リーゼロッテの初恋 前編
リーゼロッテが「相談があるの」と言って訪問してくる。
話を聞いて欲しい相手は私だけでなく、ザラさんもらしい。
ティールブルーのシックなワンピースに身を包んだリーゼロッテが訪問してくる。
こうして見ていると、貴族のお嬢様、といった感じだ。つい一年前まで、遠征部隊に所属していて泥だらけで冒険していた人にはとても見えない。
「これ、よろしかったら、ふたりで食べて」
リーゼロッテがお土産として持ってきてくれたのは、侯爵家の料理人が作ったクッキーである。
「ごめんなさいね。ふたりとも、時機を合わせて休みを取っているんでしょう? 邪魔してしまって、悪かったわ」
「いいのよ、ぜんぜん気にしていないから。ねえ、メルちゃん?」
「ええ」
今日は特に、何かしようと約束しているわけではなかった。
「ふたりとも、ありがとう」
「あら、いつもより殊勝じゃない?」
「そんなことないわ。いつもの、わたくしよ?」
ザラさんの言うとおり、今日のリーゼロッテは元気がないというか、覇気に欠けるというか。
相談とはいったい何なのか。
幻獣関係だと思っていたが、なんだかもじもじしていて話し始めそうにない。
それに、使用人達が持ってきた、謎の鞄の山も気になっていた。いったい、何を持ってきたのか。
「それでリーゼロッテ、相談ってなんなの?」
ついに、ザラさんが切り込んだ。
それでもリーゼロッテは、話し始めようとしない。
「リーゼロッテ、さくっと話したほうが、楽になりますよ」
「え、ええ。そうよね」
リーゼロッテは胸を押さえ、すーはーと深呼吸する。
そして、意を決したのか、ある事情を話し始めた。
「実は、ある男性から、結婚の申し入れがあったの」
「あら、そうなの?」
「リーゼロッテ、おめでとうございます」
なんでも地方に広い領地を持つ貴族で、幻獣愛好家でもあるらしい。
顔を合わせたことはないものの、数ヶ月もの間文通をしていたようだ。
年は、リーゼロッテよりも五歳年上だという。
届いた姿絵は、とても優しそうな男性だったと。
幻獣を心から愛しており、リーゼロッテのことも理解してくれるらしい。
語るリーゼロッテは、恋する少女のような表情だった。
「それで……ぜひ、わたくしを妻として迎えたいとおっしゃっていて」
幻獣大好きなリーゼロッテを受け入れてくれるようだ。
またとない、結婚相手だという。
「でも、お父様が結婚を大反対していて」
「あらら、そうだったのですね」
「娘を嫁に出さないつもりなのかしら」
「本当に、頑固で」
なんでも、国内に自分以上の幻獣好きなどいないと、激昂しているのだとか。
侯爵様よ、なぜ、そこで張り合う。
娘を嫁に出す父親の、悲しい性なのかもしれないが。
リーゼロッテは一度、求婚してきた男性に会いに行く予定だという。
だが、侯爵様はそれすら反対しているようだ。
「それで、わたくし、家出をしてきたの」
「ああ、なるほど。鞄の山は、リーゼロッテの私物だったわけですね」
「ええ、それもあるけれど――」
「けれど?」
ザラさんと、声がハモってしまう。
リーゼロッテは深々と頭を下げ、私とザラさんに懇願した。
「お願い! 求婚相手の屋敷に、一緒についてきてもらえるかしら?」
なるほど。これが、リーゼロッテの相談であったと。
たしかに、言いにくいことだろう。
ザラさんの顔を見る。すると、笑顔でこくりと頷いてくれた。
「リーゼロッテ、いいですよ」
そう答えた瞬間、不安げだったリーゼロッテの表情がパッと明るくなる。
「私も、付き合うわ。ちょうど、上司から年休を使えって言われていたの」
「私のほうも、今月、ルードティンク隊長が研修に行く期間があるので、その間だったら休みが取れると思うんです」
「ふたりとも、ありがとう」
リーゼロッテは突然、ポロポロと涙を零し始めた。
誰にも相談せずに、もやもやを抱え込んでいたらしい。
ザラさんが、レースのハンカチを差し出す。受け取ったリーゼロッテは、涙を拭っていた。
私はリーゼロッテの隣に座り、微かに震える彼女を抱きしめてあげる。
「リーゼロッテ、大丈夫です。私達が、一緒に付きそうので。何も、心配はいりませんよ」
「メル、嬉しい……!」
泣き止んだリーゼロッテは、私とザラさんにドレスを見せてくれた。
「これ、メルとザラ・アート用に買ったものなの!」
「え、わざわざ、買ったのですか?」
「ええ。よそ行きの衣装は、必要でしょう?」
私のものはともかくとして、ザラさんが着られるような寸法のドレスがあるなんて。
「っていうか、私、女装なのね」
「嫌なの?」
「いや、普通に嬉しいけれど」
久しぶりに、全力の女装をしたザラさんを拝見できるようだ。私まで、嬉しくなる。
「幻獣組は、どうしましょう」
「大型の子達は、難しいわね。それから、エスメラルダも」
「そうですね」
アメリアとステラ、エスメラルダはお留守番組になりそうだ。
「ブランシュやノワールも無理ね。馬車で大人しくしているわけがないし」
「だったら、連れて行くのは、ルーチェとパンケーキ、それから妖精ですが、アルブムとニクス。こんな感じですかね」
「ええ、そうね」
そんなわけで、リーゼロッテの想い人に会いに行く計画が練られた。




