リスリス、ザラの実家へ行く! その七
銀盆を落とした音が、響き渡る。
振り返った先にいたのは乗客とは雰囲気が異なる、手に大型のナイフを握った男だった。
全身黒尽くめの恰好で、顔は見えない。
席で食事をしていた女性の腕を掴もうと伸ばしたが、近くにいたキツネ妖精が間に割って入る。
「ああん、なんだ、お前!」
『お、お客さんには、手、手を、出さないでください』
「うるせえ! 金を持ってねえ獣は引っ込んでろ!!」
キツネ妖精にナイフを突き出した瞬間、ザラさんが動いた。
落ちていた銀盆を拾い、男に向かって投げる。見事、顔面に命中した。
「ぐあっ!!」
怯んだ隙に、ザラさんは容赦なく男の腹部を狙って蹴り上げた。
男は白目を剥き、倒れる。
ホッとしたのもつかの間のこと。
「おい、どうした!?」
「なんだ、お前は!!」
ザラさんの背後より、二人の男が現れる。倒れた男性と同じ、黒尽くめの恰好をしていた。
「なんだ、お前は?」
「おい、あいつ、倒されているぞ!」
続けてやってきた男の手にも、ナイフが握られている。さすがに、ザラさんでも周囲の客を守りながら戦うのはキツイだろう。
ここで、肩に乗っていたアルブムが、ぼそぼそ囁く。
『パンケーキノ娘ェ、椅子ヲ投ゲテ、足止メスルンダヨオ』
「!」
テーブルは固定されているが、椅子は動かせる。私の隣や、男達の周辺に客はいない。
時間稼ぎとなるだろう。
「でも、攻撃がこちらに向きますが」
『大丈夫。コレヲ、アルブムチャンガ、ブツケルカラ』
アルブムが取り出したのは、唐辛子の粉だった。ベルリー副隊長の好物で、いつも持ち歩いている調味料である。
これを直接浴びたら、攻撃なんて不可能だろう。
『二人目ニ、当テルトイイカモ。アルブムチャンヲ、信ジテ』
「わかりました」
男達とザラさんは、視線で牽制しあっているようだ。
そっと動き、椅子を持ち上げる。
「おい! もう、駅に着くぞ!!」
「ダメだ。あいつは置いて行こう」
おそらく、手持ちの乗車券の出入り口が、ザラさんの向こう側になるのだろう。
「強行突破する!」
「おうよ!」
男達が動き始めた。一人目がザラさんに急接近し、ナイフを振り上げる。続けて、攻撃を仕掛けようとした男に、私は椅子を投げた。
「でええええい!!」
椅子は男の顔面に的中した。
「お前、何をするん――」
『クタバレーー!!』
アルブムが瓶の蓋を開いた唐辛子を、男へ投げた。見事、目に当たる。
「ぐおおおおおお!!!!」
男が悶え苦しむのと同時に、ザラさんも二人目の男を倒してしまった。
『ヤッター、ゲッホゲッホオッフ!!』
「正義は勝つ、ですねゲッホゲッホゲホ!!」
アルブムと揃って、唐辛子の粉を吸い込んでしまった。苦しくって、涙目になる。
男達は魔石列車を警備している騎士に拘束され、次の駅で降ろされるようだ。
しばらく走ると、列車が止まる。
海中駅は太い筒状だった。ずーっと、地上まで繋がっているのだとか。そこに列車の扉が繋がり、降りられるようになっているらしい。
辺りは灯りが点されていて、なんとも幻想的な光景が広がっている。
「海の中に駅があるなんて、不思議ですね」
「そうね」
地上まで登る昇降機があって、魔石の力で昇っていくらしい。
窓から連行される様子を目撃したが、唐辛子をぶつけた男は覆面を取って涙を流していた。
ザマアミロと言いたい。
事件の影響で、一時間半ほど停車していた。
その間、私とザラさん、アルブムは状況説明をするために呼び出された。ザラさんが簡潔にまとめて話してくれたので、すぐに解放された。
「メルちゃん、怖かったでしょう?」
ザラさんがぎゅっと私を抱きしめ、励ましてくれる。
背中をポンポンと優しく叩かれているうちに、ざわざわと落ち着かない心は静かになっていった。
「ありがとうございます。最初は怖かったのですが、隊長より体は小さかったですし、声も隊長より低くなかったので、大丈夫でした」
「そう。よかったわ。加勢までしてくれて、ありがとう」
「いえ、アルブムの機転のおかげですよ」
日頃の訓練や遠征任務のおかげなのか、案外冷静に動けたような気がする。
「アルブムも、ありがとう」
『イイッテコトヨー』
それにしても、驚いた。まさか、列車内で強盗をしようと目論む奴らが乗車していたなんて。
なんでも、彼らに犯罪歴はなく、運悪く会社が倒産してしまったために起こした事件だったようだ。
「犯罪歴がない人を弾くのは、難しいわよね」
「ですね……」
偶然ザラさんが食堂車にいたから被害はなかったものの、いなかったことを想像するとガクブル震えてしまう。
「メルちゃん、大丈夫よ。騎士が増員されて、一車両に一人配置しているみたいだから」
「そうですね」
ザラさんが淹れてくれたお茶を飲む。とても優しい味がして、癒やされた。
「そういえば、ザラさん、さっき何か言いかけてましたよね? 大事な話とかなんとかって」
改めて尋ねると、ザラさんは眉を下げ、そして、明後日の方向を眺めていた。
これは、話すタイミングではなくなった、ということなのだろう。
「えーっと、では、また今度、ということで」
「メルちゃん、本当にごめんなさい。旅行中には、話すと思うから」
「いつでもいいですよ」
そんな話をしていると、魔石列車は走り出す。
暗い海の中を、進んでいった。




