リスリス、ザラの実家に行く! その十七
ここからザラさんの生まれ故郷まで、ソリで一時間半ほどらしい。念のため、もう一回分のミルクを作り、魔法瓶に注いだ。
ちなみに、中にあったシチューはアルブムが平らげた。子育てを頑張っているので、その報酬である。
山猫の赤ちゃんは暖炉の前で、アルブムを枕にしつつ、お腹をぷうぷう膨らませながら眠っていた。
「すっかり安心しきった様子ですね」
「ええ。ガリガリだったのを確認したときはびっくりしたけれど、ミルクを飲む元気はあったからよかったわ」
「ですねえ」
毛布を広げ、山猫の赤ちゃんを抱き上げて包もうとしたその瞬間にふと気づく。
暖炉の火に照らされた毛が、銀色に光っていたのだ。
「あれ、ザラさん、この子の毛、白ではなく、銀ではないですか?」
「あら! 本当。毛並みが銀色だわ」
山猫の毛は基本的に白である。たまに、クリーム色がかった個体もいるようだ。
それから、稀に黒い毛並みを持つ個体もいる。百頭に一頭くらいの割合らしい。
「銀色の山猫は、たぶん千頭に一頭もいないんじゃないかしら?」
「とんでもなく稀少な個体だったのですね」
この地は山猫がもっとも多く生息する土地である。
以前までは外に出るたびに見かけていたらしいが、ここ十年ほどはすっかり数を減らしていたらしい。
「密猟者のせいよ。山猫の毛皮を剥いで、貴族に売っていたのよ」
「酷い……」
そんな話をしていたら、紅茶を持ってきてくれたお婆さんがあることを教えてくれた。
「密猟者はねえ、すっかりいなくなってしまったんだよお。なんだったかしら?」
「幻獣保護局といっていたか? 大勢でやってきて、密猟者を取り締まってくれたんだよ」
「そ、そうだったのですか!?」
知らなかった。幻獣保護局がこの雪国までやってきて、密猟者を取り締まっていたなんて。
「いやはや、武装した人達がやってきたから、驚いたねえ」
「幻獣保護局の局長だったか。偉そうな上に悪そうな形相で、地図にも載っていないから、来るのに大変苦労したって、怒っていてな。以前までは、魔石列車もなかったからなあ」
「あ――そう、だったのね」
幻獣保護局が密猟者を取り締まったのは、アメリアの騒動の前らしい。
リヒテンベルガー侯爵は苦労してこの地にたどり着き、山猫保護のために奔走していたようだ。
「しかし、突然でびっくりしてしまってねえ」
「幻獣保護局なんて聞いたことがなかったから、冷たくあしらって、追い出してしまったんだよ」
村の宿に泊まることも、店で商品を買うことすら許さなかったらしい。
幻獣保護局は用意していたテントと食料で、密猟者捜しをしていたようだ。
そんな幻獣保護局の活動を理解したのは、密猟者を捕まえ、この地を去ってからだという。
「王都の新聞が、一ヶ月遅れで届けられていたんだけれど、そこで幻獣保護局を名乗る団体が山猫の密猟者を捕らえたことを知ったんだよ」
「驚いたな。いい奴らには見えなかったから」
過激派保護団体として名を馳せている幻獣保護局は、確かに武装している状態はやばさしか感じない。
しかし、取り締まる相手が密猟者となれば、あれくらいの武装が必要なのだろう。
「リヒテンベルガー侯爵は、私を“未開の地の蛮人”だとバカにしていたけれど、実際に足を運んで酷い扱いを受けていたのならば、そう思うのも仕方がないわね」
「村を見つけるまで苦労した上に、不審者扱いされたので、その鬱憤をザラさんにぶつけてしまったのでしょうね」
「本当に、不器用な人だわ」
深々と、頷いてしまう。
「山猫の赤ちゃんを見た瞬間、リヒテンベルガー侯爵の顔が思い浮かんだのよね」
「私もです」
脳内にいるリヒテンベルガー侯爵が、「絶対に保護しろ!!」と訴えていたのだ。
私とザラさんは、脳内にいるリヒテンベルガー侯爵に従い、山猫の赤ちゃんを保護したわけである。
「ザラさん、この子、どうします?」
「そうね……。こうして人が世話した山猫は、野生に放しても上手く生きていけないことが多いの」
人になれてしまうと、警戒心が薄く、野生で命を散らす個体が多いという。
「それにこの子は珍しい銀の山猫みたいだから、保護したほうがいいわ」
「では、王都に連れ帰って、幻獣保護局に託しますか?」
「それがいいかもしれないわね」
王都に連れて帰るのを決めた瞬間、脳内にいるリヒテンベルガー侯爵が小躍りしている様子が浮かんだ。
……いや、リヒテンベルガー侯爵の小躍りしている様子なんて見たことがないけれど。




