魔法の釣り竿で釣り大会!
先日、結婚祝いとしてリーゼロッテから魔法の釣り竿を貰った。餌は必要ないという画期的な物らしい。
なんでも海や川、湖などに投げた瞬間、近くにいる魚が好む餌を幻術で作り出し、魚が近づいた瞬間、魔法の糸で捕獲。その後、地上まで引き上げてくれる便利な代物のようだ。
つまり、釣りの技巧なしに魚が釣れるとんでもない釣り竿というわけである。
釣り好きの間では、釣りを冒涜する魔道具だと話題になっていたようだが、短時間で魚を獲られることから冒険者の中で大人気商品となっているようだ。
釣りと言っても、楽しみのためにする釣りと、食糧確保のためにする釣りがある。
後者の場合は、この魔法の釣り竿が最適なのだろう。
リーゼロッテが書いた手紙を読み終えたあと、ザラさんが魔法の釣り竿を手に取る。
「パッと見た感じ普通の釣り竿なんだけれど、近くで見たらさまざまな呪文が刻まれているわね」
「ですね。糸巻きがなくて、代わりに魔石が付いています」
「へえ、面白いわね。魔石は釣り糸の先端に巻き付けて、重り代わりにも使うみたい」
「まさに、魔法仕掛けの釣り竿というわけですね」
「ええ」
さっそく、海に釣りに行こうという話になった。
親切なリーゼロッテは、思い立ったらすぐに釣りに行けるよう、海、川、湖、池とさまざまな場所に転移できる魔法巻物を同封していた。帰る時に使うものもある。至れり尽くせりというわけだ。
「メルちゃん、どこに行きたい?」
「そうですね。川や湖、池はいつでも行けますので、海にしますか?」
「いいわね」
大物を釣り上げるぞ! と話が盛り上がっているところに、アルブムがやってくる。
『アルブムチャンモ、釣リニ、行クーー!!』
自分の体よりも大きな魚を釣って、お腹いっぱい食べたいらしい。
なんというか、夢がある話である。
魔法鞄に調理道具を詰め込んでいると、アメリアが私の着替えを持ってきてくれた。
『クエクエ』
「あ、そっか。水場だから、着替えも必要だよね。ありがとう、アメリア」
『クエ~』
ちなみにアメリアは留守番したいらしい。他の幻獣達も、今回は遠慮するという。
そんなわけで、海に行くのは私とザラさん、アルブムのみとなった。
「じゃあ、出発しますか!」
「ええ」
『ワーイ!』
魔法巻物を破ると、転移魔法が発動される。一瞬にして、景色が海へと変わった。
青い空に白い浜、美しい海!
こんなにきれいな海は、アメリアを捕獲した無人島ぶりだ。
「ここ、リヒテンベルガー侯爵家のプライベートビーチなのね」
「え、そうなのですか?」
「きっとそうよ。だって、あそこに幻獣への注意を促す看板があるし」
ザラさんが指差した方向には、〝幻獣捕獲禁止 幻獣保護局〟と書かれた看板がいくつも立てられていた。
「間違いなく、リヒテンベルガー侯爵家のプライベートビーチですね」
「でしょう?」
そんなことはさておいて。さっそく釣りを開始する。
砂浜での投げ釣りは初めてだ。果たして上手くいくものなのか。
まずは、ザラさんが試してみる。
「いくわよ」
「頑張れザラさん!」
『ガンバレー』
普段、柄の長い斧を使って戦っているからか、釣り竿を持つ姿が様になっている。
ザラさんは釣り竿を振り、魔石付きの糸を遠くまで飛ばした。
パラソルでも立てながら、のんびり釣れるのを待とうか。なんて話している最中に、竿の先端が大きくしなった。
「つ、釣れた!」
「本当!」
『引ケ、引ケー!!』
ザラさんが釣り竿を引いたのと同時に、砂浜に魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣の上に、魚が出現した。
「え、嘘!」
「まあ!」
『スゴーーーイ!!』
ビッチビッチと跳ねる魚は、私の背丈よりも大きい。かなりの大物を、釣り上げてしまったようだ。
固そうな鱗に覆われた巨大魚の名は、鱗鮪。
王都でも大人気な高級魚であった。
「ま、まさか鱗鮪が釣れるなんて!」
「こんなに大きな鱗鮪は初めて。驚いたわ」
『食ベヨーー!』
さっそく、アルブムは捌いて食べるつもりらしい。いそいそと、背中に背負っていた鞄からアルブム専用のナイフを取り出していた。
「ザラさん、鱗鮪の捌きかた、ご存じですか?」
「ええ。以前務めていた食堂で、教わったわ」
「よかったです。私やアルブムに、捌きかたを教えていただけます?」
「ええ、もちろん」
そんなわけで、鱗鮪の解体が始まった。
鱗鮪には拳大の大きな鱗が付いていた。これを、一枚一枚剥いでいく。
「この鱗、防御力がかなり高いようで、高値で買い取ってもらえるの」
「そうだったのですね」
鱗鮪の鱗はガラスのように分厚くで、水晶のように透き通っている。これで鎧を作ったら、防御力が高くなりそうだ。
高く買い取ってもらえるとのことで、剥いだ鱗はきれいに洗って持ち帰る。
普通の包丁では切れないだろうということで、アイスコレッタ卿がもしものときのためにと私達に預けていた聖剣を使って鱗鮪を切り分けた。
鱗を取り終わったら頭を切り下ろし、そこから三枚下ろしにする。
ザラさんは聖剣を上手く操り、鱗鮪を捌いていく。
まずは背と腹の身に分け、アルブムがその辺で摘んできた巨大な葉っぱの上に置く。
ザラさんの手によって、どんどん切り分けられていった。
「メルちゃん、ここのお腹の辺りの身はトロといって、濃厚でおいしいの。生で食べる人も多いのよ」
「な、生ですか?」
「ええ」
ザラさんが切り分けたトロの部分を、アルブムは受け取って食べ始める。
『ワー、オイシー!』
はぐはぐと生の魚を食べるアルブムは、野生動物にしか見えなかった。
「あの、アルブム。野生返りしてない?」
『シテナイヨー!』
「メルちゃん、無理して食べなくてもいいからね」
「いえ、ザラさんオススメの部位なので、食べたいです」
生の魚には、大豆から作ったソースが合うという。
さっそくいただいた。
「え、おいしい!!」
生臭さはいっさいなく、舌の上でとろけるおいしい魚である。
「生の魚がこんなにおいしいなんて」
「トロは特別よね。私も他の魚の生食はほとんどの種類で無理なんだけれど、トロは大好きなの」
「わかります」
続いて紹介されたのも、驚くべきものだった。
それは、鱗鮪の頭部の丸焼き。
なんでも頭部にはおいしいホホ肉があり、火で炙って食べるとおいしいのだとか。
火を熾し、頭部のみを炙っていく。その様子は、どこか不思議な光景であった。
焼き上がった頭部は、ザラさんがナイフで身を削いでくれた。
「はい、メルちゃん」
「ありがとうございます」
「これはアルブムの分」
『ワーイ!』
こちらは塩をパッパと振っていただく。
「えっ、うわっ、お、おいしい!」
先ほど食べたトロとはまた異なる味わいで、食感は肉に近いのかもしれない。
噛むとじゅわ~っと旨みが溢れてくる。
それ以外にも、さまざまな部位を堪能した。
一匹でこれだけ味わいが異なる魚も珍しいだろう。
食べきれなかった分は、すべてオイル漬けにして瓶に詰めた。
解してパンに挟んだり、お酒のつまみにしたり、野菜と一緒に炒めたりしてもおいしいだろう。
そんなわけで、大満足な釣り大会となった。




