メルとアルブムとシーチキン
穏やかな午後。
ひとり、台所に立って兵糧作りを行う。
本日作るのは、鱗鮪のオイル煮込み。
市場で大売り出しをしていたので、奮発して買った。
まな板からはみ出るほど大きいが、これでもかなり小さいほうらしい。なんでも、ルードティンク隊長くらいの大きさの個体もいるようだ。そんな大きな鱗鮪なんて、想像もできないが。
そんな鱗鮪を買ったのには、理由がある。
兵糧といえば、肉メイン。
だがしかし、遠征に行くと、無性に魚を食べたくなるときがあるのだ。そんなときに限って、魚のいない地域だったりする。
鱗鮪のオイル煮込みがあれば、魚食べたい欲も満足するだろう。
さっそく、調理に取りかかる。
まず、鱗鮪をさばく。お腹に包丁を入れて、腸を取り出すのだ。頭を切り落としたあと、三枚おろしにする。
中骨を取ったものは、けっこう身がついている。アルブムが食べるだろうと思って、塩を振って焼いておいた。
皮を剥いだら、ようやく調理に取りかかれる。
と、ここでアルブムがひょっこりやってきた。
「あれ、アルブム、ひとりですか?」
『パンケーキハ、広場デ、日向ボッコシテイルヨオ』
「そうなんですね」
ザラさんの故郷で保護した銀色の毛並みの美しい山猫、パンケーキはアルブムと契約を交わしている。最初のころはアルブムにべったりだったが、最近は親離れ(?)したのか、四六時中一緒にいなくても平気みたいだ。
『パンケーキノ娘ェ、何カ、手伝オウカ~?』
「アルブム。いいところに来ました! 広場の端にローゼマリーがあるので、摘んできてくれますか?」
『了解~~』
最近こっそり、騎士舎の端っこに薬草園を作っているのだ。ルードティンク隊長は自生している葉っぱだと思っているだろう。ゆくゆくは菜園を作りたいが、さすがに野菜だとバレそうだ。
アルブムを待つ間に、調理を進める。まず、深い鍋に鱗鮪を並べ、オリヴィエ油をひたひたになるまで注ぐ。そこに、薬草ニンニクと塩を加える。
『パンケーキノ娘ェ、摘ンデ来タヨオ~!』
鼻先を泥で汚したアルブムが戻ってくる。お礼を言ってローゼマリーを受け取り、汚れた鼻先を濡らした布巾でゴシゴシ拭いてあげた。
鍋にローゼマリーを入れて、弱火で煮込むのだ。
「アルブム、そこにある中骨を焼いたやつを食べてもいいですよ」
『ヤッター!』
三匹分あるので、食べ応えがあるだろう。
中骨を前にしたアルブムは、私を振り返って問いかける。
『ア、アノー、コレ、モシカシテ、全部アルブムチャンノ?』
「そうですよ」
『イイノ?』
「ええ、どうぞ」
アルブムの尻尾が、左右にぶんぶん揺れる。よほど、嬉しかったのだろう。
『ワーイ、ヤッター! ア!!』
「どうかしたのですか?」
再び振り返ったアルブムが、遠慮がちに聞いてくる。
『パンケーキノ娘モ、一緒ニ、食ベル?』
「私はいいですよ。アルブムが食べてください」
『デモー、一緒ニ食ベタホウガ、オイシイカラ』
なんということだ。アルブムが食べ物を譲ってくれるなんて。
遠慮をするのは野暮というものだろう。ありがたく、一緒にたべさせていただく。
塩を振っただけのシンプルすぎる味付けだったが、焼いた鱗鮪は信じられないくらいおいしかった。
「うわー、おいしい! やばいですね!」
『ウン! ヤバイオイシーヨ!』
と、味わっている間に鱗鮪のオイル煮込みが完成する。
煮沸消毒した瓶にオイルごと詰めたら、できあがり。
「アルブムのおかげで、手早く仕上げることができました。ありがとうございます」
アルブムは胸を張り、誇らしげな様子でいた。
何年経っても、アルブムはこのままでいてほしいと思う日の話であった。
次回、侯爵様と一緒にバカンス編!!




