串刺し蒸し鶏
ガタゴトと馬車は進む。外は晴天。遠征日和である。任務先は湿地帯で、霧雨か曇天らしいけれど。
席順は出入り口に隊長、向かいにベルリー副隊長。私、足元に鷹獅子のアメリア、目の前にリーゼロッテさん、お隣はザラさん、向かいにウルガスという並び。ガルさんは馬車の手綱を握っている。
カルクク湿原までは馬車で一日半。まさかの移動時間の長さに、うんざりする。
車内はひたすら気まずかった。
原因は突然やって来たリーゼロッテさんにある。
ザラさんとは顔見知りらしい。そういえば、局長の奥さんの実家に山猫を預けていると言っていた。局長の娘であるリーゼロッテさんにとっては、母方の祖父母宅になる。
「あの子、酷くて。私の山猫を見るなり、譲ってくれって言ったの。契約しているから、無理なのに」
「そ、それは、三年も前の話でしょう!?」
「あなた、その時いくつだったかしら?」
「十五……だけど」
まさかの事実が発覚する。すらりと背が高く、大人っぽくて眼鏡美人なリーゼロッテさんは私と同じ年齢だった。
なんということだ。衝撃的過ぎる。
私なんて、この前食堂のおばちゃんに、「十五歳くらいかと思っていたわ!」と言われたばかりだったのに。
しかし、ザラさんが珍しく敵意剥き出しなのでどうしたのかと思っていたけれど、理由があったようだ。
「何年も前の話をしつこいわね」
「当たり前よ。家族を物みたいに取引するように言われたら、誰だって嫌でしょう?」
ここで、どうどうと言いながらベルリー副隊長が二人を窘める。
ちなみに、隊長はずっと怒りの形相でいる。怖いので、しっかり見ていないけれど、不機嫌な空気がビシバシと伝わって来るのだ。
幸いなことと言えば、アメリアが馬車の中で大人しいことだろう。
良い子なので、途中休憩の時に角砂糖をあげようと思う。
角砂糖は鷹獅子の好物なのだ。与え過ぎは厳禁だけれど。
今回は今までの遠征任務の中で一番長い移動時間である。
お昼は最寄りの村で昼食を取り、夜は宿屋に泊まる。果たして、幻獣の宿泊は可なのか。
駄目だった場合は馬車の中で眠るけれど。
「そういえば、鷹獅子、大人しいのね」
「はい。いい子なんですよ」
王女の侍女が書いた報告書には、「きわめて獰猛である」と書かれていたらしい。
きっと、扱い方を間違えたのだろう。
体を丸め、すうすうと寝息を立てるアメリアを、リーゼロッテさんは頬を紅く染めながら見下ろしている。小さな声で「可愛い」と言っていた。
「可愛くても、気を許しているのはリスリス衛生兵とガルさんだけなので、触ろうとか思わないほうがいいですよ」
アメリアに噛まれた経験のあるウルガスは注意を呼び掛けていた。
「そんなの、わかっているわ」
リーゼロッテさんは、幻獣の生態を熟知していると言う。ウルガスは「すみませんでしたね」と、あまり悪びれない感じで謝っていた。
お昼になったので、最寄りの村で食事を取ることにした。
アメリアがいるので、食堂には行けない。突然の遠征だったので、お弁当の用意もできなかったのだ。
どうしようかと考えていれば、ベルリー副隊長がある提案をしてくれる。
「私が何か、持ち帰り用の食べ物を買ってこよう」
「すみません、よろしくお願いいたします」
ベルリー副隊長が昼食を買いに行き、馬車で一緒に食べることになった。
隊長達は食堂で食べる。
馬車の中では、リーゼロッテさんと二人きりとなった。
今のうちに、アメリアに食事を与えておこうと思う。
声を掛ければ、パチッと目を覚ます。果物を差し出せば、前足でぐっと掴んだ。
果物の汁で馬車が汚れないように、布を広げておく。
「あら、自分で皮を剥けるようになったのね」
「はい、なんとか」
教えるまでが大変だった。習得までの日々を思い出し、目を細める。
水を与え、外を軽く歩き回る。これで、しばらくは大丈夫だろう。
用事が済めば、馬車に戻った。
シンとする車内。
窓の外では、豊かな自然と丘のほうに風車が見える。のどかな村だと思った。
気まずく思ったのか、リーゼロッテさんが話し掛けてくる。
「あの――」
「はい?」
「わたくし、やっぱり迷惑だったかしら?」
現状、隊の雰囲気が悪くなっている原因は、リーゼロッテにある。なので、正直に言えば、と答えた。
「まあ、これは衛生兵としての意見で、アメリアの契約者の立場で言えば、大変ありがたいものです。お恥ずかしい話ながら、私は戦闘能力が皆無でして」
遠征先で、リーゼロッテさんは心強い存在となるだろう。
魔法の遣い手としての活躍を、期待をしている。
「これでも、空気は読めるつもりなの」
「素晴らしいことです」
「でも、口から出てくるのは、生意気な言葉ばかりで」
「それは良くないですね」
どうすれば、隊に馴染めるのかと聞いてくる。リーゼロッテさんは本気で悩んでいるようだった。
「別に、難しいことではないですよ。馴染むことなんて、簡単です」
「そう、かしら?」
心配などいらないと、こっくりと頷いて見せる。
「で、具体的に何をすればいいの?」
「え~~っと?」
具体的に聞かれたら困ってしまう。
みんな優しかったから、気付いたら隊に馴染んでいたのだ。
「隊長はああ見えて優しいですし、ザラさんは親身になってくださって――」
「優しいですって? ルードティンク隊長や、山猫の飼い主が?」
「山猫の飼い主のお兄さんは、ザラ・アーツさんですよ」
そんなことを話していれば、コンコンと馬車の扉を叩く音が鳴る。
窓の外にいたのは、ベルリー副隊長だった。
「早かったですね」
「ああ。村の入り口付近に屋台街があったんだ」
「なるほど。お疲れ様です」
敬礼と共に出迎える。
ベルリー副隊長より手渡された紙袋は、アツアツだった。
「それは木の実餡の蒸し饅頭だ」
ここは温泉街らしく、蒸し料理が多かったらしい。
他に、蒸し卵、串刺し蒸し鶏、揚げ芋などなど。これぞ屋台料理の定番! みたいな料理を買ってきてくれた。
ベルリー副隊長に蒸し鶏の串を手渡され、困惑の表情を浮かべるリーゼロッテさん。
「えっと、その、悪いけれど食器はないの? お皿は? フォークは?」
「ないな。手で掴んでくれ」
「……」
「ナイフならあるが?」
腰のベルトから、流れるような動作でナイフを抜き取るベルリー副隊長。リーゼロッテさんは強張った表情で、首を横に振っている。
どうやら、手掴みの食事に抵抗があるらしい。さすが、侯爵令嬢。
「リーゼロッテさん、隊の食事はこんなものですよ。野蛮で山賊です」
「野蛮で……山賊……?」
もっと良い言い方がないかと考えたけれど、該当する言葉が見つからなかった。
「もしも、食事などが難しいようであれば、ここで帰るといい。王都行きの馬車が出ている」
これは、厳しい言葉ではなく、ベルリー副隊長の優しさだろう。
もしも、遠征先で帰りたいと言っても、帰れないのだ。
リーゼロッテさんはぶんぶんと首を横に振り、蒸し鶏の串を掴む。
それは、手羽先を串に刺した物だった。
じっと、リーゼロッテさんは手羽先を睨みつけている。
私は先に蒸し鶏串を戴くことにした。
一見して、蒸しただけに見えた。が、噛みつけば、そうでないことに気付く。果実酢と柑橘類、香辛料などでしっかりと下味が付いているのだ。
甘酸っぱくてコクがあり、さっぱりあっさりしていて、お肉は驚くほど柔らかい。
「これ、美味しいですよ」
いまだ、手羽先を睨みつけているリーゼロッテさんに勧めてみる。
恐るおそる、といった感じで、手羽に噛みついていた。
もぐもぐと食べ、はあと溜息。
「どうですか?」
「とっても野蛮な気分」
その感想を聞いて、ベルリー副隊長と二人で笑ってしまった。
◇◇◇
食後、第二部隊に馴染むにはどうすればいいのか、という質問をベルリー副隊長にしてみる。
「そんなの、難しいことでもなんでもない」
ベルリー副隊長は答えを知っているらしい。リーゼロッテさんは身を乗り出して、話を聞く。
「何もかも、自分一人でしようとせずに、相手に頼ることだ」
「それだけ、なの?」
「ああ。だが、これを意識して行うのは難しい」
人は決して万能ではない。ベルリー副隊長は語る。
「だからこそ、協力は必要だ。隊は全員で一つの個なのだ。意味がわかれば、溶け込むこともたやすいだろう」
要するに、意地を張らずに、みんなで頑張ろう。という意味だろうか。解釈は人それぞれだと思われる。
「安心してほしい。隊員達は皆味方だ。怖い顔をしている者もいるが、総じて根は優しい。だが、現状として厳しい態度を取ることは、許して欲しいと思う。第二部隊は若輩者の集団で、突拍子もないできごとに対応できる器がないのだ」
ベルリー副隊長の話に、リーゼロッテさんは深く頷いていた。
迷いが浮かんでいた目に、決意が浮かんだように見えた。
それから、思いの丈を口にする。
「わかったわ。わたくしも、野蛮な山賊になれるように、頑張る……!」
――うん、頑張るの、そこじゃないよね?
先行きが不安になった。