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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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最終決戦! その二十九

 シエル様の自信が復活したからか、皆の極度の緊張は薄らいだような気がした。

 今は、ほどよい緊張感の中にいる。

 それから一時間歩いていると、突然森の空気が変わる。水の中を歩いているような、圧力を感じた。


 アリタが、ぽつりと呟く。


『邪龍が、近くにいるね』

「そ、そうですか」


 とうとう、私達は邪龍と対峙するのだ。

 ここまで、長かったように思える。


 私達フォレ・エルフは、邪龍の生贄にするために魔力が強い者同士結婚することを強いられてきた。

 私とランスの場合は、同じ年頃の子どもがいなかったので、決められたものであったが。

 ランスの魔力が高いので、生贄になるのに問題ない魔力量の子どもが生まれるだろうと、言われていたらしい。

 今まで、どれだけのフォレ・エルフが犠牲になっていたのか。考えたくもない。

 けれど、その因果を断ち切る日がやってきたのだ。

 いつも脳天気なミルやランスも、背筋がピンと伸びていた。フォレ・エルフの代表として、邪龍と戦うのだ。身が引き締まっているに違いない。


 私の首に巻き付いて眠っていたアルブムがハッと目覚め、慌てた様子で外套のポケットの中に潜り込んだ。

 もう、邪龍は目と鼻の先にいるのだろう。


 そして――。


 シエル様が、水晶剣を引き抜いた。他の皆も、それぞれ武器を構える。


 目の前には、何かいるようには思えない。

 シエル様が何もないところで、水晶剣を振り下ろす。すると、鏡が割れるように、景色がバラバラと散っていった。

 

「なっ、こ、これは!?」

『幻術を使って、身を隠していたようだね~』


 緊迫した雰囲気の中、アリタがゆったりとした口調で告げる。


 鬱蒼とした森から、暗雲立ちこめる荒野へと、景色が変わっていった。

 周囲は霧が漂っていて、視界はよくない。

 それにしても、驚いた。

 今まで歩いていた森は、幻術によって再現されていたもののようだ。いったいどこからが、邪龍の幻術魔法だったのか。


『リスリスちゃん、掴まって!』

「え、あっ、うわあ!!」


 急に、突風が吹き荒れる。アリタにしがみついたが、飛ばされてしまいそうだ。

 遠くでミルの悲鳴も上がっていたが、ザラさんの「しっかり掴まって!」という声が聞こえて安堵する。


 突風は長くは続かなかった。

 ぎゅっと閉じていた瞼を開いたら――ゾッと全身に鳥肌が立つ。


 見上げるほどに巨大な邪龍が、私達の前に現れていたから。


「あれが、邪龍……!」


 かつて、フォレ・エルフの青年が召喚した、邪悪なる龍。

 魔術医の先生に封じられ、長年にわたって生贄を捧げていた。

 フォレ・エルフの血肉を喰らい、生き延びていた、悪の化身だ。


 ただただ、同じ空間にいるだけなのに、体が竦んで動かない。

 すさまじい圧力だ。


 見た目も、恐ろしい。目は赤く、じっと私達を見つめていた。口元には、ナイフのような牙が生えている。トカゲのような細長い首に、背には毒針のようなトゲトゲとしたトサカみたいなものが突き出していた。足先に生える爪も、一本一本が鋭利な剣のような鋭さだった。

 全長十メトルほどか。あまりにも、大きい。

 アリタの隣に立つリヒテンベルガー侯爵が、声を震わせながら口にした。


「あれは、幻獣ではない。ただの、化け物だ」


 邪龍は竜の闇落ちした姿ではない。独自に進化した生き物だという。


「同じ、竜種である名称は、撤回しなければいけないだろう」

「だったら――」


 リーゼロッテが杖を構える。


「遠慮なく倒しても、いいのね」


 その発言に、リヒテンベルガー侯爵はため息を返す。

 幻獣だと思ってここまで来たのに、邪龍は竜ではなかった。落胆も大きいだろう。


『ギュオオオオオオ!!』


 邪龍が慟哭するように鳴いた。目からは、血のような真っ赤な涙を流している。


「皆、油断するな。あれは、毒をまき散らしているのだ!!」


 邪龍に、人のように豊かな感情はない。涙を流しているように見えても、泣いているわけではないようだ。


『人のように繊細な感情の移り変わりはなくても、単純な感情はあるからね』

「ええ」


 討伐するのは、人間の勝手な事情だろう。

 邪龍からしてみたら、勝手に召喚されて、用なしだとばかりに封じられ、目覚めては生贄を捧げられる。

 もう生贄を捧げられないから、こうして討伐にやってきた。

 悪いのは、完全にこちらである。


 ――満たされぬ


「え!?」

『リスリスちゃん、どうかしたの?』

「なんか、声が聞こえたような気がして」

『声?』

「はい。しわがれた男性の声で、満たされない、と」

『なんだろう』


 わからない。

 アリタとそんな会話をしているうちに、戦闘が始まった。

 リヒテンベルガー侯爵が、補助魔法を全員にかける。


「――障害の盾となれ、エスクード!!」


 続けて、毒を跳ね返す魔法をかけていた。

 シエル様のすごさばかり際立っていたけれど、リヒテンベルガー侯爵もかなりすごいお方なのだ。回復魔法や補助魔法を使ったら、国内で右に出る者はいないという。


 シエル様が、一息で邪龍に接近し、水晶剣で切りつける。

 しかし――邪龍は傷一つ付かない。


「なんて硬い皮膚なの!?」


 リーゼロッテは憤る。

 水晶剣で切れないものがあるとは。


 邪龍は大きな体を動かし、猛毒が滴る尾でシエル様を払おうとする。

 寸前で避けたようだが、体の均衡を崩してしまったようだ。


 シエル様に、邪龍の鋭い爪が迫った。

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