侯爵様とバカンスを 前編
侯爵様がお休みを取らない。
そんな悩みをリーゼロッテから打ち明けられた。
なんでも、侯爵様は仕事人間らしい。そんな気はしていたが。
「メルからも、何か言ってくれない?」
「いや、私が何か言って休んでくれるような人には思えないのですが」
リーゼロッテは小さな声で、「たしかに」と呟く。
「一回、お父様の靴を全部隠したことがあったのだけれど、厠の履き物で出勤してしまったの」
「筋金入りの仕事人間ですね」
「そうなの。馬車を全部外に出しても、徒歩で職場に行ってしまうし」
「幻獣保護局の局長室を、釘で打って中に入れないようにしたらどうですか?」
「きっと、魔法でこじ開けると思うわ」
「うわ、つよい……!」
働き過ぎるのも、よくないだろう。どこかで息抜きをしないと、知らないうちに心と体が疲弊してしまう。
「だったら、いっそのこと、みんなでバカンスに行くのはどうですか?」
「バカンス?」
「はい! 幻獣を連れて、南の島で海水浴したり、お肉を焼いて食べたり、焚き火を囲んで夜空を見上げたり」
「楽しそうね」
「でしょう?」
リヒテンベルガー家の領地に、南の島があるらしい。そこは、南国果物を作っているのだとか。
島民はおらず、三日に一度世話をしにくるらしい。
「自動の水やり装置があるから、基本的には人の手を使わずに育てているようなの。先代はよく、バカンスに行っていたそうよ」
「では、その島に遊びに行きましょう」
とりあえず、アメリアとステラ、エスメラルダにルーチェ、アルブムとパンケーキには参加してもらう。
「ザラ・アートも、休みがあれば誘いなさいな」
「いいのですか?」
一時期、リーゼロッテとザラさんの仲は悪かった。しかし、最近はそうでもないという。
「出会ったばかりのころはいけ好かない男だと思っていたけれど、今は良好な関係を結んでいるわ」
リーゼロッテが熱を注いでいる化粧品事業の試作品を、ザラさんに試してもらっているらしい。
ずばりと、的確な感想をもらえるようだ。
「悔しいけれど、あの人、私より化粧品について理解しているの。肌もきれいだし」
「ザラさんの美への追究は、とんでもないですからね」
お風呂上がりの二時間、髪と肌の手入れをしていると聞いたときは、とても真似できないと思った。
「あとは、第二部隊の人達も、誘ってあげてもいいわよ」
「そうですね。ベルリー副隊長やガルさんも、リーゼロッテに会いたいと言っていましたし」
「そ、そんなことを言っていたの?」
「はい」
みんな、リーゼロッテのことが大好きなのだ。今でも、大切な仲間のひとりなのである。
「問題は、侯爵様がお誘いに乗ってくれるか、ですけれど」
「そうね……」
こうなったら、幻獣の力を借りるしかない。
「リーゼロッテ、私に任せてください」
「メル、お願いね」
「頑張ります」
後日、アメリアとステラ、ルーチェを連れて、侯爵様と面会する。
私だけではなくアメリアとステラ、ルーチェも同行していたので、侯爵様の瞳がキラリと輝いた。
威厳たっぷりの顔をしていたのだが、ルーチェが侯爵様のほうへ飛んで行くと、途端にデレッと表情が崩れた。
人見知りしないルーチェのみが、なせるわざだろう。
「それで、なんの用事だ」
「今度、リーゼロッテとリヒテンベルガー家が所有する南の島へ行くことになったのですが、侯爵様もどうかな、と」
「若い者達だけで行けばいいではないか。私は、遠慮しておこう」
この反応は、想定していた。ここからが本番である。
アメリアとステラを交互に見る。ふたりとも、わかったとばかりにコクリと頷いていた。
『クエ~、クエクエ』
『くう、くうくうん』
「え、なんだって!?」
大げさに聞き返す。
アメリアはチラチラと侯爵様を見つつ、クエクエ鳴いていた。
「いや、でも、侯爵様はお忙しいですし」
「おい、なんと言っているのだ?」
「アメリアやステラが、侯爵様も一緒のほうが楽しいって聞かなくって。お忙しいから、無理ですよねえ?」
「いや、行こう!」
即決即断であった。作戦通りである。
「では、一週間後に、みんなでバカンスということで!」
「まあ、私も忙しいのだが、アメリアやステラが、どうしてもと言うから、保護者として同行してやる」
「やったー!」
そんなわけで、まんまと作戦に乗せられた侯爵様と一緒に、バカンスに出かけることとなった。




