最終決戦! その三十
「うおおおおおおお!!!!」
ルードティンク隊長が、邪龍の爪目がけて大剣を振り下ろす。
カン!! と、まったく手応えのない音が鳴り響いた。
しかし、邪龍の気を逸らすのに成功したようだ。
邪龍はくるりと半回転し、尻尾を使ってルードティンク隊長とシエル様をまとめてなぎ払おうとする。
ミルが氷魔法を放つ。すると、猛毒をまき散らしていた尾の先端を凍らせることに成功していた。ランスが雷魔法を纏わせた拳を、尻尾に叩きつける。すると、動きが鈍くなった。
即座に、ガルさんが動く。尻尾が弧を描こうとした方向に槍を刺し、動きを妨害した。さらに、リオンさんの槍が尻尾を縫い止めるように刺す。
『ギュオオオオオオ!!!!』
尻尾で均衡を取っていたのだろう。邪龍の動きが遅くなる。
続いて邪龍に接近するのは、ベルリー副隊長である。双剣で足下を二回、素早く切りつけていた。初めて、邪龍が血を見せる。
邪龍の体はぐらりと大きく傾いた。
ウルガスが即座に、絶賛した。
「さすがです、ベルリー副隊長! 邪龍の鱗と鱗のわずかな隙間を狙うなんて」
「ウルガス、よく見えましたね」
「弓兵は、視力がいいのですよ」
ただ斬りつけただけではなく、足の腱を裂いたらしい。そのため、あのように体の均衡を崩したのだろう。
ベルリー副隊長の繰り出す攻撃は、本当に緻密だ。いつも、「威力はないが」と謙遜していたが、攻撃力だけで敵に勝てるわけではない。
ザラさんが戦斧を大きく振りかぶり、ベルリー副隊長が傷つけた足に攻撃する。
人の胴体ほどもある邪龍の足が吹き飛んだ。
「いける!!」
ウルガスは瞳を輝かせ、叫んだ。
しかし――。
「なんだ、あれは?」
リヒテンベルガー侯爵が、顔を顰める。
邪龍から吹き出る血の量が、異常らしい。滝のように、ドバドバ血が流れていた。
「後退せよ!!」
シエル様が叫んだのと同時に、邪龍の周囲に大きな魔法陣が浮かんだ。
赤黒く、禍々しい色の魔法陣である。
「あ、あれは、なんですか?」
疑問に答えてくれたのは、後退してきたシエル様だ。
「違背治癒である」
「ア、アンチ・ヒール、ですか?」
「ああ」
ヒールと名の付くのは、回復魔法だ。けれど、邪龍は明らかに様子がおかしい。
目から、鼻から、口から、そして傷口からドバドバと血が溢れている。とても、回復しているようには見えなかった。
「違背治癒は命を糧に、回復させる禁忌魔法である」
魔法陣の中にいるものすべてが、違背治癒の媒介となるらしい。シエル様が気付かなかったら、大変な事態になっていた。ゾッとしてしまう。
「違背治癒の詠唱をしている邪龍を攻撃して、魔法を邪魔することはできないのですか?」
「難しいな。あれは、闇魔法であるゆえ、干渉したら呪いを受ける可能性がある」
「ひええ……!」
闇魔法とは、血肉を使って行う魔法である。他人を呪ったり、苦しめたりと、かなり邪悪な魔法だ。現代では、闇魔法はすべて禁忌魔法となっている。それくらい、危険な魔法なのだ。
邪龍は闇に包まれ、魔法陣が蒸発していくように消えた。
そして再び姿を現したときには、ザラさんが吹き飛ばした足が復活した状態だった。
「これが、違背治癒……!」
いくら攻撃を加えても、回復してしまうというわけだ。
「ど、どうすれば――」
私がそう呟いている間にも、シエル様は駆け出す。様子を窺いつつ、隊長やザラさん、リオンさんにガルさんも続いていた。
――満たされぬ!!
「ひゃあ!」
『リスリスちゃん、また、変な声が聞こえたの?』
「は、はい」
『今度はなんて言った?』
「さっきと同じで、満たされない、と」
『そっか。本当に、なんだろうね……』
私とアリタの会話に、リヒテンベルガー侯爵が口を挟む。
「それは、邪龍の声ではないのか?」
「へ!?」
突拍子もない話だと思ったが、ここには私達と邪龍しかいない。
リヒテンベルガー侯爵の推測は、間違っていない可能性が高い。
「で、でも、満たされないって、どういう意味ですか?」
皆、黙り込んでしまう。が、ウルガスがハッとなって意見を述べる。
「生贄をいただいていないので、血肉を求めている、とか?」
相手は闇魔法をも操る邪龍である。人の血肉に飢えているのかもしれない。
「そんなことを訴えられても……という感じなのですが」
言葉を失っていたら、急にアルブムがぽつりと呟いた。
『別ニ、人ノ、血肉デナクテモ、イインジャナイ?』
「ど、どういうことですか?」
アルブムは明るい声で言った。
『パンケーキノ娘ノ、料理ヲアゲタライイジャン!』
「な、なんだってーー!?」




