侯爵様とバカンスを 後編
樹上には熟した芒果がたわわに実っていた。諦められない。
「メルちゃん、やっぱり私が樹に登って取りに行くわ」
「そんなザラさん、危険です」
「ヘビもいるって言っていたから、樹に巻きついていたら危険でしょう?」
「ヘビ……!」
ヘビは毒がない個体であれば、捕まえて串焼きにして食べていた。リスリス家では、貴重なお肉であった。
ヘビまで食べていたなんて言ったら、ザラさんにドン引きされるだろう。ここは、「ヘビは平気です」なんて言わずに黙っておく。
「ちょっと待っていてね。すぐに採ってくるから」
ザラさんはそう言って、踝まであるスカートをたくし上げて腰の部分で結ぶ。すらりと長い脚が、惜しげもなくあらわとなった。
「ザ、ザラさん、あ、脚が、見えています!!」
「え?」
「え?」
時が止まる。
ザラさんは脚の露出に関して、気にしていないようだった。
「え、あの、ザラさんの脚、見せたらダメじゃないですか?」
「あのね、メルちゃん。女性が露出させていたら問題だけれど、私は男だから大丈夫なのよ」
「いや、でも、ザラさんくらい美しい人の脚は、保護されるべきなんですよ。他人に見せたら、ダメです」
「大丈夫。メルちゃんにしか見せないから」
「あ、なるほど!」
そんなわけで、ザラさんの美しい脚は見てもいいらしい。
裸足になったザラさんは、どんどん樹を登っていく。
なんだろうか。この、イケナイものを見ている気になってしまうのは。
かと言って、目をそらすことはできなかった。するすると登っていくザラさんを、下からガン見してしまう。
なんていうか……美しさは罪だ。
樹上でもいだ芒果を、ザラさんはスカートを袋状にしたものに入れて飛び降りてきた。
「見て、メルちゃん。こんなに採れたわ」
「さすがです」
持ってきていたニクスに入れて、ほくほく気分で砂浜に戻る。
一時間ほど森を歩いていたのか。
砂浜では、驚きの光景を目撃してしまう。
『オ肉ノ串焼キ、焼ケテイルヨー!』
なんと、あのアルブムが自分で焼いた肉を配っているではないか。
てっきり、自分で食べるようだと思っていたのに。
『アー、パンケーキノ娘モ、食ベテイキナヨオ!』
「アルブム、いいのですか?」
『イイヨオ』
ザラさんの分と、ふた串いただいた。侯爵様が立てた予算で購入したいいお肉なので、当然ながらおいしい。やわらかくて、ジューシーで、味付けは塩胡椒とシンプルだが、肉汁が上質なソースみたいで、とってもおいしかった。
「アルブム、この串焼き肉、いい焼け具合でしたよ」
『ヨカッター!』
アルブムは尻尾をぶんぶん振りながら、上機嫌な様子だった。
他の人は何をしているのか。
隊長とミルは、砂浜にウルガスを埋めて楽しんでいた。
「おい、小リスリス、ウルガスの股間に砂盛っておけ」
「え、なんで?」
バカみたいな指示に、真顔で質問するミルってば恐ろしい子……!
「っていうかルードティンク隊長、ミルに変な命令しないでください!!」
「すまんな、大リスリス」
「誰が大リスリスですか!!」
ちなみに、隊長の奥様であるメリーナさんは、果物のジュースを片手に読書していた。なんていうか、優雅な過ごし方である。
ガルさんと奥様であるフレデリカさんは、スラちゃんを交えて砂の城を築いていた。
砂の山を伸ばした手でてんてんてんてん!! と連続で叩くスラちゃんが可愛すぎる。
ほっこりする家族だ。
ステラはベルリー副隊長と共に海で泳いでいた。
なんだか楽しそう。人見知りのステラだが、ベルリー副隊長には心を許している様子だった。
いい雰囲気で、ほっこりする。
ザバー!! と大きな音がしたかと思えば、海の中から鎧姿のアイスコレッタ卿がでてきた。
まさか、鎧姿のままで泳いでいるなんて。
さらに、腕には巨大な魚が抱かれていた。
「これぞ、海のすろーらいふなり!!」
なんだか謎の言葉を叫んでいる。こちらも楽しそうで何よりだ。
一カ所に、幻獣達が集まっていた。何をしているのかと思って覗き込む。
中心にアリタがいて、果物の皮を剥いているようだった。
『みんな、ちょっと待っていてね』
ただ剥くだけではない。薔薇の形だったり、水鳥の形だったり。
芸術的なカットを施していた。これらが、幻獣女子達の心を鷲づかみしているようだ。
アメリアは瞳を輝かせながら、『きれいすぎて食べられな~い』などと言っていた。
ここでもリヒテンベルガー家の親子は、キラキラ輝く瞳で幻獣を愛でていた。
「メルちゃん、この芒果で、何か作りましょうか」
「いいですね」
暑いので、サッパリいただけるものがいいだろう。
話し合った結果、ラッシーという飲み物を作ってみることにした。
「メルちゃんは芒果を剥いて、乳鉢ですってくれる? 私はジュースを準備するから」
「了解です」
芒果はナイフを入れただけで、じゅわーっと果汁が溢れてくる。剥きにくいが、頑張るしかない。
ザラさんは牛乳とヨーグルト、砂糖を混ぜてラッシーのもととなるジュースを作っていた。途中から、皮剥きを手伝ってくれた。
すった芒果をジュースに混ぜたら、芒果ラッシーの完成である。
氷の魔石で冷やして飲むようだ。
みんなに配ったら、大好評だった。サッパリしていて、ごくごく飲めるおいしいジュースであった。
夜は、巨大な焚き火を作り、アイスコレッタ卿が獲ってきた巨大魚の塩焼きを作る。
それがびっくりするほどおいしくて、大いに盛り上がった。
そして――砂浜に天幕を張って、一夜を過ごす。
ミルはベルリー副隊長を抱き枕に眠っていた。「おいおいおい」と突っ込み、引き離そうとしたが離れなかった。ベルリー副隊長は淡く微笑みながら、「大丈夫だ。寝かせておけ」と言ってくださった。なんて優しい御方なのか……。
厚かましい妹氏には、明日説教しておく。
それにしても、遊び回ってしまったので瞼が重い。
うとうとしかかった瞬間、隣に寝転がったリーゼロッテが耳元で囁いた。
「メル、お父様、楽しそうだったわ。めずらしく、はしゃいでいたし」
「それはそれは、よかったです」
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうですよ」
侯爵様のために提案した催しであったが、私も一日めいっぱい楽しんだ。
「また、来年もきましょうね」
「ええ」
そんなことを話しながら、眠りに就く。
本当に、楽しい一日だった。




