惜しいと。すぐ近くに移動してみた。
『クエクエ!!』
どうやら当たったらしい。ガシガシと力強く掻いてあげれば、気持ちいいのか獅子の尻尾を揺らしていた。細長い尾が鞭のようにしなり、私の脛に当たる。地味に痛い。
掻いていた部位の羽根が一枚、ぽろりと抜ける。白くて、綺麗な羽根だ。
幻獣保護局の資料にあったけれど、幼少期の鷹獅子の羽根は、結構な頻度で生え変わるらしい。
抜けた羽根は、先を削ってペンとかにして使っているけれど、かなり抜けるので、商売ができそうなほどに溜まっていた。これ以上持っていても仕方がない。
顔を上げれば、リーゼロッテさんと目が合う。物欲しそうに、アメリアの羽根に視線を移していた。
「あの、よろしかったら羽根、いります?」
「へっ!?」
「羽根ペン作ったりして使ってはいるのですが、家にいっぱいあるので」
カッと、頬を染めるリーゼロッテさん。貴重な物なのでもらえないと、首を横に振っているが、視線は羽根に釘づけだった。
なかなか受け取らないので、最後の手段に出た。
「いらないのならば、ウルガスに――」
「いただくわ!」
ウルガスに渡すと言えば、すぐに手を差し出してくる。
笑うのを堪えながら、アメリアの羽根を差し出した。
リーゼロッテさんは恍惚とした表情を浮かべ、手にした羽根をうっとりと眺めていた。
「ああ、なんて、美しいの……」
喜んでもらえて何よりだ。リーゼロッテさんは本当に、幻獣が好きなんだなと思う。
微笑ましく見守っていたら、視線の端に涙目のウルガスが映った。
もしかしなくても、羽根をウルガスにあげる発言を、本気に取られていたようだ。
「うわ、ウルガス、すみません。次、羽根が抜けたらあげますので」
「いいんですよ……リスリス衛生兵……」
いや、ぜんぜん良くないだろう。涙目のウルガスを見ながら思う。
ここで、まさかの展開が起こる。
リーゼロッテさんが、ウルガスにアメリアの羽根を差し出していたのだ。
「――え?」
「わ、わたくしは、次の機会にいただくことにするわ」
「で、でも」
「いいの。わたくしのほうが、お、大人だから」
とか言いながら、リーゼロッテさんも涙目である。羽根を差し出す手が震えていた。無理しなくてもいいのに。
「いや、いいですよ。気持ちだけ、受け取っておきます。ありがとうございました」
最終的に、ウルガスのほうが大人だったようだ。リーゼロッテさんはわかりやすい態度でホッとしていた。
そんなやりとりがあったおかげか、リーゼロッテさんは少しだけ打ち解けたように思われる。良かった、良かった。
夕方ごろに一晩過ごす街に到着した。
「うわあ、結構大きな街ですね」
ここは湖畔の街ハルバルト。湖の畔に沿うように、街があるという、一風変わった場所なのだ。ここは岩塩の採掘地でも有名で、街は大変賑わっている。
「ここの日の出は世界一美しいと言われているの。湖面に太陽の光が反射して、幻想的な光景になるそうよ」
物知りなザラさんが教えてくれる。
「へえ、見てみたいですね」
「明日、見に行く?」
「はい!」
ウルガスも見るか誘ったけれど、一瞬行きたそうな顔をしたのに、「やっぱり朝が苦手だからいいです」とお断りされた。
ベルリー副隊長も「遠慮しておこう」というお返事が。
リーゼロッテさんはまったく興味がないらしい。気持ちがいいくらい、きっぱりとお断りされた。
ガルさんも朝が苦手らしい。なるほど。
「みんな行かないんですね」
そんなことを呟けば、すぐ目の前を歩いていた隊長が、怖い顔で振り返る。
「おい。なぜ、俺だけ誘わない?」
「え、だって、興味無さそうな感じがしたので」
どうやら、誘ってほしかったらしい。
「では、隊長も行きますか?」
「ああ――」
お、行くのか? と思ったけれど、急にザラさんのほうをみて、ぎょっとする隊長。あんなに驚いた顔、見たことがない。
私もザラさんのほうを見る。
にっこりと、女神のような美しい微笑みを浮かべていた。隊長はこれを見て、美人過ぎると驚いたのか。今更な気がするけれど。
「で、隊長。どうするのですか?」
「いや、やっぱり俺も遠慮をしておこう」
「さようで」
やっぱり行かんのか~い。
チラチラと思わせぶりなことを言っておきながら、最終的にお断りする隊長の優柔不断さ。いったいなんなんだ。まあ、別にいいけれど。
「ってことは、私とメルちゃん、アメリアの三人ね。楽しみだわ」
「そうですね。晴れたらいいんですけれど」
空を見れば満天の星空が。きっと、明日は晴れに違いない。
ちなみに、アメリアは太陽よりも早起きなのだ。
この前、早朝に目が覚めたら、暗闇でアメリアの目が光っていて悲鳴を上げそうになったことがあった。
私を起こさずに、健気に待っていたのである。
アメリアと言えば――宿問題は大丈夫なのか。できれば、今日くらい布団の上で眠りたいけれど。
その疑問には、元幻獣保護局員であったリーゼロッテさんが応えてくれる。
「それは心配いらないわ。国内のほとんどの宿は、幻獣保護登録店なのよ」
「なんですか、それ?」
「飼育許可証を示せば、宿泊できるの。幻獣と契約者の宿泊費は幻獣保護局負担で」
「なんと!」
幻獣保護局の地味な活動のおかげで、国内にあるほとんどの宿は、幻獣もお客様。宿泊可能らしい。
良かった。心配は杞憂に終わった。
辿り着いた先は、五階建ての高級そうな宿。隊長、貴族感覚で宿を選んでいないか?
隊の予算的な物が心配になる。
「あの、隊長、大丈夫なんですか?」
「何がだ?」
「ここ、高そうで」
「案ずるな」
どういうことなのか。首を傾げていると、ベルリー副隊長がそっと教えてくれた。
「この街は隊長の父君の領地なんだ。なので、融通が利くのだろう」
「あ、なるほど」
ずんずんと高級な宿屋へ押し入る山賊。ではなくて、ルードティンク伯爵家のご子息、クロウ様。
受付や広間では大変丁重な扱いを受けた。
隊長は経営者っぽい威厳のあるおじさんと話し込んでいる。
私達は窓際にある席に案内され、お茶とお菓子が振る舞われた。
お菓子が載った三段もあるお皿なんて初めて見た。
一段目は一口大のサンドイッチ。二段目は焼き菓子。三段目は果物ケーキ。
これは下の段から攻略していくらしい。リーゼロッテさんが教えてくれた。
「甘い物を食べて、しょっぱい物が食べたくなったからと言って、一番下のサンドイッチに戻ってはいけないの」
「厳しい世界なんですね」
一段目のサンドイッチは、前に食べたことのある卵を使った甘酸っぱいソースに、薄く切った瓜の実が挟んであった。シャキシャキしていて、実に美味しい。
二段目の焼き菓子は、スコーンというお菓子だとリーゼロッテさんが教えてくれた。
バタークリームと果物の砂糖煮込みを塗って食べるらしい。
まず、何も付けないで一口。食感はモソモソ。紅茶と一緒に食べたら、まあ、美味しいかな?
そんな感想を言えば、リーゼロッテさんにその食べ方は邪道だと指摘された。
最初に教えてもらった通り、バタークリームと果物の砂糖煮込みを塗ってみた。
「うわっ、美味しい!」
「でしょう?」
「まったく別の食べものみたいですね」
ずいぶんと濃厚なバタークリームだったけれど、果物の砂糖煮込みの甘酸っぱさのおかげで、ほどよい味の均衡感が保たれている。
このお菓子はきっと、バタークリームと果物の砂糖煮込みを塗る前提で計算して作られているのだろう。奥が深い。
最後に、果物のケーキを食べる。生地はふんわりで、クリームの優しい甘さが実に良い。
果物部分だけ、アメリアに分けてあげた。
お茶を飲みつつ待機していれば、隊長が戻って来る。部屋の鍵を手渡された。
「女三人部屋だ」
『クエ!』
女三人という指摘に、アメリアが文句を言うように鳴いた。
「なんだ?」
「女性三名という言い方がお気に召さなかったようです」
「そうかい。あ~……、女性四名用の部屋だ」
『クエ~』
「許してもらえたか?」
「はい、大丈夫みたいです。ありがとうございます」
ホッとした様子を見せる隊長。まさか、鷹獅子に怒られるとは思ってもいなかったのだろう。
こっそり笑ってしまったのは言うまでもない。