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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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リスリス、ザラの実家へ行く! その十五

 なんだか、天候が悪化しているような。

 先ほどまで見えていた山猫の赤ちゃんは、横なぎに降る雪で見えなくなってしまった。


「メルちゃん、じゃあ、ちょっと行ってくるわね」

「ザラさん、大丈夫ですか? 雪が強くなっていますけれど」

「これくらいだったら、強いうちに入らないわ。安心して」


 さすが、雪国育ちである。強い。

 ザラさんはソリから降りて、ソリに備え付けてある杭のようなものを雪に差し込んでいた。あれは、ソリが動かないように固定するものだろう。

 見つめる私に笑顔で手を振ってから、山猫の赤ちゃんがいたほうへと歩いて行く。

 この状況で、山猫の赤ちゃんを発見できるものか。ハラハラしてしまう。

 ザラさんの姿すら、雪に呑み込まれて見えなくなった。


「ザラさん……!」


 ザラさんを、危険な目に遭わせてしまった。もしも、何かあったら、立ち直れないだろう。


『大丈夫ダヨオ、パンケーキノ娘ェ』

「そ、そうですよね」


 ザラさんは雪国暮らしで、雪については理解している。もしも危なかったら、保護を諦めていただろう。

 だから大丈夫、大丈夫と言い聞かせる。

 待つことしかできない状況が、もどかしい。今は信じて待つばかりだ。

 五分後――ザラさんの姿が見えた。


「あっ、戻ってきました!」


 外套を脱ぎ、丸めて腕に抱いている。おそらく、山猫の赤ちゃんを包んでいるのだろう。

 扉を開いてザラさんが戻ってくるのを待つ。冷たい風がビュウビュウ吹き込んでいたものの、ザラさんの大変さとは比べものにもならないだろう。

 ザラさんは刺していた杭を引き抜き、ソリの中へと乗った。


「ザラさん、おかえりなさい」

「ただいま」


 座席に座り込んだ途端、ザラさんは「はー」と深い安堵のため息をついていた。


「ザラさん、寒かったでしょう。大丈夫でした?」

「私は平気よ。でも、この子は……」


 ザラさんが外套に包んでいる山猫の赤ちゃんを見せてくれる。

 フワフワの毛並みで、青い瞳をパチパチと瞬かせながら『みゃう、みゃう』と弱々しく鳴いていた。


「見た目はそうではないのだけれど、体を触ってみると驚くほどガリガリなの」

「やはり、母親とはぐれてしまったのですね」

「おそらく、そうだわ。メルちゃんが見つけなかったら、死んでいたでしょう」


 山猫の赤ちゃんを発見できたのは偶然だったが、見つけられてよかった。


「ミルクをあげたいから、この先の森小屋に寄りましょう。メルちゃん、この子をお願い」

「了解しました」


 山猫の赤ちゃんは、心配になるほど軽い。早く、ミルクを飲ませてあげなければ。


 ザラさんはレインディアの手綱を握り、合図を出す。 

 森小屋目指して、走ることとなった。


 以前、ザラさんに話しを聞いたことがあるのだが、森小屋というのは、この辺りにポツポツと立つ旅人用の休憩所だ。

 管理する人がいて、軽食やちょっとした品物を販売している。

 あと十五分ほど走ったら、森小屋があるらしい。


 山猫の赤ちゃんは、ぶるぶる震えているように思えた。

 鞄の中から毛布を取りだし、包むようにして体に巻き付けた。ついでに、アルブムも入れておく。


『ナ、ナンデ、アルブムチャンモ?』

「赤ちゃんを温めてあげてください」


 アルブムのホカホカさは、私が保証する。雪山での任務のときは、決まってアルブムを首に巻いていたのだ。


 山猫の赤ちゃんはアルブムなど気にならないくらい、衰弱しているのだろう。

 まだ、歯も生えていないような赤ちゃんである。母親とはぐれてしまったのは、不運としか言いようがない。


 口元をむにゃむにゃと動かしている。指先を差し伸べたら、ちゅぱちゅぱと吸い始めた。


「お腹が空いているのでしょうね。ザラさん、水で薄めた蜂蜜とか、与えても大丈夫ですか?」


 人間の赤ちゃんは蜂蜜を与えてはいけないと言われているが、山猫の赤ちゃんはどうなのか。ザラさんに質問してみた。


「ああ、そうだわ。それがあったわね。お願い」


 水筒に入れて持ち歩いていた水をカップに注ぎ、蜂蜜を垂らして混ぜる。ブランシュやノワールがいつも飲んでいるものよりも、薄めに作ってみた。

 指先に蜂蜜水を付けて、山猫の赤ちゃんの口元へと持って行った。

 すると、先ほどよりも強く吸い付いてくる。

 何度か繰り返していると、蜂蜜水に指先を浸している間、催促して鳴くようになった。


『んみゃ~~!』


 先ほどとは打って変わって、力強い鳴き声になる。


「よかった。鳴き声、元気そうだわ」

「ええ。ひとまず、一杯分、与えてみますね」

「メルちゃん、ありがとう」


 山猫の赤ちゃんは立ち上がる余裕ができたどころか、元気よくアルブムのポッコリお腹を手でむにむにと押していた。

 これは、乳房を押して乳の出をよくする行動である。


『アルブムチャンノ、オ腹を押シテモ、乳ハ、デナイヨオ……』


 困惑しきったアルブムの様子に、クスッと笑ってしまったのは言うまでもない。

 そうこうしているうちに、森小屋に到着した。


 

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