リスリス、ザラの実家へ行く! その十四
ザラさんが手綱を引くと、レインディアはゆっくり、ゆっくり歩き始める。
もう一度、手綱を引いたら、速度を速めていった。
雪がはらはら降り、周囲は一面銀世界である。まるで、絵本の中みたいに幻想的だ。
ソリには、雪が付着しないような魔法が施されているらしい。そのため、どんなに吹雪いても、前方を雪で覆われることはないのだとか。
レインディアはだんだんと、走り始める。
蹴り上げた雪が散り、キラキラと輝いていた。
「メルちゃん、大丈夫? 早くない?」
「大丈夫です。なんていうか、周囲がガラスなので不思議な気分ですね」
「そうね」
ザラさんの子どもの頃は、このガラス張りのソリはなかったらしい。
「剥き出しの身でソリに乗って、吹雪を全身で浴びながらレインディアを走らせたこともあったわ」
雪国の村では、一家に一頭以上、レインディアを飼っているらしい。ザラさんの実家では、三頭のレインディアがいたようだ。
「姉達に、頻繁にこき使われていたの。寒いから、買い物に行ってきなさいとか、薪が足りないから買ってきなさいとか」
「強いお姉様達だったのですね」
「ええ、そうなの。使いっ走りだけじゃなくて、クッキー作りなさいとか、スープが飲みたくなったわとか、破れた服を繕っておいてとか、いろいろ命じてきたわね。まるで、女王様みたいだったわ。そんな姉が一人ではないのが、恐ろしい話だけれど」
ザラさんの気配りの片鱗は、たくさんのお姉様に囲まれる中で育ったものなのかもしれない。
あれやこれやと、お姉さん達の命令をこなしているうちに、料理や裁縫、化粧まで上達していったようだ。
「ずっと、末っ子って損だわって思っていたのだけれど、メルちゃんのお話を聞いていたら、お姉さんも大変なのねって思ったのよ」
「まあ、その辺は本人の性格と、家庭環境によりますよね」
「そうね」
一時間ほどで、レインディアを休ませるようだ。
「ザラさん、これ、どうやって停めるのですか?」
「手綱を高い位置まで上げて引くの。同時に、ソリのブレーキをかけるのよ」
よくよく足下を見てみたら、ボタンのようなものがついていた。あれを、足で踏みながら、手綱を操るらしい。
「そろそろ一時間ね。メルちゃんとお話していたら、あっという間だわ」
「ですね」
ザラさんはレインディアを停め、「ちょっと待っていてね」と言って外に出た。
ソリの後ろに積んでいた何かを手に取っている。あれは、シャベルだ。
レインディアが角でつんつん突いていた場所を、ザックザックと掘り始める。掘るというより、固まった氷の物体を砕くというのに近いのか。私だったらきっと、雪の表面を傷つけることくらいしかできないだろう。ザラさんの見事なシャベル使いに、うっとりしてしまった。
ザラさんが掘った穴に、レインディアが顔を突っ込む。あれは、何をしているのだろうか。
戻ってきたザラさんに、質問してみる。
「ザラさん、ザラさん、レインディアは、何をしているのですか?」
「雪の下に、レインディアの餌があるの。休憩のときは、ああやって掘り返して、食べさせているのよ」
「な、なるほど!」
レインディアの好物は、雪の下に自生している苔らしい。通常は、角や足先で掘り返して食べているようだ。ソリ用のレインディアは、体力温存のためにソリに乗っている人が掘って食べさせていると。
レインディアは苔がおいしいのか、尻尾をふりふり振っていた。愛らしいやつめ。
「メルちゃん、せっかくだから、レインディアのシチューを食べましょうか」
「そうですね」
外でお食事しているレインディアを見ながら食べるのは気が引けたが、せっかくいただいた命を、無駄にするわけにはいかない。
今までニクスの中で眠っていたアルブムが、シチュー入りの魔法瓶を鞄から出してくれた。
『アルブムチャンモ、食ーベヨ!』
魔法瓶の蓋を開くと、湯気がただよってくる。アツアツのままで、保存されているのだろう。
さっそく、フォークに肉団子を刺し、シチューを垂らさないように頬ばる。
「あ、熱っ!」
アツアツの肉団子は、一口で食べるものではない。口の中ではふはふと冷ましつつ、ゆっくり食べる。
肉団子を噛むと、肉汁がじゅわーっと溢れてきた。少々野性的な味わいだが、シチューの味が濃いのでそこまで気にならない。肉団子には刻んだキノコが入っていて、噛む度にコリコリという食感があった。濃いキノコの出汁が、肉汁と合わさって悶絶するほどのうまみが口の中で溢れる。
シチューは、魔法瓶に口を付けて飲んだ。シチューにも、レインディアとキノコのおいしさがこれでもかと溶けこんでいた。
「はあ~、すっごくおいしいです」
「体が、温まるわ」
アルブムは魔法瓶に頭を突っ込んで食べていた。レインディア同様、尻尾を振りながら食べている。おいしいというのは、聞かずともわかるだろう。
三分の一ほどシチューを食べ、魔法瓶の蓋を閉める。
顔を上げた瞬間、雪の中で何かが動いているのを視界の端に捉えた。
「んん?」
「メルちゃん、どうかしたの?」
「なんか、遠くにある雪の塊が動いたように見えたんです」
「雪の塊?」
「あ、また動いた!」
「どこ?」
「あっちです。ここから少し離れているのですが」
「あら、本当」
玉状の、白い雪の塊が、飛び跳ねるように動いていた。
「もしかして、あれ、山猫の赤ちゃんかしら!?」
「あっ、言われてみたら、そんな感じがします。斑模様はないですが」
「子どものときは、真っ白なの。大人になると、斑点が毛に浮き出てくるのよ」
「そうだったのですね。あれは、生後どれくらいでしょうか?」
「たぶん、あの大きさだと、一週間くらいじゃないかしら?」
幻獣の子育ては短いが、最低でも一ヶ月は子どもから離れないという。
周囲に、母親らしき山猫の姿が見えない。
「母親と、はぐれてしまったのでしょうか?」
「そう、かもしれないわね」
「どうします?」
ザラさんは額に手を当て、しばし考える素振りを見せた。
先ほどよりも天候は悪くなり、雪の勢いも強くなりつつある。このまま、放っておいてもいいものか。
そんなことを考えていたら、ザラさんが顔を上げた。
「――保護するわ」




