リーゼロッテの婚活 その二
リヒテンベルガー家が私に用意してくれたドレスは、とんでもなく豪奢なものであった。
ふんわりと膨らんでいるスカートの丈は、なんと驚いたことに床まである。裾を引きずったり、汚したり、うっかり踏んで転ばないように注意せねば。
胸元と、腰にある大きなリボンが可愛らしい一着だ。胸元が大きく開いているのは、夜用のドレスだかららしい。恥ずかしいけれど、アルブムを首に巻くので幾分か隠れるだろう。
髪型は左右の髪を三つ編みにして、後頭部でまとめる。
国の公式行事なため、服装規定に一揃えの宝飾品とあった。
一揃えの宝飾品とは、お揃いのティアラにイヤリング、ペンダントを身に着けることらしい。
私には、瞳と同じエメラルドの宝飾品が揃えられていた。
侯爵様は「メル・リスリスのために揃えた」とか言っていたが、きっと聞き違いだろう。紛失したり、盗まれたりしないよう、気を付けなければ。
侍女さんに化粧を施してもらい、アルブムを首に巻いて「さあ、出発!」となった瞬間に、玄関で待ち構える存在がいた。
『きゅう!』
ルーチェである。どうやら、一緒に行く気らしい。
「人が多いところですよ? 大丈夫ですか?」
『きゅきゅう!』
エスメラルダがタタタター! とやってきて、ルーチェを説得していた。
『キュキュウ、キュッフ!!』
人が多い場所には、行かないほうがいい。ろくな目に遭わないと。けれど、ルーチェは夜会に興味があるようだ。
説得に失敗したエスメラルダは、しょんぼりしつつも、『落ちている物を食べたらダメだからね!!』とお姉さんらしく注意していた。
とりあえず、ルーチェは胸に抱く。
もちもち赤ちゃん竜は、契約したときよりも重たくなっている。アルブム同様、食べるのが大好きで、食欲旺盛なのだ。
一応、太らせないように食べさせる量は調節している。
「さて、今度こそ、出発しますか!」
『ハ~イ』
『きゅう!』
馬車に乗り込み、郊外の屋敷から王都の街を目指した。
途中で、リーゼロッテと合流した。彼女だけかと思いきや、侯爵様も一緒に乗ってきたので驚く。
「うわっ、侯爵様も、ご参加されるのですね!」
「三十年ぶりにな」
リーゼロッテの結婚相手探しをしなければいけないので、保護者同伴なのだろう。
果たして、侯爵様のお眼鏡にかなう男性はいるのか。気になるところである。
「侯爵様にばかり気を取られていましたが、今日のリーゼロッテはとってもきれいですね!」
「あら、ありがとう」
魚の尾ひれのようなシルエットのドレスに、ダイヤモンドの一揃えの宝飾品を合わせていた。
髪も美しく結い上げていて、いつものリーゼロッテより大人っぽい。
銀のチェーンが付いた眼鏡も、ドレスに合っている。
「メルも、似合っているわ」
「ありがとうございます」
「首の毛皮も、ドレスに合っているわね」
「あ、これはアルブムです」
「そうだったわね」
アルブムはあろうことか、私の首に巻きついた状態で眠っていた。完全に、襟巻きに擬態していたようだ。
まあ、食事を前にしたら、起きるだろう。
夜会会場である王宮には、馬車が列を成していた。渋滞していて、少しずつしか動かない。仕方がないので、馬車から降りて歩く。
ルーチェは侯爵様が抱いてくれるというので、任せた。
侯爵様の頬はほころび、とても幸せそうだ。
「お父様、次は、わたくしがルーチェを持つわ」
「お前は、ドレスに鱗が引っかかってしまうだろう。今度にしておけ」
「~~~~っ!」
リーゼロッテはギリッと、奥歯を噛みしめているようだった。
止めて~、ルーチェのために、喧嘩は止めて~。
相変わらず、リヒテンベルガー侯爵家の親子の幻獣愛はすさまじい。
十五分ほど歩いたら、王宮にたどり着く。
着飾った男女が大勢いて、目がチカチカしてしまいそうだ。
そんな中で、三十年ぶりに夜会へ参加する侯爵様と、美しきリーゼロッテの親子は目立ちまくっていた。
フォレ・エルフである私なんか、誰も気付いていないほどである。
そんな中で、光り輝く一団を発見する。
王族と、王族を警護する親衛隊だ。ザラさんの姿は、すぐに発見できた。
背筋をピンと伸ばし、隙など一切ない様子で護衛対象を見つめている。
噂の正装は、宮廷服をモチーフにしたもので、襟や袖は金糸で縁取られている。房飾りで縁取られた肩章から飾緒が垂れていて、親衛隊の竜のエンブレムに繋がっているようだ。長いマントが、歩く度にヒラヒラ揺れるのがカッコイイ。
「リーゼロッテ、ザラさん、いました!! すっごくカッコイイです!!」
リーゼロッテの肩をバンバン叩き、ザラさんのいるほうを見てくれと指差す。
「ねえ、メル、落ち着いてちょうだい」
「す、すみません……ん?」
リーゼロッテがいると思っていた方向と逆側から、声が聞こえた。
ということは、私が今までバシバシ叩いていたのは、リーゼロッテではないということになる。
恐る恐る振り返ると、そこには侯爵様の姿が。
「ひっ、ひええええっ! 侯爵様、ご、ごめんなさい~~!」
「間違いは、誰にでもある」
寛大なお言葉だったが、声が、表情が、怖かった。ガクブルと震えてしまったのは言うまでもない。
そういえばと気付く。周囲の人から、私達は遠巻きにされていることに。
リーゼロッテをチラチラ見る男性はいるものの、侯爵様が眼光鋭く睨むので逃げていくようだ。
「あの、みなさん、侯爵様が怖くて、逃げているようですが」
「私に恐れをなす者は、リヒテンベルガー侯爵家に迎え入れるのに相応しい男ではない」
「な、なるほど……!」
侯爵様を恐れぬ猛者は訪れるのか。とりあえず、今日のところはいないようだが。
私はリヒテンベルガー侯爵家の親子のもとから早くも撤退し、カッコイイザラさんを眺めながら、アルブムやルーチェと夜会のごちそうをいただいたのだった!
ルーチェの食事風景を見たいと、リヒテンベルガー侯爵家の親子が見守っていたので、誰にも邪魔されずにゆっくり食べられた。
どの料理もおいしい!
思いがけず、夜会を楽しく過ごしてしまった。




