悩み事があるならば、スラちゃんに任せなさい! その三
朝――ガルが昨日あった研修の報告書を提出する。
受け取るルードティンク隊長は、上の空な様子で受け取っていた。
ガルの肩に腰掛けていたスラちゃんは、ピンとくる。
あれは、悩みを抱える者の表情だと。あの様子だと、数日間は悩んでいるだろう。相談に、乗ってあげなければ。
スラちゃんはガルの肩をポンポンと叩き、手のひらへ飛び乗る。
身振り手振りでルードティンク隊長の様子がおかしいと説明し、相談に乗ってあげるという旨を説明した。
ガルはコクリと頷き、スラちゃんをルードティンク隊長の執務机にそっと置いた。
それにも気づかないほど、ルードティンク隊長は何か思い悩み、ぼんやりしていたのだ。
ガルが退室したあと、スラちゃんはルードティンク隊長の手の甲をペタペタと叩く。
「どわーーー!!」
見事な驚きっぷりであった。スラちゃんは「ごめんごめん」と、手を振って謝る。
「なんだ、スラ。どうしたんだ?」
どうしたと問いかけたいのは、ルードティンク隊長のほうである。そんなことを、身振り手振りで伝えた。
「あ、俺か。俺は別に何も――なくはないな」
スラちゃんは「そうだろう、そうだろう」とコクコクと頷く。
ルードティンク隊長は明らかに、何かに悩んでいた。
どれ、スラちゃんに話してみなさいと、胸をどん! と打つ。
「いや、まあ、大した悩みではないのだが――」
ルードティンク隊長はぽつり、ぽつりと話し始めた。
「明日がメリーナの誕生日なんだが――」
メリーナというのは、ルードティンク隊長の妻である。最近結婚し、新婚ほやほやなのだ。
「何がほしいか聞いたら、今の時季に川で釣れる、大鮭メガ・サモンを食いたいって言うんだ」
あまりにもおいしいことから、釣った人がそのまま食べてしまうらしい。そのため、市場にはほとんど出ないと。鮮魚店にここ毎日通っていたようだが、大鮭は一度もあがらなかったようだ。
「休みの度に釣りに行っていたんだが、都合よく釣れるわけもなく――」
乱獲を防ぐために、釣りが許可された場所も限られているらしい。だから余計に、釣れないという。
ついに、メリーナの誕生日を迎える。
ちょうど明日は休みなので、釣りに行くようだが、まったく釣れる気はしないと。
記念すべき二十歳の誕生日なので、大鮭を釣ってあげたかった。けれど、こればかりはどうしようもない。
大鮭を釣れなかったと言えば、ガッカリするだろうな。そんなことを考えていたら、無限にため息が零れてしまうらしい。
スラちゃんは挙手し、明日の釣りに同行するという。
「同行して、どうするんだよ」
ちょうど、執務室にほうきが立て掛けてあった。スラちゃんは飛び移り、先端に巻きつく。
そして、細長くだらりと伸びた。床に転がっていた花瓶を拾い上げ、ルードティンク隊長に手渡す。
「もしかして、釣り糸になって、大鮭を捕まえると言いたいのか?」
スラちゃんは、親指をぐっとするような仕草を取った。
「いいのか?」
スラちゃんはコクコク頷く。
そんなわけで、スラちゃんは明日、ルードティンク隊長の釣りに同行することとなった。
◇◇◇
釣りはルードティンク隊長、ガル、スラちゃんの三名で出かけた。
ガルも、メリーナの誕生日のために、一肌脱いでくれるらしい。
馬で目的地の川まで向かい、休むことなく準備に取りかかった。
スラちゃんはガルの槍に巻きつく。
「これを、竿みたいに使えばいいんだな?」
ルードティンク隊長の質問に、ガルとスラちゃんは同時に親指をぐっとする仕草を取った。
さっそく、釣りを開始する。
ルードティンク隊長は、槍を振った。スラちゃんは遠くに飛ばされ、川の中へと飛び込む。
水中は、たくさんの魚が泳いでいた。
スラちゃんは川の色と同化し、姿が見えないようにする。
大鮭は――見つからない。
多くの漁師が狙う、極上の魚だ。どこを探しても見つからないが、諦めるわけにはいかない。
ルードティンク隊長は、一時間ほどでスラちゃんを川から引き上げた。
まだ頑張れるのにと訴えても、疲れるからと言って聞かない。
しかたがないので、しばし休む。
その間に、ガルが釣った川魚を焚き火で炙って食べる。
脂がのっていて、おいしかったらしい。
おいしい川魚を食べたあとで、釣りを再開させる。
スラちゃんは思いっきり川へ飛び込み、深い場所へと潜り込んだ。
すると、黄金色に輝く魚を発見した。
間違いない。大鮭である。
スラちゃんはスイスイ泳ぐ大鮭に追いつくため、自身の体を伸ばしていった。
ついに追いつき、大鮭の体にぐるぐるに巻きつく。
体を縮めようとしたが、大鮭は最後の力を振り絞って抵抗した。
さすが、伝説の魚と言えばいいのか。
スラちゃんは渾身の力で引くが、びくともしない。
どうすればいいのかと考えていたら、体がぐいっと引かれる。
大鮭ごと、地上へ引き上げられた。
「おりゃああああ!!」
ルードティンク隊長が、スラと大鮭を地上へと誘ってくれた。
「うわっ、大鮭じゃないか!」
体長一メトルほどの、大物である。
見事、スラちゃんの助力を得て、ルードティンク隊長は大鮭を釣り上げた。
帰りは足取り軽く、家路に就く。
大鮭を持ち帰ったルードティンク隊長を見て、メリーナは瞳が零れそうなほど驚いていた。
「ありがとう、うれしい!」
メリーナはそう言って、ルードティンク隊長が差し出した大鮭を抱きしめる。
それを見たルードティンク隊長は、「おいおい、生臭くなるだろが」と空気が読めない発言をしていた。
メリーナが怒ったのは、言うまでもない。
そんなわけで、ルードティンク隊長の悩みは、解決したのだった。
後日、メリーナから感謝状が届く。
できる妻だと、手紙を読みながら思うスラちゃんであった。




