アップルパイのアイスクリーム添え
食後の甘味は森林檎のパイ。どうやら、旬の果物のようで、森林檎祭みたいな、特別な催しを行っているようだ。
メニュー表にはたくさんの森林檎料理が書かれている。
話し合って、パイに決めたのだ。
焼き上がるのを待つ間、獄中生活について語り合う。
「俺、斜め前がおばちゃんで、すごいぐいぐい話しかけられて、最終的に運命感じたとか言われて」
ウルガス、そんな切ないことが。
優しい青年なので、きっと話を根気強く聞いたりしていたんだろうなと。
一方で、ガルさんは迷い犬を収容する独房に連れて行かれたとか。
「うわあ、ガルさん、大変だったんですね」
そこそこ酷い目に遭ったウルガスですら同情している。
犬の鳴き声を聞きながら、一人でいじけていたとか。一番衝撃的なことは、犬のほうが良い物を食べていたという点だったらしい。
肉を噛み千切っている様子を見るのが、切なかったと。
ベルリー副隊長は、女性軽犯罪者の独房に連れて行かれたらしい。
大変賑やかだったけれど、自分のペースを崩さずに過ごしていたとか。
「今回のことは戒めだと思い、三食しっかり食べ、就寝し、空いた時間は瞑想していた」
なるほど。
やっぱり、ベルリー副隊長は強い。尊敬してしまう。
ザラさんは薬の密売をしていた酒場のママ(※男性)と、ずっと口論していたらしい。
「だって、男紹介してくれって言われたから隊長を紹介しようとしたら、脳筋は嫌だって言うんだもの」
着痩せする、ほどよい筋肉の美男子をご所望だったらしい。
「何勝手に俺を紹介しているんだよ!」
「だって、ウルガスやガルさんは可哀想でしょう? 隊長なら多少は大丈夫かと思って」
「お前は、本当に酷い奴だな」
「彼……彼女、終身刑だからいいでしょう」
「そういう問題じゃねえ!」
話を聞きながら、いろんな人がいたんだなと思う。
私の周囲は誰もいなくてよかったとも。
「隊長はどうだったんですか?」
「両手足を拘束され、殺人をした犯罪者の集団牢に入っていた」
ぶはっと、ウルガスが噴き出す。
なんでも、担当騎士が隊長の顔を見て、人殺しに違いないと判断し、話も聞かずに連行したとか。
いくら山賊顔だからって、酷いと思う。
隊長は顔を顰めながら、獄中生活を語りだす。
「まず、囚人との優位性を示し合う睨み合いから始まった――」
なんか、隊長だけ厳しさが違う……。
荒れくれ者達の集団牢で、さまざまな試練を乗り越えていたらしい。
「――結果、俺は第三十二代目の牢屋主になった」
どうしてそうなった!
死刑囚の牢屋主にまで成り上がる(?)隊長っていったい……。
そんな話で盛り上がっていると、森林檎のパイが運ばれてくる。
卵黄を塗って、つやつやに輝いている生地の表面が眩しい。
店員さんがナイフで分けてくれる。
ザクっと、生地の切れるいい音がした。周囲にはふわりと甘い香りが漂う。
お皿に載せて配られると思いきや、まだ待つように言われた。
店員さんは手押し車の上にある、バケツのような鉄の入れ物の中から、匙で何かを掬い取っている。
あれは、いったい?
ポンっと、お皿に添えられたのは乳白色の何か。
「こちらは氷菓と言いまして、牛乳に砂糖と卵などを凍らせて作った冷たいお菓子です」
まさかの氷菓!
絵本の中でしか見たことがない、伝説のお菓子。
冷たくて、舌の上でとろけると書かれてあった。実際はどうなのか。
パイよりも、氷菓のほうに食いついてしまった。
森林檎のパイ、氷菓添え。
さっそくいただくことにする。
何層にも重ねて作られたパイ生地はサックサク。バターの豊かな香りが鼻を抜けた。
旬の森林檎は甘酸っぱくて言うことなし。
意外とあっさりとしていた。実に美味しい。
次に、氷菓を食べてみる。
「――うわ!」
まず、ひやりとした冷たさに驚く。
それから、濃厚な甘さが口の中に広がり、ふわりと溶けてなくなった。
これが氷菓……!
こんなに美味しいのならば、おとぎ話に出てきてもおかしくないなと思った。
「ねえ、メルちゃん、パイと一緒に食べてみて?」
「え?」
一緒に食べる物なのか。
意外に思いながら、フォークの上にパイと氷菓を乗せて一口。
「――!?」
温かいパイと、冷たい氷菓。一緒に食べると、悶えるほどの美味しさだった。
なんだこれは。
氷菓と一緒に食べることによって、パイ生地のバターの風味が際立つ。味わいもより濃厚になるのだ。
これを考えた人は、大天才だと思う。
こうして、美味しくも楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。
寮まではザラさんが送ってくれた。このあと、ブランシュを貴族様の家に迎えに行くらしい。
「そういえば」
「どうかしました」
「ブランシュを預けている家、幻獣保護局の局長の奥さんのご実家だったなって」
「うわあ、それはそれは」
拘束されたあの日に言われたことは、すべて水に流したというザラさん。
けれど、向こうはどうだったのかと。
「まあ、直接影響はないと思うけれど」
「だといいですね」
寮の門のところまできて、お別れとなる。
「ありがとうございました」
「いえいえ。部屋に戻るまで、気を抜かないでね」
「はい」
重たい鷹獅子――アメリアをしっかり抱きつつ、頭を下げる。
「では、また一週間後に」
「ええ」
ザラさんと別れ、私は寮に戻った。
◇◇◇
謹慎期間中、ほとんどアメリアの育児と記録書きで忙しかった。
すっかり元気になったアメリアは自由に歩き回り、落ち着きがない。
けれど、幻獣保護局よりもらった資料によれば、幼少期はこんな感じだと。
根気強い付き合いをしなければならない。
一週間という謹慎期間はあっという間に過ぎて行った。
成果と言えば、アメリアの頭巾に枕などを作れたくらいか。
実家から持って来ていた布の端切れがあったので、それで作ったのだ。
『クエクエ~』
女子だからか、端切れで作ったフリルに縁取られた頭巾を被り、嬉しそうに跳ねている。
頭巾を被っても、鷹獅子は鷹獅子だなと思った。あまり、変装的な意味はない。可愛いからいいか。
たった一週間だったけれど、アメリアは随分と成長した。
見た目ではあまりわからないけれど、体重が増えて持ち上げることができなくなったのだ。
相変わらず私にすり寄り、抱き上げるように悲しげな声で鳴いていたが、難しいという説明を懇々と行った。結果、わかってくれたようで、抱っこをせがんでくることもなくなった。
果物も自分で剥けるようになった。
これは習得までに五日も掛かったのだ。
汗と涙、努力の成果だろう。
夜泣きもなくなった。一度眠ったら、朝までぐっすりだ。
これは契約を交わしたことも大きいのかなと思っている。
睡眠不足の心配はしなくてよくなったので、ひとまずホッ。
甘えん坊なのは相変わらず。常に私にべったりだ。こんな状態で、仕事になるのかと不安になる。
それと、空を飛べるようになれるのかも、疑問に思っていた。
ぴくぴくと動かすことはあるけれど、飛び立つようにはためかせる様子はない。
ううむ。どうしたものか。
まあ、空を飛べたら飛べたで別の問題が発生しそうだけれど。
謹慎明け。
ザラさんと共に出勤する。
「やだ、アメリア、その頭巾可愛い! もしかして、メルちゃんが作ったの?」
「はい、頑張りました」
褒められたのがわかったのか、アメリアは自慢げに『クエ!』と短く鳴いていた。
「背中を覆うマントも作りたいのですが、翼があるので、ちょっと難しいなあと」
「そうねえ――」
ザラさんも一緒に考えてくれるらしい。心強いと思った。
騎士隊の様子は相変わらず――とも言えないかもしれない。
問題行動を起こした私達は時の人なのだろう。ちらちらと、不躾な視線を浴びる。
すべては鷹獅子と名誉のため。恥じることは何もないと思っている。
久々の朝礼となった。
開口一番に、隊長はうんざりしながら言った。
「喜べ、今から楽しい遠征任務だ」




