リーゼロッテの新しいお仕事 前編
ある日の休日、リーゼロッテが訪問してきた。
貴族のお付き合いや結婚相手探しで忙しいようだが、時間を作ってくれたらしい。
「リーゼロッテ、なんだかお久しぶりですね」
「ええ。元気そうで、よかったわ」
「リーゼロッテも」
昨日は王宮で舞踏会に参加し、そのあとサロンを開いて、立派に主人を務めたようだ。
「もう、大変よ。貴族の女性って、素敵な男性の話か、宝石、化粧品の話しかしないの。幻獣の話を振ったとしても、誰もピンとこないから、大人しく話をきいていることしかできなくって」
「そうだったのですね」
リーゼロッテは騎士を辞めてから、大人っぽくなったり、結婚すると宣言したり、なんだか寂しく思っていた。けれど、幻獣好きなのは相変わらずで、その辺は安心してしまう。
「化粧品の話をしていて思ったのだけれど――遠征のときにお化粧がドロドロになって、困ったことがあったじゃない?」
「ありましたね……」
リーゼロッテと共に、遠い目をしながら記憶を思い出す。
あれは、リーゼロッテが初めて遠征任務に参加した日の話である。
向かった地は、湿気が強く、泥の大地が広がっていた。
当然、リーゼロッテのお化粧は湿気で崩れる。鏡で自分の顔を確認したリーゼロッテは、悲鳴を上げてしまったのだ。
「以降、遠征任務に出かけるときに、お化粧をするのは止めたのよね」
「懐かしい思い出です」
遠征部隊での経験と、流行のお化粧品の話を聞いていたリーゼロッテは、突然ピンと閃いたという。
「汗をかいてお仕事をする人のための、お化粧品を作るのはどうかと思って」
「ああ、それ、いいですね!」
女性騎士だけではなく、街でバリバリ働く女性達に向けた商品にしたいらしい。
「パッケージに幻獣をデザインして、売り上げの一部は幻獣の保護費に回すの。そうすれば、お父様が出資してくれるはずだわ」
「完璧な作戦ですね。さすがです!」
「でしょう?」
リーゼロッテはすでに、デザイン画も用意しているらしい。
「おしろいは、アメリアがいいと思うの。化粧水はエスメラルダで、洗顔石鹸はルーチェ。口紅はステラがいいわ。どうかしら?」
「わー、可愛いです!」
ひとしきり盛り上がったあと、リーゼロッテは真顔に戻って本題を口にする。
「問題は、どうやって汗をかいても落ちない化粧品を作るか、なのよ」
「ですね」
錬金術師にでも相談すればいいのか。けれども、思わず頭を抱え込む。
「錬金術師なんて、おとぎ話に登場する存在ですよね」
「でも、大英雄やエルフがいるくらいだから、錬金術師もその辺にいそうだけれど」
「それはまあ、たしかに」
「アイスコレッタ卿の知り合いにいないかしら?」
「いそうですね」
たしか、お師匠様が錬金術師とか話していたような。
「アイスコレッタ卿は?」
「今日は森に薬草摘みに行くと話していました。夕方辺りになったら、帰るかと」
「そう。だったら、待たせていただいてもいいかしら?」
「もちろんです」
そんなわけで、リーゼロッテと一日過ごすこととなった。
「何か、やりたいことはありますか?」
「あるわ。なんだと思う?」
リーゼロッテはジッと私を見つめる。いったい、何をしたいというのか。まったく想像つかない。
「うーん、わかりません」
「ヒントは、メル、あなたよ」
「私ですか? えーっと、幻獣と、ふれあいたい、とか?」
「違うわ」
「だったら、アメリアの背中に乗って、空を飛びたい、とか?」
「幻獣関係ではないのよ」
「えー!」
幻獣が絡んだものではないと。いったい私と何をしたいというのか。まったく思いつかない。
「すみません、ぜんぜんわからないです」
「メル、あなたね……」
リーゼロッテは「はあ」とため息をついたあと、私とやりたいことを教えてくれた。
「メルと一緒に、野外料理をしてみたいの。遠征で食べた料理の味が、忘れられなくて」
「あ、あー! そういうことでしたか!」
私と料理をしたいが正解とは、夢にも思っていなかった。
「初めて遠征で食べた、猪豚の串焼き……本当においしかったわ」
「そう言っていただけると、ありがたいです」
ちょうど、猪豚がある。庭で作ろうかと誘ったら、リーゼロッテは笑顔で頷いた。
「では、猪豚の串焼きを作りましょう!」
『オー!!』
突然アルブムの声が聞こえたので、驚いてしまう。
「アルブム、あなた、いつからそこにいたのですか?」
『料理ノ話ヲ、シテイタトキカラ、ダヨオ』
おいしい物が食べられる気配を察知し、やってきたのだという。
アルブム、恐ろしい子……!
そんなことはさておき、シエル様が作った野外台所で料理を作る。
「まずは、猪豚の塊肉を、食べやすい大きさに切り分けます」
まず、見本として私が猪豚を切り分ける。
ほどよい厚さにカットし、一口大に切り分けて串に刺した。
「こんな感じです」
「わかったわ」
リーゼロッテは恐る恐る、という手つきで猪豚を切る。そして、慎重に串打ちしていた。
アルブムは誰よりも分厚く切っていた。アルブムの小さな口に入るのか、心配になる。
「猪豚のお肉を串に刺したら、塩、コショウで下味を付けて、炭火で焼きます!」
かまどに炭を並べ、火をつける。
この炭は、シエル様が作ったものだ。なんでも魔力を含む木で作ったようで、ほどよい火力が生まれる。
火の色合いが虹色なのも、見ていて楽しい。
「しかし、きれいな火ですが、本当に焼けるのか不安になりますね」
「そうね。着火のさいの、魔力反応みたいだけれど」
虹色の火は、しっかり猪豚肉に火を通してくれる。
ある程度火が通ったら、タレを塗るのだ。
タレから香ばしい匂いがしてきたら、完成である。
「猪豚の串焼き肉の完成です!」
『ヤッター!』
せっかくなので、アツアツのうちにいただく。
花壇の前に敷物を広げ、座って食べることにした。
アルブムは大きく口を開けて、分厚い猪豚肉にかぶりついていた。
『アアアアアー、オイシイ!!』
「お肉、柔らかくて、いい感じに焼けていますね。リーゼロッテ、どうですか?」
「やっぱり、おいしいわ」
リーゼロッテはそう言って、素敵な笑顔を私に見せてくれた。
◇◇◇
シエル様の帰りを待っていたが、一通の手紙が魔法によって届けられる。
「え、シエル様、今日は帰らないって!?」
薬草摘みの途中に出会った冒険者と、意気投合したらしい。明日には帰るとのこと。
「だったら、錬金術師についてお話を聞くのは、今度にするわ。今日は、メルと過ごして楽しかったから、それで満足よ」
「リーゼロッテ……!」
手と手を握り、お別れをしていたら、ザラさんが帰ってきた。
「ザラさん、おかえりなさい」
「メルちゃん、ただいま。あら、リーゼロッテも来ていたのね」
リーゼロッテは目をカッと見開きながら、ザラさんを指差して突然叫んだ。
「お化粧の錬金術師、いたわ!!」




