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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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山賊隊長の奮闘記!

 第二遠征部隊は、一言で言えば問題児の集まりだ。

 男よりも能力がある女騎士アンナ・ベルリーに、誰よりも勇敢な狼獣人ガル・ガル、下町生まれの百発百中の弓兵ジュン・ウルガス――そして隊長は、騎士隊エノクの歴史の中でも例がない、十九歳で指揮官となった親の七光りクロウ・ルードティンク

 以上、騎士隊で持て余していた人材の集まりである。


 問題児といっても、個々の能力はかなり高い。

 ベルリーは戦闘では機動力があり、俊敏に走れる。

 ガルは魔物を恐れない一撃を繰り出せる。

 ウルガスは、どんな天候でも矢を放ち、的中させる。


 なぜ、彼らが問題児とされたのか。

 それは、騎士隊という性質の問題である。


 騎士をまとめるのは貴族で、上に行けば行くほど家柄が重視される。

 実力がある彼らはどんどん頭角を現していたが、ある程度上り詰めると身分が障害となった。


 ベルリー、ガル、ウルガスの三人は平民だ。貴族ではない。

 当然、実力を示すと面白く思わない貴族やつらがいるわけだ。


 このままだと、隊の秩序を乱す。

 どうにかしなければと上層部が悩んでいるところに、最年少で隊長格への昇格が決まった俺の名前が浮上したという。


 俺もまた、騎士隊の中では問題児だった。

 いや、正確に言えば、問題なんて起こしていない。

 騎士として規律を守り、任務に挑み、恥ずかしくないよう身なりを整え、背筋を伸ばし生きてきた。


 順調に戦果を上げ、昇格試験に合格し、隊長になるに相応しい材料を集めたにもかかわらず、年齢のせいで煙たがられてしまったのだ。


 何も知らず、集められたベルリー、ガル、ウルガスの三人は、戸惑いの表情で俺を見る。

 それも無理はないだろう。

 まだ、どの部隊に配属されるかも、わかっていないから。

 こんな少人数で構成される部隊など、他にない。

 小隊といっても、最低三十はいるだろう。

 もしかしたら、後日新しい隊員がやってくるかもしれない。

 そんな風に考えていたが、誰もやってくることはなかった。


 この寄せ集めの騎士に部隊名と任務が割り当てられたのは、一ヶ月後の話。

 第二遠征部隊という、主な任務は魔物の討伐というもっとも死亡率の高い部隊だった。


 さすがに、腹が立った。抗議もした。けれど、決定は覆らない。

 はっきり文句を言ったのがよくなかったのだろう。

 たった四名の騎士で、大角狼の討伐を命じられてしまった。


 大角狼は、王都近辺で目撃される魔物の中で、もっとも凶暴な魔物だ。

 これまで命を落とした騎士の数は、千はくだらないだろう。

 そんな魔物を、倒してこいというのだ。


 どんな顔をして、三名の騎士に任務を告げなければならないのか。

 彼らにも、家族がいるだろう。


 枢密院のメンバーである父に報告したら、この任務は撤回される。

 けれど――騎士隊の上層部は、また俺を親の七光りの騎士だと嘲笑うだろう。

 そんなふうに呼ばれるのであれば、死んだほうがマシだ。

 しかし部下を、巻き込むわけにはいかなかった。

 もしも、任務に参加したくない気持ちがあれば、余所の部隊へ入れてもらうよう、頭を下げるつもりだ。


 そんな風に考えていたのに、任務を告げたあと、誰の表情も曇らなかったのだ。

 誰もが、やってやろうじゃないか、という気概でいたのだ。


 ここで、ようやく気付く。

 俺の部下は、とんでもなく頼りになるのではないのかと。


 第二遠征部隊は衛生兵すらいない、よその部隊で異分子として扱われていた問題児の寄せ集めだ。


 けれど、問題児同士、気が合うのかもしれない。


 放置されていた一ヶ月で、彼らの実力は十分過ぎるほど把握できた。

 あとは、魔物の前で的確に指示を出せばいいだけ。

 それが、隊長である俺の仕事だ。


 大角狼の発見に、二週間もかかった。

 ようやく発見した大角狼は、体長五メトルもある巨大な個体で、たった四名の部隊が相手にするような魔物ではなかった。


 けれど、俺たちの敵ではなかったのだ。

 ベルリーがすぐさま後ろ足の腱を切って動きを鈍らせ、ガルが槍で攪乱させる。

 その隙に、頸動脈を切り裂いたが、それでもなかなか倒れない。

 最後に、ウルガスが額を射抜き、息絶える。


 返り血で真っ赤だったが、誰も怪我をしていなかった。


 今まで感じたことのない高揚感が体中を駆け巡る。

 俺たちの実力で、魔物を仕留めたのだ。


 討伐の証である角を持ち帰り、二週間ぶりの帰還となる。

 すれ違う街の者達が悲鳴をあげていた。角は布か何かに包んで持ち帰るべきだったのか。

 そんなことを考えていたら、どこからか「山賊だ!」という声も上がる。

 どこに山賊がいるのかと周囲を見回していたが、どこにも山賊なんぞいない。

 店から出てきたパン屋の主人が、俺を見て悲鳴をあげた。山賊だ、と。

 パン屋のショーウィンドウに映った自分の姿を見て驚く。

 全身血だらけで、髪型はぐちゃぐちゃ。髭も生え放題。

 山賊と言われても無理はない風貌だった。


 そんな姿で報告に行ったものだから、遠征部隊の上層部の者達を驚かせてしまった。

 たった四名の騎士で大角狼を倒したのだ。化け物を見るような気分なのだろう。

 なんだか、笑えてくる。胸がスッとした気分になった。


 身分が、家柄が、何をしてくれるというのか。

 戦うことを職務とする騎士には、必要ないものばかりである。

 実力が評価されない騎士隊で、身分を気にしたり、見た目ばかり取り繕ったりしても意味はない。

 馬鹿にされるくらいだったら、恐れられるほうがいい。

 山賊にだって、なんだって、なってやる。


 そんな気分になった。


 それから俺は、身なりを気にしなくなった。

 丁寧な言葉遣いも止めて、自由気ままに振る舞う。


 周囲の反応は、気にならなくなった。

 とやかく言う者もいたが、任務を順調にこなしたら何も言わなくなった。


 ただ、この一件は後々問題となり、中型から大型魔物と対峙するときの最低人数が騎士隊の規律に加わった。

 無謀な命令を出した奴らは、もれなく左遷されているという。

 ザマアミロだ。


 その後も、第二部隊の活動は続く。

 途中で問題児の衛生兵のおっさんが押しつけられたが、気が合わずに自分から除隊してくれた。


 もう衛生兵はいらない。

 そんな風に思っていたときに、人事部から「新しい衛生兵が見つかった」と知らせを受ける。

 もう他の部隊の問題児はお断りだ。はっきり拒絶したのに、そうではないという。

 新しく入隊した騎士で、第二部隊にぴったりの人員だと。

 詳しく話を聞いてきたら、衛生兵は女で、しかもエルフだった。

 だからどうして、そういう特殊な奴ばかり連れてくるのかと問い詰めたい。

 たしかに、ベルリーの他に女の隊員が一人いればいいと考えていた。そのほうが、ベルリーも気が休まるだろう。

 けれど、協調性がなく、気位が高いエルフの女なんて必要としていない。

 人事部に頭を下げられて、渋々受け入れることとなった。

 実家にあったエルフの本で生態について勉強したが、知れば知るほどエルフという生き物と上手くやれそうにない。


 絶望と共に、エルフがやってくる。


 ウルガスが連れてきたのは、エルフのイメージとはほど遠いちんちくりんの少女だった。


 年頃はウルガスと同じくらいか。

 銀が混じった茶色の髪を三つ編みのおさげにしていた。くりくりとした緑色の瞳が、不安げに俺を見つめている。

 エルフというよりは、パン屋の娘と言ったほうが近い。

 そんな、素朴な雰囲気の娘であった。

 彼女の耳は、たしかに長く尖っていた。間違いなく、エルフなのだ。


 緊張をしているのか。

 もじもじしていて、覇気というものは一切ない。

 本当に、この少女が遠征任務についてこられるのか。


 想定外のエルフに、狼狽えてしまう。

 我が儘の一つでも言おうならば、すぐさまクビにしようとしていたのに。


 それにしても、メル・リスリスと名乗る少女を、どこかで見たことがあるような気がしてならない。


 考えた結果、ふと思いついた。


 それは、狩猟に出かけたときだろう。森で見かけた、長い耳を持つ茶色い毛並みのウサギ。不安げに俺を見つめる目が、そっくりだ。


「わかった!! お前、野ウサギだな!?」  


 そう言った瞬間、エルフの少女は言葉を返す。


「わ、私は、野ウサギではありません!!」


 張りのある、元気な声だった。瞳にも、覇気が宿る。

 これだけ大きな声が出せるのであれば、遠征任務についてこられるだろう。


 そんなわけで、新しい衛生兵メル・リスリスを受け入れることとなった。


 それからしばらく経って、ザラやリヒテンベルガーが入隊した。

 問題児ばかりの部隊と呼ばれた第二部隊も、評価される。


 俺みたいな若造がこれまで隊長をやってこられたのも、勇敢な隊員達のおかげだ。

 口が裂けても言えないけれど、自慢の部下達である。   

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