リーゼロッテの初恋 中編
ついに、リーゼロッテの想い人に会いに行く前日となった。
部屋の隅では、アルブムがルーチェとパンケーキに荷造りの指導をしている。
『イツ何時、何ガ起コルカ、ワカラナイカラネ! 食糧ハ、シッカリ、身ニ着ケテオクヨウニ』
アルブムの尊大な物言いに、神妙な面持ちで頷くルーチェとパンケーキ。
そして、唐草模様の布を広げ、それぞれ確保した食糧を並べている。
アルブムはパンに森林檎、乾燥ナッツに干し肉を包んでいるようだ。
ルーチェはクッキーにチョコレート、角砂糖と甘い物ばかり。
パンケーキは幻獣保護局から支給された果物と、蜂蜜、ベリーの砂糖煮込みの瓶を持っていくようだ。
『包ミカタハ、コウシテ、コウ!!』
アルブムの言動に、ふと既視感を覚える。
しばし考えたら、思い出した。
あの荷造りの指導は、私がアルブムに教えてあげたものだ。言葉の一言一句、同じである。
遠征に行く際、万が一はぐれた場合を想定して、アルブムに食糧を持ち歩くよう助言していた。
まさか、巡り巡って、アルブムが指導する側に回っているなんて。
アルブムの成長に、涙がにじんでくる。
と、感動している場合でなかった。私も、荷造りの最終確認をしなければ。
旅は二泊三日。
三日分のドレスを用意したとリーゼロッテは言っていたが、九着分ものドレスが部屋に届けられたときには天井を仰いだ。
なぜ、朝、昼、晩と着替える?
ザラさんに相談してみたら、貴族は一日に何回も着替える生き物だというのを教えてもらった。
そういえば、この家に引っ越してきたばかりのときも、よく侍女さんから「お着替えをなさいますか?」と聞かれていたような。
私が「あ、このままで」と毎回答えていたからか、今は聞かれなくなっていたが。
ちなみに、ザラさんがお仕えしている某王族は、一日に六回以上着替える日もあるのだという。
なんというか、大変だ。
しかしながら、三回でもお着替えは多すぎる。せめて二着。いいや、せっかく用意してもらったのだから、お屋敷に一日滞在する日だけ三着持って行くか。
ザラさんに相談したところ、それでいいという。
極力荷物は必要最低限としたが、最終的に鞄は三つになってしまった。
アルブム達が羨ましくなってしまう。彼らは、自前の毛皮が一張羅だし。
それからリーゼロッテのお付きが務まるのかも、心配である。
侍女は連れて行かないというので、不安は募る一方だ。
「まあでも、気にしていても仕方がないことですね」
もう寝よう。たぶん、なんとかなるだろうから。
アルブムやルーチェ、パンケーキに声をかけ、眠りに就くこととなった。
◇◇◇
旅行当日――天気に恵まれ、気持ちのいい朝であった。
私はリーゼロッテが用意してくれたひよこ色のモーニングドレスに身を包み、髪はハーフアップにまとめておく。以前ザラさんが贈ってくれた、ベルベットのリボンを結んだら、貴族のお嬢様っぽい雰囲気になった。
しかし、あまり自信がないので、アメリアやステラに感想を求めてみる。
「あの、アメリア、ステラ、このドレス、似合っている?」
『クエックエックエー』
『クウ、クウクウ、クウン!』
アメリアは「よく似合っている。可愛いよ」と言ってくれた。
思わず、頬が緩んでしまう。
ステラは、「お姫様みたい」と褒めてくれる。
最近、ルーチェやパンケーキの寝かせ付けるさいに、お姫様が登場する本を読んでいる。その挿絵を、ステラも見ていたのだろう。
エスメラルダも、ポツリと感想を呟いてくれた。
『キュキュ、キュウン』
「あ、ほ、本当? ありがとう」
エスメラルダは「まあまあいいんじゃない?」と言ってくれた。
最大の褒め言葉だろう。
問題なく着こなしているというので、ザラさんに見せに行くことにした。
「ザラさーん、見てくださ――ウッ、眩しい!!」
とんでもない美女が、窓際の椅子に座っていた。もちろん、ザラさんである。
長い金のカツラを結い上げ、葡萄酒色のドレスを品よく着こなし、優雅な雰囲気をこれでもかと漂わせていた。
「あら、メルちゃん。とってもきれいよ!」
「いや、ザラさんのほうこそ、おきれいで」
「ありがとう」
これが、ザラさんの本気の女装。
想像以上に、美しかった。
いや、ずっと一緒にいるのだから、これくらいの美しさ、想像できてもいいのに。
もしかしたら、今回は侍女役なので、控えめな美しさを演出している可能性もある。
ザラさん、恐ろしい子……!
改めて、そう思ってしまった。
続いて、リーゼロッテもやってくる。
ゆるふわに巻いた髪に、真珠のカチューシャを差していた。ライムグリーンの明るいドレスに、踵の高い靴を合わせている。
いつもは暗い色のドレスばかりまとっていたが、今日は温かみのある色合いばかり合わせている。それは、気持ちの変化からなのだろうか。
「ど、どうかしら? こういう明るい服を、今まで着たことがなかったんだけれど」
「リーゼロッテ、すごくすてきです」
「ええ。よく似合っているわ」
私達の言葉を聞いたリーゼロッテは、頬を染めてはにかむように笑った。
きっと、好きな人のために頑張ったのだろう。
恋ってすてきだなと、改めて思ってしまった。




