アルブムと樹液の森の妖精たち
ガタゴトと、整備された街道を馬車が走る。
目的地は――かつてのアルブムが牛耳っていた樹液が採れる森を目指していた。
向かっているのは私とザラさん。それから、アルブムである。
他の幻獣組は留守番だ。ルーチェは人見知りしないうえに、姉幻獣達と一緒にいるほうが楽しいという。あまりにも早い親離れに、ちょっぴり切なくなった。
アメリアの幼獣時代は本当に大変だった。私がいないとクエクエ鳴き、お風呂だけでなく、厠にまでついてきたのだ。
それを思えば、ルーチェはほとんど手が掛からず、楽だったが。それはそれで、ちょっぴり寂しい。
話を戻す。
なぜ、樹液が採れる森に向かっているといえば、アルブムが独りでどこかに行こうとしているところを発見したからだ。
なんでも、樹液の森の妖精に、謝りたいらしい。ずっと、横暴に振る舞っていたことを、悪いと思っていたようだ。
アルブムの足で行ったら、結構な時間がかかるだろう。そんなワケで、ザラさんと一緒に同行してあげることにした。
アルブムは落ち着かない様子で、馬車の中をウロウロ歩き回っている。
「アルブム、落ち着いてください」
『ウーーン!!』
馬車がガタリと揺れると、アルブムは飛び上がって床を転がっていく。扉に激突する前に、ザラさんが助けてあげていた。
『オ姉オ兄サン、アリガトウネエ』
なんだ、その、ザラさんを呼ぶ『お姉お兄さん』とは。
私の『パンケーキの娘』も、かなりおかしいが。ミルなんか、『パンケーキの娘の妹、略して、パンケーキの妹』などと呼ばれている。受け入れているミルもどうなんだ、という話であるが。
アルブムが名前を呼ばないのには、理由がある。
妖精にとって、名前というのはその人物を支配しうる重要なものらしい。
アルブムは自称高位妖精で、名前を呼びかけると、相手に少なからず影響があると。
そのため、へんてこりんな名前を勝手に付けて呼んでいるようだ。
ちなみに、気分によって呼び方はいろいろ変わるらしい。
隊長は『山賊』。気分がいいときは『隊長サン』。
ベルリー副隊長は、『副隊長サン』、もしくは『カッコイイオ姉サン』。
ガルさんは『狼サン』、それか『モフモフサン』。
ウルガスは『普通ノ少年』や、『弓使イノ少年』。
リーゼロッテは『幻獣保護局ノ娘』、『眼鏡ノ娘』。
リヒテンベルガー侯爵は『ゴ主人サマ』、それと『怖イオジサン』。
シエル様は『鎧ノオ爺チャン』、『スローライフノヒト』などなど。
アルブムの名付けは聞いただけで誰かピンとわかるのが、ある意味すごいだろう。
私の呼び名であるパンケーキの娘は、第二部隊以外では通用しないだろうが。
アルブムはザラさんの膝の上で伸びていた。
ザラさんが優しく撫でると、うっとりと目を細めている。
さすが、ザラさんの母性(?)だ。アルブムを落ち着かせるなんて。
「それにしても、偉いわ。謝る気になったなんて」
『デ、デモー、許シテ、クレルカナア』
「相手が許してくれるか、そんな下心をもって謝るのは、ダメなのよ。謝罪は、とにかく相手へ申し訳なかった、という気持ちだけ、込めればいいの。それ以外の感情がこもっていたら、謝罪の気持ちが歪んでしまうわ」
ザラさんの言う通りだろう。許してほしいから謝るというのは、間違っている。
まずは自らの罪を認め、誠心誠意謝ることが大事だ。
「許してもらえないかもしれない。それでも、謝るの。それが、謝罪よ」
『ソッカ、ソウナンダ……』
またひとつ、アルブムは学んだ。
きっと、アルブムの謝罪の気持ちは、森の妖精に伝わるだろう。
やっとのことで、森にたどり着く。
以前きたときは春だったが、今は雪が一面に広がっていた。
アルブムと離ればなれになったら、合流は難しいだろう。しっかりと、アルブムを首に巻き付けていく。
「メルちゃん、足下、気を付けて」
「わっと、はい」
積雪は私の足首くらいだろうか。
ザラさんが雪歩き用のブーツを用意してくれていたので、足下は大丈夫。だけれど、上手く歩けるとは限らないのだ。
ザラさんは手を差し出す。なんと、手を繋いで歩いてくれるようだ。
お言葉に甘えて、ザラさんの手をぎゅっと握り返した。
管理人に許可を得て、森へ足を踏み入れる。
「妖精の気配は、ないですね」
「そうね」
アルブムは小さな声で『アルブムチャン、ダヨオ』などと囁いていた。当然、反応はない。
そんな中で、私の目の前に小さな光の球が通過していく。
「あ、妖精!」
「あっちに行ったわ!」
妖精が向かっていったほうへと進んでいく。
三十分ほど歩いたら、妖精が一カ所に集まっている木があった。
チカチカと赤く点滅しているのは、警戒だろう。
私達ができるのは、ここまでだ。あとは、アルブムの頑張り次第。
首に巻いていたアルブムを、雪の上に置いた。
アルブムはしっかりとした足取りで、雪の中を進んでいく。
妖精が集まる木の下で、ぺこりと頭を下げた。
『ソ、ソノ、ミンナ、ゴ、ゴメンネ』
真っ赤に染まっていた妖精達の色合いが、青に変わっていく。あの色は、困惑なのか。
『アルブムチャン、自分勝手、ダッタヨオ。ミンナニ、偉ソウニ、命令シテ。ゴメン。本当ニ、ゴメンナサイ』
アルブムの体は、ガタガタと震えていた。声も、うわずっている。
『ミンナノコト、忘レタ日ハ、ナカッタンダヨオ。悪イコトヲ、シテイタナッテ、思ッテイテ……』
妖精達のひとつが、淡い緑色に染まった。そこから、すべての妖精達が、緑色に染まっていく。
許す、ということなのか。
妖精達はアルブムの周囲に集まり、ピカピカと光っている。
仕方がないから、許してあげるよ、と言っているように見えた。
なんと、アルブムは、お土産を持って戻ってくる。それは、瓶いっぱいの樹液だ。アルブムの好物だったので、戻ってきたときに渡そうと妖精達が用意していたらしい。
アルブムは涙で顔をぐしゃぐしゃにさせながら、喜んでいた。
帰り道の中で、アルブムが樹液を舐めようと言い出す。
「樹液を舐めるって、森のクマさんじゃないんだから……」
「メルちゃん、雪があるから、樹液飴にできるわよ」
「樹液飴、ですか?」
「ええ。雪の上に温めた樹液を垂らして、固まらせるの。とってもおいしいわよ」
「そうなのですね!」
さっそく、ザラさんの見本を見てみる。
まず、樹液を鍋に入れて沸騰させる。しばし煮詰めるのだという。
アツアツの樹液をたらーりと雪に垂らすと、表面が僅かに凍った。それを木の枝に巻き付け、アルブムの口元へと持っていく。
『ンー、オイシイ!!』
私も、まねをしてみる。そっと垂らした樹液を、しばらく待って凍らせた。
ザラさんがしていたように、木の枝に巻き付けて食べる。
「わっ、おいしい!!」
樹液は煮詰められているからか、濃い甘さだ。口に含むと、一瞬でなくなる。周囲についた雪が、アイスみたいにシャリシャリなのも、いい感じだ。
私達は夢中になって、樹液飴を食べる。
妖精達も気になったのか、近づいてきた。樹液飴をあげると、喜んでいた。
『ヤッパリ、ミンナデ食ベルト、オイシイ! ネ、パンケーキノ娘!』
「そうですね」
そんなことを話しながら、樹液飴を堪能したのだった。




