ベルリー副隊長のファンクラブについて
ベルリー副隊長のファンクラブは、驚くべきことに騎士隊エノク公認らしい。
会員の人数が三十人を超えたのをきっかけに、ベルリー副隊長本人が上層部にかけあったようだ。
なんでも、騎士隊エノクにはさまざまなクラブがあるという。
美食クラブに、婚活クラブ、遊戯盤クラブに幻獣クラブなど。
ちなみに、幻獣クラブはリーゼロッテが発足したようだ。会員数は五十七名とそこそこの人数が集まったものの、そのほとんどがリーゼロッテ狙いだったらしい。
リーゼロッテは国内有数の大貴族、リヒテンベルガー侯爵家の生まれだ。関係を持ちたい騎士が山のようにいたのだろう。リーゼロッテが騎士隊を辞めたあとは、会員数はごっそり減ったという。しかし、残った十名ほどの会員は、真面目に幻獣の布教を行う活動をしているようだ。
幻獣クラブについてはさておいて。
ベルリー副隊長ファンクラブの数は、騎士隊の公認クラブの中でも上位に食い込んでいるようだ。
現在、八十七名の会員がいるという。そのほとんどが、騎士舎で働くメイドさんだ。三分の一は、見習い騎士だという。正規の騎士も数名所属していて、その中には女性だけでなく男性もいるという。
体験入会もできるようだ。いったいどういうことをしているのか、非常に興味があったのだ。私も一日だけ、ベルリー副隊長のファンクラブの活動に参加してみた。
一応、同じ部隊のフォレ・エルフだとバレないように、頭巾を深く被って耳を隠す。ついでに、眼鏡をかけて変装してみた。
朝――ベルリー副隊長の出勤三十分前に、騎士が自由に訓練を行える広場に集合する。
こっそり集まりに加わったが、誰も気付いていないようだ。
寒空の下、メイド服に身を包んだ女性達が、きれいに整列をして待っている。
他の騎士の邪魔にならないように、しているわけだ。
まだ、太陽が完全に昇っているわけではないので、けっこう寒い。
首にアルブムを巻き、胸にルーチェを抱いていたが、それでもブルブルと震えてしまう。
こんな中でベルリー副隊長を待つなんて、なんて健気な集まりなのか。
「あの~、騎士様は、今日が初めでですよね?」
「あ、はい。そうなんです」
話しかけてくれたのは、ファンクラブ歴一年の女性だ。
ベルリー副隊長のファンクラブについて、いろいろ教えてくれる。
「ベルリー様のファンクラブは、統率が取れていることが自慢なんです!」
そういえば、一年前に騒ぎがあったような。
ファンクラブは他にも存在し、もっとも大規模なのは『親衛隊の深紅の薔薇』という二つ名を持つレオノルト卿という騎士だ。とんでもない男前のようで、老若男女問わず骨抜きにしているらしい。
ただ、見境なく愛嬌を振りまいた挙げ句、「私がレオノルト様の女よ!」と主張する会員同士が喧嘩になり、大勢の人達が大乱闘となる悲惨な事件があったのだ。
ファンクラブは、そういう騒ぎが起きやすい。
ファン同士、『同担拒否』という現象が起きるのだという。
同担拒否というのは、同じ人を好きになった他人に嫌悪感を抱く、というもの。
同じ会員なのにいがみ合い、その結果、ファンクラブ内が険悪になるのだという。
「ベルリー様のファンクラブは、同担拒否してしまう方は、入会禁止なんですよ。皆で協力して、ベルリー様を応援しようという集まりなんです」
「平和ですね」
「はい!!」
そんなことを話しているうちに、ベルリー副隊長の姿が遠くに見えた。すると、号令がかかる。
「全員、起立!!」
立ち上がった状態で、ベルリー副隊長を迎えるようだ。
ついに、ベルリー副隊長がやってくる。皆、乙女の顔で待っていた。
「おはよう」
ベルリー副隊長が爽やかに挨拶すると、皆声を揃えて「おはようございます!」と返していた。
そして、「着席!」という号令がかかり、皆その場にしゃがみ込む。
その後、話でもするのかと思えば、皆素早く何かを差し出している。よくよく見たら、手紙だった。
ファンクラブの会員は無言で手紙を差し出し、ベルリー副隊長も無言で受け取る。
「お手紙は、時間を少しでも短くするために、素早く渡す決まりなんです」
「へえ~~」
私はファンクラブの活動の邪魔にならないように、身を縮めていた。だが、すぐにベルリー副隊長に発見される。
ベルリー副隊長は一瞬驚いた顔をしていたが、すぐに笑顔を浮かべていた。
「い、今、私のほうを見て、微笑みました!!」
「そ、そうですね」
周囲にいる人達は、同じような会話をしている。
なんというか、平和なクラブだ。
その後、ベルリー副隊長の訓練が始まった。相手の騎士は、『打倒ベルリークラブ』の会員らしい。
打倒ベルリークラブとはいったい……? と思っていたら、ここでも解説してくれた。
「あちらの騎士達は、ベルリー様のファンクラブを羨ましく思うあまり、訓練の相手を名乗り出て倒そうと目論む方々です。ベルリー様に勝てば、誰か惚れるだろうとか、考えているようで」
「そ、そうなのですね」
ちなみに動機が不純だからか、一度もベルリー副隊長に勝っていないようだ。
今日も、打倒ベルリークラブの挑戦者が訓練相手として名乗り出ていた。今日の相手は、筋骨隆々の騎士だ。ベルリー副隊長より、ひと回りも体が大きい。大丈夫なのかと、ハラハラしてしまう。
ついに模擬戦が、始まった。
応援は控えめに、を信条としているらしい。
ファンクラブの在籍二年以上の会員のみ、声をかけることができるようだ。
「ベルリー様、頑張って!」
「すてきですわ!」
応援に応えるように、ベルリー副隊長は果敢に攻める。
鋭い一撃が、大柄な騎士の足下に当たった。均衡を崩したのを見逃さず、すかさず足払いをする。
騎士は転倒し、手から武器が離れた。ベルリー副隊長の勝利である。
「きゃあ、ベルリー様、最強!!」
「カッコイイですわ!!」
会員の一人が、タオルを持って行く。あれは、在籍五年以上ではないとできないらしい。
その後、見送りを行う。これが、ベルリー副隊長のファンクラブの主な活動である。
「週に一度は、退勤するベルリー様をお見送りできるんです。そして、半年に一度ベルリー様と出かけるお食事会があります」
食堂を貸し切りにして、行われるらしい。
「本格的な活動をしているのですね」
「そうなんです!」
勧誘されるのではとドキドキしていたが、そのまま解散となった。
ホッとしつつ、第二部隊の宿舎へ向かった。
変装用の上着を脱ぎ、眼鏡を取っていたらベルリー副隊長に声をかけられる。
「リスリス衛生兵、訓練広場で何をしていたんだ?」
「やっぱり、気付いていました?」
「ああ」
正直にファンクラブの活動に興味があったことを告げると、笑われてしまった。
「こうやって個人的にお話しするのも、ファンクラブに入ったら抜け駆けになるわけです」
「リスリス衛生兵と、個人的に話せなくなると困るな」
「困ります」
ベルリー副隊長のファンクラブは、勧誘は禁止されているらしい。だから、何も言われなかったのだろう。
「これからも、同僚として付き合ってくれ」
「はい!」
話の流れで、今晩食事に行くこととなった。
ファンクラブの人達には申し訳ないと思いつつ、久しぶりのベルリー副隊長とのお食事に浮かれてしまったのは言うまでもない。




