高級果物(※鷹獅子用)
とりあえず、この場で解散して、夜、どこかのお店でお疲れ様会をしようという流れになった。
謹慎なのに、外出してもいいのかと質問をすれば、今回は特別に王都から出なければ問題ないとのこと。
なんてゆるふわな決まりなのだと、目を剥いてしまった。
「まあ、いい。詳しいことは夜に話そう」
隊長達はお風呂にも入っていなければ、着替えもしていないし、まともな食事も口にしていない状態らしい。
お風呂に入って、着替えもして、果物牛乳とパンまでもらってきたとは、口が裂けても言えなかった。
「あ、でも、鷹獅子を置いていけないので、どうしましょう?」
「私が前に勤めていたお店だから、大丈夫だと思う」
なんでも、個室の貴賓室があるらしい。ほとんど使うこともないので、空いているだろうと。
「一応、帰りに寄って予約をしておくから」
そんな感じで、話がまとまった。
「そうだ。ブランシュも迎えにいかなきゃ」
「明日にしておけよ。どうせ暇なんだから」
「恋しいから、一刻も早く会いたいの」
「そうかい。好きにしろよ」
貴族のお屋敷に預けているというザラさんの幻獣、山猫。
白くて毛並みが良く、可愛らしい猫だ。ただし、大型の。
「そういえば、遠征に鷹獅子を連れて行くことになるのでしょうか?」
「だろうな。大きくなれば、鷹獅子に乗って行けるだろう」
「ええ~、それは気の毒のような」
「鷹獅子に並走される馬のほうが気の毒だろうが」
「た、確かに」
これから馬よりも大きくなるという鷹獅子。食事の調達などは幻獣保護局がしてくれるらしいけれど、大丈夫なのかと不安にもなる。
『クエ?』
胸の中で私の顔を見上げる鷹獅子を、ぎゅっと抱きしめた。
怪我をして、保護した時よりもずっしり重たくなっている。きっと、あっという間に大きくなっていくのだろう。
私達は二度と、離れ離れにならない。そう考えたら、胸がじんわりと温かくなった。
「あの……ありがとうございました」
それぞれ身分があるのに、鷹獅子と私を守ってくれた。
こんなに嬉しいことはないだろう。
隊長は何も言わずに私の頭をぐりぐりと雑に撫で、おでこを指先で弾いて去って行く。
ベルリー副隊長は私に「隊長がすまない」と謝って、あとを追っていた。
ガルさんは優しい瞳で鷹獅子を見下ろし、去って行く。
ウルガスは鷹獅子の前で両手をわきわきとさせていたが、『クエ!』と威嚇するように鳴かれてがっくりと肩を落としていた。
ザラさんは笑顔で「またあとで」、と言って手を振る。
「さて、私達も帰りますか」
『クエクエ!』
こうして、数日ぶりに寮に帰れたのだ。
◇◇◇
帰ったらふかふかの布団でゆっくり就寝! なんて考えていたけれど、鷹獅子について寮長に報告しに行くのが先だった。
どうやら、幻獣保護局より使者が来ており、寮長を挟んで話はトントン拍子に進んだ。
やって来たのは幻獣保護局の副局長。
こちらが申し訳なく思うくらい、謝罪してくれた。
きりがないので、幻獣飼育の話に戻るよう軌道修正した。
副局長より大切な物だと言われながら渡されたのは、幻獣飼育許可証。通常は試験を受かった者のみ持つことが許されているが、今回は特別に発行してくれたらしい。これをもっていれば、社交場へ出入りできる他、幻獣関係の買い物をした際に提示をすれば、請求は幻獣保護局に行くなど、さまざまな特典があるらしい。詳しくは書面を確認するように言われた。
「では、これからご説明させていただきます」
まず、寮では飼えないだろうと言われてしまう。
馬と同じくらいに成長すると聞いていたので、頷くしかない。
次に、これからの生活について。
「家賃については、幻獣保護局が全額負担いたします。希望があれば、物件をご紹介しますので」
「わかりました」
最後に書類の束を手渡される。それは、鷹獅子についての資料だった。
百枚くらいありそうなので、ゆっくり部屋で読むことにした。
「幻獣の食料である、果物もお持ちしました」
「それは助かります」
鷹獅子の食料を、買いにいかなきゃいけないと考えていたところだった。
さすが、幻獣愛をこじらせている集団である。致れり尽くせりだ。
住宅については、数日猶予をくれるらしい。前後左右、人の入っていない部屋に移動することになるけれど。荷物は少ないので、引っ越しもそこまで手間ではなかった。
「あと、幻獣の記録についてですが」
幻獣保護局に提出する鷹獅子の記録について朗報が。なんと、報酬が出るらしい。
重要な情報であれば金貨一枚。そこそこな情報であれば銀貨一枚。どちらにも当てはまらない情報については、一律半銀貨一枚となっている。
これを上手く使えば、妹の結婚資金なんてすぐに貯まるだろう。
それから、幻獣監督者特別手当もあるらしい。他に、危険補償なども。
なんか、騎士をしなくても、鷹獅子を飼育するだけで暮らせて行けそうだ。まあ、辞めないけれど。
話がまとまったので、副局長と別れ、寮長と共に引っ越しを行うことにした。
旅行鞄に荷物を詰め込む。鷹獅子は不思議そうに覗き込んでいた。
寮長はてきぱきと、服を畳んでくれた。
大きな鞄一つと小さな鞄一つ、箱が一つ分に荷物は収まった。
手押し車を持って来てくれたので、それに荷物と鷹獅子を乗せて、新しい部屋へと移動した。
「寮長、ありがとうございました」
「いえ、できることがあれば、なんでも言ってくださいね」
「はい。とても心強いです」
一礼をして、寮長と別れる。
部屋の前には、三箱分の大量の果物が届いていた。
鷹獅子を寝台の上に下ろし、一箱一箱運び入れる。
部屋の中は甘酸っぱい果物の香りが広がった。
寝台に腰かけ、鷹獅子の様子を確認する。
傷はすっかり完治し、折れていた翼も綺麗になっていた。これは、幻獣保護局の局員が回復魔法を施してくれたのだろうか。
「良かった……怪我、治ったんですね」
『クエ!』
よちよち歩きができるようになっていたのだ。
魔法の力って、本当に凄い。
けれど――
「うわっ、危なっ!!」
寝台から転げ落ちそうになる鷹獅子。慌てて抱き上げる。
動けるようになったからといって、喜べる部分ばかりではないようだ。
なんか、ゆりかご的な物が欲しいなと思ってしまう。
鷹獅子を膝の上に置き、資料を読み始める。
まず、鷹獅子は基本家族にべったりで、嫉妬深いとのこと。
契約した場合、外飼いはしないほうがいいと書かれてある。
ということは、お貴族様方が住んでいそうな、広い部屋を借りなければならないのだろうか。まあ、家賃は幻獣保護局持ちなので、心配する点じゃないけれど。
しかし、大きくなったらお買い物には行けないだろう。この点に関しては地味に困る。
パラパラと読み進めていたが、鷹獅子とはとんでもない生き物だということを、ひしひしと痛感した。
そして、最後にあった書類を見て、絶句する。
それは幻獣保護局の局長こと、マリウス・リヒテンベルガーの養子縁組の届出用紙だったのだ。
あのおじさんが侯爵だということを、たった今知る。
侯爵家なんて、大貴族の中の大貴族ではないか。
そんなおじさんを、迷うことなく蹴りに行った隊長って凄い。多分、リヒテンベルガー家の高貴なおじさんだと、知らなかったということはないだろう。
あらためて、隊長にありがとうと言いたい。
暴力は最低最悪の行為で、してはいけないことだとわかっている。それでも、嬉しかった。
そんなことよりも、養子縁組って……。よほど、幻獣を手元に置いておきたいのか。
あの神経質そうなおじさんが父なんて絶対に嫌だ。お断りだ。
そう思う一方で、鷹獅子と共に生きるにあたって、誰かの庇護下にあるほうが安全なのではとも思ったりする。
きっとこの先、さまざまな問題に直面するだろう。専門家であり、社会的に高い地位にいる局長がいれば、ささっと解決してくれそうな気もするのだ。
けれど、死ぬほど気が合わないような予感がひしひしと。
なんとも悩ましい問題だった。
うんうん唸りながら資料を読んでいると、夕方を知らせる鐘が鳴った。
陽は傾き、部屋の中もずいぶんと暗くなっている。
暖炉に薪を焼べ、部屋の灯りを点けた。
お茶でも沸かそうかと考えているところで、はたと気付く。そろそろ食事会の準備をしなくては。
この前ザラさんと一緒に選んだワンピースを鞄の中から取り出した。
紺色に金のテープで縁取りしてある、可愛い意匠なのだ。
時計を見れば、集合時間が迫っていた。慌てて髪をまとめる。時間がないので、ザラさんみたいに頭の高い位置で一つ結びにした。
『クエクエ』
「あ、はい!」
そして、鷹獅子の食べ物である果物を肩掛け鞄の中に詰め込む。
なんだか食べたそうにしていたので、皮を剥いてやったが、半分しか食べない。
「もったいないですね」
このまま処分するのもどうかと思い、いただくことにした。
皮は真っ赤だけれど、剥いたら半透明の不思議な果物。
シャリシャリとした食感で、驚くほど甘い。これはかなり高級な果物に違いない。
これもきっと、幻獣保護局の愛だと思うことにした。




