リーゼロッテの婚活 その一
久しぶりに、リーゼロッテが遊びにやってきた。なんでも、ここ最近はいろいろとバタバタしていたらしい。
父親である侯爵様のほうが、訪問頻度が高かったくらいだ。
ルーチェが人見知りをしないので、可愛くて仕方がないのだろう。
先日も、ルーチェ専用の寝台やテーブル、長椅子を買って家まで商人に運ばせていた。
まるで、初孫を迎えたおじいさんみたいである。
侯爵に愛されしルーチェは、長椅子の上で眠っていた。ぷくぷくのお腹を指先で突いても、起きることはない。
そんなことはさておいて。
リーゼロッテは結婚に向けて、行儀作法を習っているようだ。
「他にも、ドレスや装身具を作らせたり、お茶会を開いて社交界の情報収集をしたり、晩餐会を開いたり、目が回るほど忙しいの」
「貴族令嬢って、大変なんですね」
「ねえ、メル。一応、あなたも貴族令嬢なのよ」
「そうでした」
侯爵様と養子縁組をしたことを、すっかり忘れていた。
この前フォレ・エルフの村に行ったときも、侯爵様はきちんと両親に挨拶してくれたらしい。その場には、居合わせなかったけれど。
両親はかなり緊張したと話していたのを思い出す。
私でさえ、今でも緊張する。両親はもっともっと、緊張していたことだろう。
「それでね、これを、メルに届けにきたの」
リーゼロッテは一通の封筒を差し出す。そこには、王家の家紋が銀色のインクで印刷されていた。
「こ、これは!」
「年に一度の、大舞踏会よ」
「だ、大舞踏会!?」
なんでも、大舞踏会というのは、国内から貴族を集め、社交を広げる目的で開催される夜会らしい。
「侯爵家の人間なので、私みたいなのまで招待されたってことですか?」
「まあ、そんなところね」
「恐れ多いです。私は、不参加で」
「ダメよ」
「どうしてですか?」
「一緒に行きましょう。わたくし、初めて参加するから、その、不安なの」
上目遣いで「不安なの」と言われてしまったら、断ることなんてできない。
でもでも、大勢の貴族が参加する大舞踏会だなんて、絶対に無理だ。場違いが、すぎる!
「ザラ・アートも、王族の警護で、参加しているから」
「ザラさんも、会場にいるんですね」
「ええ。大舞踏会でしか着用が許されない、特別な正装を着ているはずよ」
「特別な正装!?」
なんでも、王族の親衛隊には、王宮外へ持ち出し禁止の正装が何着かあるらしい。
そんなの、見たいに決まっている。
ザラさんの正装姿と、大舞踏会へ参加することへの恥を脳内にある天秤に置くと、ぐらぐらと左右にぐらついてしまう。
「うううう~~ん」
「ごちそうも、あるわよ」
「ごちそう!?」
「ええ。国中から集められた高級食材を使った、とっておきの料理だと聞くわ」
「とっておきの料理!?」
「食べたいでしょう?」
『食ベタ~イ!! 参加シマ~ス!!』
ひょっこり顔を覗かせたのは、アルブムだった。手をピンと挙げ、真面目な表情で参加を表明している。
「ちょっと、なんでアルブムが参加を決めるのですか!」
『ダッテ~、トッテオキノ料理、アルブムチャンモ、食ベタインダモノ~』
確かに、とっておきの料理は食べたい。
ザラさんのとっておきの正装も見たいし。
「でも、私みたいなのが参加して、大丈夫なんですか?」
「別に、メルは結婚相手を探すわけではないでしょう? 関係ないわ」
「あ、そ、そうですよね!!」
恥ずかしがっていたが、誰も、私なんて見ていないだろう。別に私を気に入ってくれる男性なんてザラさんしかいない。自信を持って、参加すればいいのだ。
「わかりました。参加します」
「メル、ありがとう」
珍しく、リーゼロッテは安堵したような笑顔を見せてくれた。
「ドレスは、この前の幻獣パーティーで作ったものを着て」
「ダメよ!」
「へ?」
「メルのドレスは、この前ついでに仕立ててもらったから、それを着て行ってちょうだい」
「ええっ、そんな、お買い物に夕食のおかずをひと品買ってきたみたいに、気軽にドレスを買っていたなんて……!」
「ごめんなさい。その喩え、いまいちピンとこないわ」
「うう……庶民あるあるですので」
そういえば、侯爵様もルーチェ専用の家具を買うとき、自分のを買うついでだとか言っていたような。金銭感覚は、いったいどうなっているのやら。
「明日届くはずだから、一回試着をして、寸法が合っていないところがあったら、侍女に言って調節してもらってね」
「わかりました」
『アルブムチャンモ、行ッテイイ?』
「襟巻きの振りをしていたら、大丈夫なんじゃない?」
『ワ~イ!』
アルブムを襟巻きとして巻くのは私なのだろう。勝手に話を決めないでほしい。
「そんなわけだから、メル、よろしくね」
「はいはい」
そのあとは、リーゼロッテが持ってきたクッキーを食べつつ談笑し、日が暮れる前に帰っていった。
なんていうか、貴族のお嬢様も大変なのだ。
夜、仕事から戻ったザラさんに、大舞踏会について話をしてみた。
「そういえば、今度、大舞踏会があるじゃないですか」
「ええ」
「ザラさんは、王族を警護するんですよね?」
「そうなの。参加者側ではないから、大変なのよ」
「ですよね。実は、リーゼロッテから大舞踏会の招待状をいただいて、参加することになったんです」
「メルちゃんが!?」
「はい。なんでも、リーゼロッテが不安みたいで」
「私も、不安だわ。メルちゃん、可愛いから、余所の男に言い寄られそうで」
「いやいや、今まで、男性に好意なんて持たれたことなんてありませんし」
「それは、私とクロウと二人で、牽制していたのよ。メルちゃんが知らないだけで、いろいろあったの!」
それは知らなかった。ザラさんだけではなく、隊長までそんなことをしていたなんて。
「クロウの場合は、引き抜きを警戒していたみたいだけれど」
「そうだったのですね」
ザラさんに参加は考え直してくれないかと言われたが、すでにリーゼロッテと約束してしまった。
「目立たないように、壁際にいるので」
「そうね……。リーゼロッテとの約束も大事だろうし」
果たして、当日はどうなるのか。
大舞踏会は一週間後だ。




