厚切り三角牛の炙り焼き
鷹獅子を抱え、店まで急ぐ。
街中を歩けば、チラチラと視線を感じた。
なんか、目立たないような頭巾的な物が必要だなと思う。
時間ぴったりに店に到着。
「メルちゃん」
扉の握りを手を握ろうとすれば、声を掛けられる。
振り返れば――あら?
「こんばんは」
「あ、どうも」
黒の詰襟の上着に同色のズボン。袖口や襟元は銀糸で縁取られている上品な衣装である。切れ長の目に、整った目鼻立ち。前髪は後ろに撫で上げており、長い髪の毛は、一本の三つ編みに纏めていた。
誰かと思いきや、貴公子的な恰好をしたザラさんだったのだ。
「って、どうしたんですか?」
「ちょっと気分転換に……変?」
「いえ、とても素敵ですよ」
「よかった」
にっこりと微笑むザラさん。
男装姿だったので、別人のように見えた。髪型が違うからだろうか。騎士隊の制服を着ている時よりも、男らしく見える。
一見して、獄中生活での疲れはないようで、ホッとした。
「裏口から入りましょう。今の時間は客が多いから」
「助かります」
鷹獅子は王都の人の多さに若干ビクビクしているようだった。混雑した店内に驚いて、何をするかわからない。ザラさんの申し出はありがたかった。
飲食店が並ぶ通りの路地裏は、食材を運んだり、お酒の樽が通ったりと忙しない。
箱を三段積み上げて運んでいる若者は、きちんと前を見て進んでいないようだった。
避けようとすれば、ザラさんがさっと私の体を引き寄せてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、ここも通行するには微妙だったみたいで」
「大丈夫です」
路地裏を通り抜け、店の裏口から入る。個室への廊下を、勝手知ったる元従業員のザラさんは、サクサクと進んでいた。
やっとのことで個室に到着。すでに全員集まっていた。
来て早々、隊長は卓子の上にあった酒を開封し、ドボドボと木製カップに注いでいた。
料理は注文してくれていたようで、あとは運ばれてくるのを待つばかり。
「リスリス衛生兵も、好きな料理を頼むといい」
ベルリー副隊長がメニュー表を渡してくれる。
このお店はお肉系が充実していて、海鮮系はない。
森林蟹に尾長海老……。南国の島で食べた物を思い出し、生唾を呑み込む。
だが、すぐに今日はお肉の日だと、頭の中を切り替えた。
一頁目は日替わりメニューとなっている。
◇本日のオススメ◇
・厚切り三角牛の炙り焼き
・やわらか三角牛の赤葡萄酒煮込み
・肉汁溢れる三角牛の香草串焼き
一番上に書かれてあった料理を人数分頼んでいるらしい。
私は森茸のチーズスープと、野菜の酢漬けを追加注文した。
最初に頼んでいた料理はすぐに運ばれて来た。
分厚く切られた三角牛のお肉!
膝に乗せている鷹獅子は匂いとか大丈夫かなと思ったけれど、ここ数日眠れていなかったからか、体を丸めて眠っていた。
今が膝に乗るギリギリの大きさだろう。
「リスリス衛生兵、鷹獅子乗せたままで、重たくないんですか?」
「重たいですが、傷が治って歩き回れるようになったので」
「なるほど」
ウルガスは鷹獅子を見ながら、「いいなあ」と呟く。
「ウルガス、その言い方だと、リスリスに膝枕して欲しいように聞こえる」
「ち、違いますよ、何言っているんですか!!」
若者をからかうとは。隊長も人が悪い。
よくよく見れば、足元に空の瓶が転がっている。どうやらすでに酔っ払っているみたいだ。
食前の祈りをして、久々のお肉にありつく。
「なんか、久々過ぎて胃がもたれそう」
ザラさんは分厚い肉を前に、目を細めながら言っていた。
気持ちはわからなくもない。ここ二日ほど、薄いスープと石のようなパンを食べていたのだ。貧しい食生活を続けていたので、胃もたれしないか心配である。
胃もたれとは胃の機能が低下し、消化が通常通りに行われず、食べた物が胃の中に留まって起きる症状を指す。
「あ、そうだ。胃もたれに良い食材があるんですよ」
「そうなの?」
「はい!」
メニューにないか探してみる。できれば生のまま、加熱していないのがあればいいけれど。
「ありました!」
森林檎の生果実汁!
「それが、胃もたれに効くの?」
「はい。森林檎には消化を助ける働きがあるのです」
森林檎は消化機能を高め、整腸作用もある。
「へえ、そうなの。さすがメルちゃん」
回復魔法が使えない代わりに、意地になって医術師の先生に習いに行った成果だ。
微妙な雰囲気になるので言えないけれど。
店員を呼び、森林檎の生果実汁を五つ注文した。
隊長は胃もたれしたことがないので、頼まなかった。見た目だけでなく、胃も強靭らしい。
森林檎の生果実汁はすぐに運ばれて来た。
擦りおろした森林檎に蜂蜜を垂らした物で、飲むというより匙で掬って食べる感じ。甘酸っぱくて美味しい。蜂蜜が入っているので、優しい味わいだ。
「じゃあ、いただきましょうか」
「そうですね」
問題が解決しそうなので、お肉を戴く。
鉄板が組み込まれたお皿の上で、分厚い肉がじゅうじゅうと音を立てていた。
私はよく焼けたお肉が好きなので、切り分けて鉄板に赤身を押し付ける。
隊長は「それ焼けてないんじゃないですか?」と指摘し(つっこみ)たいほど赤い汁が滴るお肉を、豪快に食べていた。
凄く……山賊っぽいです。本当に貴族のご子息なのか。正直に言えば疑っている。
私はしっかり焼き目の付いたお肉を頬張った。
焦げ目が香ばしく、噛めば肉汁が口の中に広がる。ソースは柑橘系なのであっさり。肉の旨みを引き立ててくれる。とても美味しいお肉だった。
「リスリス衛生兵、そういえば、鷹獅子の名前は付けたのか?」
「いえ、まだなんです」
ご親切にも、幻獣保護局の書類には名前の候補一覧表が入っていた。どれも覚えにくい長い名前だったので、その場で却下していたのだ。
「なんか、短くて、可愛い名前にしたいなと」
ちなみに、鷹獅子は女の子だった。将来、保護区の雄鷹獅子との繁殖を考えていると書類にあったけれど、それは鷹獅子の気持ち次第だろう。
「ガブガブ噛みつこうとするから、ガブはどうだ」
「可愛くないです」
隊長は期待通り、まったく可愛くない名前を提案してくれる。
「リスリス衛生兵、エメちゃんとか、可愛くないですか?」
ウルガスのご提案。確かに可愛いけれど、一つ問題があった。
「それ、実家の母の名前なんです」
「お、お母様の……すみません」
「いえ」
ベルリー副隊長は全力で考えてくれているようだが、眉間に皺を寄せた表情のまま、動かなくなってしまった。
斜め前にいたガルさんが、紙に書いた名前候補を手渡してくれる。
「アメリア、ですか。なんか、いいですね」
とても愛らしい響きの名前だ。愛される者という意味らしい。
「えっと、これを、鷹獅子の名前にいただいてもいいのですか?」
ガルさんはコクリと頷いてくれた。
「ありがとうございます。では、さっそく」
ちょうど、鷹獅子がぱちりと目を覚ます。
私は体を持ち上げ、言った。
「あなたの名前はアメリアです」
『クエ~~!』
応えるように鳴いたかと思えば、パチンと何かが弾けた音が鳴る。
「あれ、リスリス衛生兵、手の甲!」
「はい?」
ウルガスが指摘してくる。手の甲に、突然紋章のような形が浮かんだと。
確認すれば、天使のような羽根の真ん中に花が咲いているみたいな紋章だった。
「あれ、これって――」
「契約刻印?」
ザラさんがぽつりと呟く。
そういえば、名付けと共に幻獣が認めれば、契約が完了する的な話が書いてあった。
「そんな簡単なことで契約できるんだな」
「みたいですね」
しかし、驚いた。こんなに契約が簡単だなんて。
「メルちゃん、違うのよ。その契約例はほとんどないと思うわ」
「え!?」
ザラさんが教えてくれた。
多くの場合、契約は契約主の血を呑ませ、幻獣側の意思はほとんど酌まれずに行われているものであると。
「血の契約は、強制力があるの。でも、鷹獅子みたいな高位幻獣には効かないけれど」
「なるほど」
ザラさんの家の山猫は、拾った時に血の契約をしたらしい。
「ちなみに、多くの場合、契約刻印は手の甲に顕れるみたい」
ちらりと、ザラさんの手の甲を見る。
「あれ、ザラさんの契約刻印は?」
「胸元にあるの」
「へえ~」
どんな契約刻印なのか。幻獣の個体によって違うらしい。
「綺麗なんですよね~、アーツさんの契約刻印」
こくこくと頷きながら同意するガルさん。
どうやら、お風呂などで見たことがあるようだ。
綺麗と聞いて気になるけれど、見せてくださいと言える部位ではない。
諦めることにした。




