最終決戦! その三十二
「ええっ、矢に肉を刺して、それを邪龍の口元に狙って飛ばすんですか? 難しくないんですか!?」
そうは言っても、嵐のような強風の中で正確に矢を飛ばしていた上に、魔石を結び付けた矢も飛ばしていた。
ウルガスの弓矢の腕はかなりのものである。自信を持っていい。
こういうとき、「お前しかいない!」みたいな感じで言うと、ウルガスは逆に萎縮してしまう。今、かけるべき言葉は、ひとつしかない。
「ウルガス、ダメ元でやってみてくださいよ。上手くできたら、儲けものみたいな気持ちで」
「ダメ元……上手くできたら、儲けもの……」
続けて、隊長もウルガスの背中を叩きながら言った。
「とりあえず、失敗してみてもいいから、やってみろや」
山賊が善良な小市民に、小銭を出せと言っているようにしか見えない。しかし、ウルガスは隊長の言葉を聞いて、やる気になったようだ。
最後に、シエル様がウルガスに声をかける。
「難しい場合は、私が邪龍の口に放り込みに行く。だから、失敗しても気にするな」
「アイスコレッタ卿、ありがとうございます」
ミルが「頑張れ~」と応援すると、少しだけ緊張が解れたような笑顔を見せていた。
ウルガスはナイフで、あばら骨から肉だけを削ぐ。それを、鏃に深く刺した。
矢を弓に番え、弦と共に引いた。
あとは、邪龍の違背治癒が終わるのを待つだけ。
『ギュオオオオオオ!!!!』
邪龍の魔法陣は消え、黒い靄に包まれた。そして、靄が晴れる。
同時に、ウルガスは矢を射った。
あばら肉の蜂蜜焼きを付けた矢は、見事、邪龍の口元へ届いた。
私の料理を口に含んだ邪龍は、ピタリと動きを止める。
「おお!」
「ウルガス、やったじゃないか!」
すぐさま、二射目が差し出される。アルブムが、鏃に肉を刺していてくれたようだ。
手から離れたあと、残った骨をしゃぶりはじめる。それが、目的だったのか……。
「おい、リスリス、見てみろ! 邪龍が、お前の肉料理を食っているぞ!」
「ええっ!?」
作っておいてなんだが、本当に食べるとは……。
隊長の言う通り、邪龍は肉をもぐもぐ咀嚼し、矢を爪楊枝のようにぷっと吐き出す。
――もっと、もっとだ!!
「ま、まさかの!!」
『リスリスちゃん、どうかしたの?』
「また、邪龍の声が聞こえまして」
『なんて?』
「もっと、もっとだと」
『わー、すごいね!! それって、リスリスちゃんの料理が、おいしかったってことじゃん!』
「そ、そうなのでしょうか?」
『絶対そうだよ!!』
邪龍が鳴く。
今までの耳をつんざくような鳴き声ではなく、甘えるような『キュイイイイン』という鳴き声だった。
「もしかして、もっと寄越せと言っているのか?」
「みたいだな」
リヒテンベルガー侯爵とシエル様の会話を聞き、隊長がウルガスへ指示を出す。
「ウルガス、二射目、撃て!!」
「了解です!」
ウルガスは一回目と同じように矢を番え、弦を弾いて肉つきの矢を飛ばす。
見事、二射目も邪龍の口元へ届いた。
「よし!! ウルガス、偉いぞ!!」
珍しく、隊長がウルガスを褒める。
邪龍は二回目も、もぐもぐとあばら肉の蜂蜜焼きを食べていた。なんと今回は、尻尾を振り始める。
同時に、邪龍から黒い靄が蒸発するように天に昇っていった。
あれは先ほど見た、闇魔法を使った時に見た靄とちょっと違うように思える。
「なんなんだ、あれは!!」
リヒテンベルガー侯爵が叫んだ。リーゼロッテも、目を見開いている。
「メルの料理を食べた邪龍の姿が、変わっていっているわ!」
「え、どこが変わったのですか?」
「爪が、どんどん丸くなっているの。背中に生えている毒針も、なくなっているわ」
「あ、本当、ですね」
あの靄は、邪龍の邪悪な部分が浄化しているために生じているのだろうか。
「信じられん……!」
リヒテンベルガー侯爵は、呆然としながら呟く。
「ウルガス、どんどん肉を食わせろ!」
「了解です」
三射目、四射目と、どんどん矢が放たれる。
邪龍の体は、変化していった。
しだいに体も、縮んでいく。
他にも寄越すよう言われたので、保存食として持ち歩いていた干し肉やビスケット、魚の干物など、なんでも与えてみる。
雑食だったようで、どれも嬉しそうに食べていた。
しだいに、邪龍はポロポロと、涙を流し始めた。
――なんて、温かい味なんだ
邪龍はしわがれた声から、少年のような年若い声に変化していた。
体も、小型犬くらいの大きさまで縮んでしまった。
その姿は、邪龍ではない。
「あれは……竜……だ」
「ええ……竜……だわ」
リヒテンベルガー侯爵家の親子は、信じがたいとばかりに呟く。
やはり、邪龍というのは、竜が邪悪な意識に囚われた存在なのだろう。
竜を邪龍にしてしまったのは、フォレ・エルフの先祖だ。
邪龍自身は、きっと、悪くない。
私達は、責任を取らないといけないのだろう。
ランスやミルと、顔を見合わせる。二人は、コクンと頷いていた。
「シエル様、私、あの子と契約します」
「いいのか?」
「はい。私と契約して、私が生きている限り、あの子に、おいしいごはんを作ろうと思います」
もう、飢えさせるなんてことはさせない。毎日お腹いっぱい、ごはんを食べさせなければ。
そんな決意を口にすると、シエル様は深々と頭を下げる。
「リスリス、ありがとう」
同じように頭を下げ、私は邪龍だった存在の傍に寄る。
そっと手を差し出して、話しかけた。
「あなた、うちの子になりませんか?」
『キュイ!』
差し出した手に、そっと小さな手が添えられる。目と目が合った瞬間、名前が閃いた。
「あなたの名前は、ルーチェ!」
古い言葉で、光を意味する。
彼の未来が光で溢れるように、命名した。
私とルーチェの間に魔法陣が浮かび上がり、瞬時に弾けた。
契約が、結ばれたのだ。
――ありがとう、と、声が聞こえたような気がした。




