ザラの、美意識に関するあれやこれ
ザラが第二部隊にいた時代のお話です。
リーゼロッテ~の後編は、もうしばしお待ちくださいm(__)m
天候が穏やかな昼下がり。
食堂から戻り、休憩所で休んでいたウルガスはザラにある指摘をされる。
「あらジュン、袖のボタンが取れかけているわ」
「あ、本当ですね。さっき、小屋の屋根を修繕しているときに、引っかけたのかもしれません」
「シャツを脱いでちょうだい。縫ってあげるから」
「いや、大丈夫ですよ。あとで、自分で縫います」
「いいから、渡しなさいな」
「でしたら、お言葉に甘えて。その、お願いします」
休憩所に女性陣はいなかったので、ウルガスはシャツを脱いでザラに手渡した。
ザラはポケットから裁縫道具を取り出し、ウルガスのボタンを縫い始める。
「アートさん、裁縫道具を持ち歩いているんですね」
「ええ」
「女子力高いですね」
ザラの動きが、ピタリと止まる。
にっこりと微笑みを浮かべ、ウルガスに言葉を返した。
「ジュン、こういうのはね、女子力ではなく、人間力って言うのよ。炊事、洗濯、掃除、裁縫まで、女性の仕事と決めつけるのは、よくないわ」
「言われてみればそうですね。今度から、注意しておきます」
そんな会話をしている間に、ザラはウルガスのシャツにボタンを縫い付けた。
「はい、どうぞ」
「わー、ありがとうございます」
「今度から、身だしなみには気を付けるのよ。ロッカーでいいから、裁縫道具は持っておきなさい」
「了解です」
ザラは午後から研修のようで、早めに出ていく。
入れ替わるように、ルードティンク隊長とベルリー副隊長が休憩所にやってきた。
ルードティンク隊長は苛立っているようで、後頭部をかきむしっていた。
「あれ、隊長、どうかしたんですか?」
「ザラだよ! 乳母みたいに、ネチネチと注意しやがって!」
今日は、騎士隊の制服を着崩している件について指摘されたようだ。
「今日はリスリス衛生兵が休みだからな。ザラも容赦がない」
「リスリス衛生兵がいないと、どうして容赦がなくなるのですか?」
「あいつ、リスリスの前だと、猫を被っているんだよ」
「それもあるが、リスリス衛生兵がいると、服装の乱れを注意してくれるからな。ザラが言わなくても、きちんと着こなしていたのだろう」
「ああ、なるほど」
メルがいるときは、タイの歪みやボタンの掛け違いなど、気がついたらどんどん注意する。
「たしかにリスリス衛生兵がいたら、服装が乱れそうな行動は指摘してくれますよね」
ルードティンク隊長とベルリー副隊長は同時に頷く。
「ザラは、まあ、あれでもだいぶ丸くなったんだがな」
「そうなんですか?」
「俺の指導をしていた時代は、美意識の悪魔と呼ばれていた」
「び、美意識の、悪魔!?」
服装の乱れは精神の乱れ。
ザラはそう主張し、ちょっとでも服が汚れたり、髪が乱れていたりしたならば、容赦なく指導をしていたようだ。
「ウルガス、気を付けておけよ。ザラは、一回目は許すが、二回目は絶対に許さないからな」
「うっ、そうなんですね。神の顔も三度までという言葉もありますが、二度目から許さないと」
「あいつ、怒ると怖いから、あんまりキレさせるなよ」
「了解です」
ウルガスはガクブルと震えながら、頷いた。
「それにしても、アートさんって自分に厳しく、他人にも厳しくって感じだったんですね」
「まあ、そうだな」
「どうして、そこまで徹底的に厳しくできるのでしょうか?」
「さあな」
ルードティンク隊長はぶっきらぼうに呟き、部屋から出て行った。
「あれ、俺、聞いてはいけないことを聞いてしまったのでしょうか?」
「隊長は、あまり他人の話をしたがらないからな」
「なるほど」
勝手に聞き出すのも悪い気がした。知りたかったら、本人に聞いたほうがいいのだろう。
後日、ウルガスは再びザラとふたりきりとなる。
勇気を振り絞って、ザラの美意識に対する思いについて質問してみた。
「あの、アートさん。アートさんって、どうしてそんなに綺麗にこだわるのですか?」
「私? どうして?」
「いや、あの、正直に言えば、単なる好奇心なのですが」
怒られるかと思いきや、ザラは笑いだす。
「ジュン、あなたって、本当に正直者ね」
「いえ……。その、すみません」
「いいのよ。正直さに免じて、特別に教えてあげるわ」
ザラは遠い目をしながら、話し始める。
故郷から王都にやってきた当時の話を。
「私が、辺境にある、地図にも描かれていないような雪国の出身だったのは知っているわよね?」
「あ、はい。フォルトナーナ、でしたっけ?」
「そう。来たばかりのころは、どうしようもなくバカにされてね」
「どうしてですか?」
「まあ、簡単に言えば、見た目がどうしようもない田舎者だったからよ。人はね、驚くほど、見た目で判断するの」
自分だけがバカにされるのはいい。けれど、故郷の者までバカにされるのは我慢ならなかったようだ。
「それから、誰よりも綺麗になって、見返してやろうと思ったの。その結果、自分にも自信が持てるようになったわ。美意識は、自分を守る盾となるの。それがわかってから、他人にもそれを強いるようになってしまったのよね」
ザラは眉尻を下げ、「ごめんなさいね」と呟く。
「でも、綺麗になることが、いいことばかりではなかったわ」
「それは、どうしてですか?」
「遊び慣れていて、楽しい時間を過ごさせてくれると、期待されてしまうのよ」
「あー、それは、嫌ですねえ」
「そうなの。一度、騎士を休職していた理由もそれよ」
働いていた食堂でも同じように期待されてしまったので、一時期は明るくふるまっていたのだという。
「でも、疲れちゃって」
ザラは明るく陽気な性格ではない。
大人しく、静かにしているのが好きな人物なのだろう。
メルと一緒に、無言で刺繍をしている姿を見たときには、ウルガスも驚いたものだ。
けれどそれが、本当のザラだという。
派手な見た目だと、勘違いをされてしまうのだ。
「第二部隊では、誰も私に期待しないでしょう? それが、ありがたいなって」
「そうだったのですね」
「人生、何事もほどほどにっていう話よ。極めてしまうと、別の苦労が生まれてくるの」
「勉強になりました」
話はそれで終わりかと思っていたが、引き留められる。
「あら、ジュン。襟のボタンが、取れているわ」
「あ、本当ですね」
ここで、ウルガスはふと思い出す。
以前、ザラに裁縫道具をロッカーに入れておくようにと言われていたことを。
「今日は、自分でできるわね?」
「え、いや、その……」
「まさか、裁縫道具がないなんて、言わないわよね」
「あ、あの、えーっと、その……持って、ないです」
そう答えた途端、ザラの表情が怒りに染まる。
「ジュン、ちゃんと、裁縫道具はロッカーに置いておくように言っていたでしょう!?」
「ひ、ひえええ、ご、ごめんなさい!!」
「服装が乱れていると、あなただけが悪く言われるわけではないの。第二部隊や、隊長の名誉に傷が付くかもしれないのよ!?」
「は、はい。おっしゃるとおりです!」
ガミガミと、厳しく怒られてしまう。
ザラは怒らせると怖い。
ルードティンク隊長の言うとおりであった。
平謝りしながら、今日、帰りがけに裁縫道具を買おうと心に誓うウルガスであった。




