最終決戦! その三十一
邪龍の尾が、宙を舞う。
シエル様の水晶剣による一撃だった。
尻尾から溢れる血が、曲線を描く。ビタン!! という大きな音を立てて、落下していた。尻尾は釣り上げられた魚のように、ビクビク動いている。ヒッと、悲鳴を上げてしまった。
リーゼロッテが尻尾めがけて炎魔法を放ったが、血が吹き出て炎を消してしまう。
「な、なんてことなの!?」
リーゼロッテの炎上魔法ですら、歯が立たないなんて。
再び、邪龍は嘆くような咆哮をあげた。
『ギュオオオオオオ!!!!』
違背治癒を行うのだろう。皆が一気に後退する。
「埒が明かんな」
リヒテンベルガー侯爵はボソリと呟く。一人一人鋭い視線を向け、怪我をしていないか確認していた。
「しかし、邪龍の寿命も永遠ではない。命尽きるまで、違背治癒を使わせたら、いつかは死する」
ちなみに、竜の平均寿命は千年。邪龍はリヒテンベルガー侯爵の見立てによると四百歳くらいの個体だという。
「欠損を回復する場合、百年ほどの寿命を消費するとしたら――」
シエル様の仮説に、ゾッとしてしまう。
「邪龍は強敵だ。しかし、戦い方もわかってきた」
鱗は堅く、刃は通らない。しかしながら、鱗と鱗の間にわずかに隙間がある。斬りつけるさいにそこを狙ったら、傷つけることも可能だと。
尻尾の動きも、型がいくつかあって向きや角度から攻撃範囲を予想できるらしい。
シエル様は戦いながら、邪龍を分析していたようだ。
「邪龍は恐れるに値しない存在だ。弱点を理解した今、交代しながら戦えばよい」
シエル様の発言で、皆の表情が和らぐ。
なんだか、シエル様は変わった気がする。
私達を、仲間のように頼りにしてくれるようになった。嬉しくなる。
作戦会議に移る前に、挙手して先ほどの邪龍の声について報告した。
「何? リスリスにしか聞こえぬ声が聞こえただと?」
「はい。なんでも、満たされないと」
生贄を喰らっていない状態なので、饑餓に襲われているのかもしれない。
「それで、その、アルブムが、私の料理でも与えてみたらどうだと、提案しまして」
仲間とはぐれ、独りぼっちで森で暮らしていたアルブム。寂しさも相まって、『満たされない』と思う日が多々あったらしい。
『パンケーキノ娘ノ料理ダッタラ、絶対ミタサレルヨ! アルブムチャンモ、ソウダッタモン!』
「そうか。たしかに、リスリスの料理には、不思議な魅力がある。試してみても、いいだろう」
「ほ、本当ですか!?」
この緊迫した中で、料理を作れと?
「頼む」
「わ、わかりました。作ってみます」
そろそろ、違背治癒が完了するころだ。水分補給をさせてから、皆を送り出す。
そして、私は料理を作らなければならないらしい。
「どうしてこうなった!」
しかし、やるしかない。
腕まくりし、ニクスの中から食材を探す。
「リーゼロッテ、火の準備をしていただけますか?」
「わかったわ!」
『リスリスちゃん、手伝うよ』
「アリタ、助かります」
何を作ろうか。肉食の邪龍なので、肉料理がいいだろう。
取り出したのは、猪豚のあばら肉。
これに、蜂蜜、魚醤、酢、酒、生姜でタレを作る。
先に肉を焼き、火を通したあとにタレの中につけ込む。こうしないと、タレが焦げて中まで火が通らないのだ。
『オオオオオオ!!!!』
焼けるお肉を見て、アルブムが興奮しはじめる。
「アルブム、これ、邪龍用ですからね」
『アルブムチャンノ分、ナイノ?』
ウルウルとした目で見つめられたら、「ないです」なんて言えない。
「一つだけですからね」
『ワーイ!』
リーゼロッテの作ってくれた火は、よく燃える。
あっという間に、お肉が焼き上がった。
「あばら肉の蜂蜜焼きの完成です!!」
邪龍の前に、アルブムに与える。
『イタダキマ~ス!!』
はぐはぐと食べたあと、瞳が極限まで輝いていた。
『コレ、トッテモオイシ~イ!! オ肉ハヤワラカクテ、脂身ハ、トロトロ! ソースモ、甘クテ、香バシクテ、最高!!』
どうやら、おいしく仕上がっているようである。
料理が完成したのはいいが、どうやって邪龍に与えたらいいのか。
ここで、シエル様達が戻ってきた。三回目の違背治癒が始まるらしい。
今度はシエル様が、首を切り落としたようだ。それでも、死なないとは。
「シエル様、邪龍へあげる料理が完成したのですが」
「ご苦労だった。しかし、問題はどうやって邪龍に与えるか、だな」
まず、挙手したのはウルガスだ。
「お皿を邪龍の近くまで持って行って、どうぞと差し出すのはどうでしょう?」
その提案に、隊長が言葉を返す。
「俺が邪龍だったら、料理より、料理を持ってきたウルガスを丸かじりするな」
「ひえっ!!」
当然ながら、ウルガスの提案は却下である。続いて挙手したのは、ランスだ。
「今のうちに、邪龍の前に料理を置いたらいいんじゃないか?」
その意見に、ミルが冷静な言葉を返す。
「気付かなかったら、どうするの?」
「そ、それは……」
今度は、ミルが挙手して発表した。
「いいこと思いついた! ガルさんやリオンさんの槍の先端にお肉を刺して、どうぞってあげるの!」
「いい考えだが、槍の先端に小さな肉を刺すのは難しいだろう」
「そっかー」
ミルの着想を聞き、パッと閃く。
「わかりました! ウルガスの矢に肉を刺して、口元に飛ばせばいいんですよ」
皆、ウルガスを指差しながら叫んだ。「それだ!」と。




