表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

342/412

最終決戦! その二十八

大変長らくお待たせしました。

本編最終話まで、数話ですが毎日更新する予定です。完結後は、番外編を更新します。

最後まで、どうぞよろしくお願いいたします。

 鬱蒼とした森の中を、一歩、一歩と進んでいく。

 皆の背中から、緊張がビシバシと伝わっていた。先頭を歩くシエル様ですら、いつものように堂々たる足取りではない。相手を探るような、慎重な足取りだった。

 この先に、因縁の邪龍がいるのだ。気持ちが揺らぐのも、無理はないだろう。


 ただ、私を乗せてのっしのっしと歩くアリタは、いつも通りだ。


『リスリスちゃん、お尻、痛くない?』

「大丈夫です」


 シエル様が用意した、アリタ専用の鞍は座り心地が抜群だった。知り合いのドワーフに、特注で作ってもらったらしい。


「アリタは、辛くないですか?」

『大丈夫、大丈夫~。ありがとうね!』


 アリタのほんわかした空気に、少しだけ心が癒やされる。

 もう一匹、皆の緊張に呑み込まれていない生き物がいた。


『ウ~ン、アルブムチャン、モウ、食ベラレナイヨオ』


 驚くなかれ。私の首に巻いているアルブムは、お腹いっぱいになったあとお昼寝を始めたのである。いくら声をかけても、起きそうにない。


 さらにもう一匹、妖精鞄のニクスがアリタの動きに合わせて鞄の口をパクパク動かしていた。笑いそうになるので、止めてほしい。


 アリタといい、アルブムといい、ニクスといい、妖精族は心が強いのだろうか。フォレ・エルフも森の妖精なんて言われているのに、私自身、緊張で胸がバクバクだ。なんだか羨ましくなってしまう。


 一時間歩いては休憩し、また一時間歩く。

 皆にお菓子とお茶を配って歩いたが、誰も口を付けようとしない。極度の緊張から、食べ物や飲み物を受け付けなくなっているのだろうか。


 一方で、先ほどまで爆睡していたアルブムは、堅焼きビスケットにジャムをたっぷり載せてパクパク食べていた。安定安心の、食いしん坊ぷりである。


 そんなアルブムは、ウルガスが握ったままのビスケットに気付く。口の端にクッキーの食べ残しを付けたまま、何かピーン! と閃いたような表情を浮かべていた。

 他の隊員達がなかなかビスケットを食べる様子がないので、そろりそろりと近づいて質問する。

 一人目の標的(?)は、ウルガスである。


『ネエ、ソノビスケット、食ベナインダッタラ、アルブムチャンガ、食ベヨウカ?』


 問いかけられた瞬間、ウルガスはハッとなった。アルブムをじっと見つめたのちに、ビスケットをパクパク食べ始める。


『エ~~、食ベルンジャン!』


 アルブムは続けて、ガルさん、ベルリー副隊長、ザラさん、リーゼロッテ、隊長と回っていくが、皆同じように我に返り、ビスケットを食べ始める。そして、口の中の水分を持って行かれたのか、お茶を飲むのだ。


『ナンデ~~! アルブムチャンガ声カケタラ、ミンナ、食ベハジメルノー!!』


 きっと、アルブムを見て、食欲を取り戻しているのだろう。


 ここで、気付く。食欲がなくなっていたのは一部で、ミルやランスは普通に飲食していたことに。やはり、妖精は心が強いのだろうか。

 同じフォレ・エルフとは思えなかった。いや、この場合は、私が変わっているのか。


 一人、皆に背を向けているのは、シエル様だ。肩の上に乗ったコメルヴの葉が、寂しげに揺れている。

 声をかけてもいいものか。迷っていたら、アリタが背中を押してくれる。


『リスリスちゃん、大丈夫だよ。話しかけてやって』

「え、ええ」


 集中しているのならば申し訳ないと思っていたが、アリタが大丈夫だと言ってくれた。

 遠慮なく、近づいて話しかける。


「あの、シエル様」

「おお、どうした?」


 話しかけると、いつものシエル様が振り返る。手元を見たら、ビスケットやお茶がなくなっていることに気付いた。


「ビスケットやお茶のお代わりはいりますか?」

「いいや、必要ない。ありがとう」

「いえ」


 皆が緊張して、口にできていなかったので心配していたが、シエル様は大丈夫みたいだ。


「他の人達は、食欲がなくなっていたみたいで」

「私も、昔はそうだった」


 若いときのシエル様も、みんなと同じように強敵に挑む前は食欲が失せていたようだ。


「何も食べなかった結果、実力のすべてを出せずに、足手まといになってしまう。そんな経験を何度もしていると、無理矢理にでも食べられるようになる」

「そう、だったのですね」

「今回に限っては、皆の食欲がなかったのは、私が原因でもあるだろう。ガラになく、緊張していた。それが、皆に伝染してしまったのかもしれぬ」


 若かりしころに受けた邪龍の呪いが発動したことも、シエル様を動揺させているのかもしれない。


「まったくもって、情けない話だが」

「情けなくないですよ。だってシエル様は、皆と同じ人ですもの」


 兜で表情は見えないのに、ぽかんとした顔で見つめられているような気がした。

 私は大英雄に、何を言っているのか。恥ずかしくなってしまう。


「あの、すみませ――」

「いや、そうだ。私は、人だったのだ」


 そう言って、シエル様は快活に笑い始める。


「あ、あの、私、余計なことを口にしてしまい、申し訳ないなと」

「いや、間違いない。私は、皆と同じ人だった。長年、大英雄だと祭り上げられているうちに、自分は特別だと勘違いしておった!」


 シエル様は回れ右をして、皆を見つめる。


「私は、一人ではなかったのだな。頼りになる仲間が、こんなにもいたのに、責任を一人で背負い込んでいた」

「シエル様……」


 シエル様はどっかりと座り、私に手を差し伸べる。


「ビスケットを分けてくれないか? 腹が減っては、邪龍と満足に戦えぬ」

「は、はい!!」


 シエル様が追加でビスケットを食べていると、他の人からも分けてくれと言われた。

 もともと食欲があったアルブムやミル、ランスまで寄越せと訴えるのには、笑ってしまったが。


 もう、シエル様も、皆も、大丈夫だろう。

 あとは、邪龍と戦うばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ